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国際人権ひろば No.147(2019年09月発行号)

特集② SDGs(持続可能な開発目標)を実践する

「条例」を改正することでSDGs達成を大きく進める-学生のキャッチ被害と岡山県迷惑行為防止条例改正へのとりくみ-

濱西 栄司(はまにし えいじ)
ノートルダム清心女子大学 文学部現代社会学科 准教授
地域連携・SDGs推進センター主任

岡山駅周辺での学生のキャッチ被害

 「SDGs」(持続可能な開発目標)の達成期限は約10年後(2030年)に迫っているが、地域でその達成を大きく進めていく上で、「条例」というものは極めて重要である。

 筆者が住む岡山県の岡山駅と倉敷駅では、スーツ姿・私服の男性による組織的な、風俗系アルバイトへの勧誘行為・勧誘待ち行為が、昼も夜も頻繁になされている。非常に多くの女性が被害を受けてきたが、禁止する条例が岡山県には存在せず、岡山県警も取り締まりができなかったのである。

 筆者の勤務先の女子大学は岡山駅近くにあり、多くの学生にとって同駅は「通学路」である。そこで学生に、関連する授業で簡単なアンケート調査を行ったところ、およそ3分の2が被害にあっていた。

 つきまといが激しくて「改札の中に逃げこんだ」、西口から東口まで「ずっと」つきまとわれた、「週1でキャバクラの誘い」を受けた、「同じキャッチに5回」声をかけられた、「50万円かせげるよ」としつこくつきまとわれたなど、無数の被害が明らかになった。

SDGの目標4・5・11に反する状況

 岡山=SDGs先進地域というイメージをもたれていることは少なくないようだが、駅周辺で日々行われている男性勧誘者による女子学生への執拗なキャッチ行為は、学生にとって「暴力」そのものであり、その状況はSDG5(ジェンダー平等)、とりわけ「すべての女性および女子に対する、公共・私的空間におけるあらゆる形態の暴力を排除する」(ターゲット5.2)に反していると言える。

 また学生が駅という「通学路」で毎日のように勧誘行為をうけ、① 嫌な思いをしながら大学に通学し、② 嫌な思いに悩まされながら大学で学び、③ 勧誘の恐怖におびえながら家路につかざるをえない状況は、「すべての人々に安全で非暴力的、包摂的、効果的な学習環境を提供できるようにする」(同4.a)はずのSDG4(教育)にも反しているだろう。

 さらに悪質なキャッチ行為が平日も休日も、昼も夜も夜中も横行するような岡山と倉敷駅周辺の状況は、「女性・子ども、高齢者および障害者を含め、人々に安全で包摂的かつ利用が容易な緑地や公共スペースへの普遍的アクセスを提供する」(同11.7)とした、SDG11(まちづくり)にも反している。

 SDGs先進地域というイメージを大切にしたいのであれば、まずもってこのような状況は解消されるべきであろう。

 たとえ<キャッチ行為は経済活動(職業紹介)の一環であり、規制には反対だ>という声があったとしても、民主主義国家である以上、多くの賛同が集まればルールで規制・禁止することはできる―そもそもビジネス客・観光客も数多く利用する、岡山の玄関口である両駅のこのひどい状況は、岡山全体のイメージを悪化させており、経済的にも大きな損失につながっている。

 またもし<キャッチ被害は都市部商業地に圧倒的にみられるもので、全国一律の法律にはなじまない>という意見があれば、まさにそういう場合のために、地域事情にあわせて域内だけで規制・禁止できる「条例」があるわけである。

条例改正のプロセス

 岡山県で、「迷惑行為防止条例」を、キャッチ行為禁止を含むものへ改正しようという動きが現れたのは2018年のことであった。

 すでに、倉敷駅および岡山駅東口の近隣住民(町内会)から地元議員・議会・行政に対して、悪質化する風俗関連の「客引き」を禁止するように陳情がなされていたが、同時期に学生のキャッチ被害が、上述のように明らかになったことで、客引きとキャッチの禁止を軸とした改正案が準備されるようになった。

 同年5月に岡山県議(民主・県民クラブ)が、学生も傍聴する中で、本会議で県知事・県警に対して「代表質問」を行い、またその後も繰り返し「一般質問」を行った。県警側も積極的で、その後、1年近くにわたって倉敷駅近隣を重点的に取り締まり、県警本部長も現地を視察した。

 その結果、11月に、県警から「迷惑行為防止条例」改正案の概要(盗撮行為禁止範囲の拡大、客引き・客待ち行為禁止業種の拡大、勧誘・勧誘待ち行為禁止、雇い主も罰する両罰規定)が、岡山県議会の産業労働警察委員会に提出されるに至ったのである。

 その後、パブリックコメント(パブコメ)が11月22日から12月21日まで募集され、コメントは246件も集まった(過去319回のパブコメ募集で200件超は9回のみ。迷惑行為防止条例の前回改正時は0件)。すべて賛成であったという。本学学生の中にも自主的にウェブサイトを通してコメントを送ったものは多いようである。

 そして2019年7月3日、学生が傍聴する中で、迷惑行為防止条例改正案は、原案通り採択された。

条例を「変える」経験

 この間、学生は、アンケート調査に協力し、自主的に議会を傍聴し、パブコメを提出したわけであるが、それらの経験は政治的なエンパワメントをもたらし、政治的有効性感覚の向上にもつながったようである―「今回の迷惑防止条例のように、一人一人がきちんと声をあげると、政府に届くんだなということを改めて実感できたので、選挙にも学生がたくさん行けば、学生に向けての政策が何か作られるのではないかと思った」、「1年前にアンケートをとられたとき、「これに意味があるのか」と思ったことがあったが、いざ条例が可決されると、自分の意見が反映されることもあると、身をもってわかったので、選挙に行こうと思えた」(採択直後のアンケートより)。同様の回答が大半を占める。

 そして学生は、さらに地方議会や条例に関心をもって自主的に学ぶようにもなっていく―「私が良く遊ぶ商店街(高松)のあたりでも、一歩入れば危ないところになっているので高松の条例も調べてみようと思います」(同上)。

今も続く被害と今後の不安

 もちろん、条例が採択されたとはいえ、施行日は10月1日であり、今現在も数多く被害は確認されている―「岡山駅で、男の人2人に、東京・大阪で働いてみませんかと言われました。ラインやインスタグラムで連絡すると言われました」、「岡山駅で女の子が声をかけられて、改札の中に入るまでつきまとわれていました。昼間に堂々と、という感じでしたし、条例はやくー!!と思いました」(同上)。

 また施行後の取り締まりがしっかりとなされるのかを心配する学生も多い―「施行されて果たしてきちんと取り締まりが行われるのかは不安です。話題になった最初だけにならないことを期待したいです」、「勧誘を、警察が毎回、見回りに来るのかが気になります」(同上)。それゆえひきつづき被害の調査を行い、フォローしていくことは欠かせない。

 条例を変えることで新たな心配事(県警が取り締まってくれるか)が生まれるのは確かであるが、10月1日以後、問題への対応はすべて県警が担ってくれるようになるので、個人の負担・被害は間違いなく大幅に減る。仮に県警の怠慢がみられれば、県警を管理する岡山県公安委員会(学識関係者や弁護士から成る)に「苦情」(警察法第79条)を申し立てることもできる―今回の条例改正案を県公安委員会も「画期的」と高く評価している(2019年4月25日公安委員会定例会議事録より)。

SDGs達成に向けてルール自体をつくる・変える

 SDGs達成に向けて、既存ルールの下でさまざまな努力を行うことは、たしかに重要である。ただ、既存のルールが被害を生み出していたり、ルールを変えることでSDGsを達成できたりする場合は、ぜひルール自体をつくる・変えることにもチャレンジすべきであろう。ルール作りには予算も補助金もいらないし、一般住民の不満と被害の声を集めて議会・議員に訴えれば、後は専門知識を有する議員や行政機関が原案を作成してくれる。それでいて人々の政治的エンパワメントにも確実につながっていく。

 とりわけ条例は、制定・改正に法律ほど多人数の賛意を得る必要はなく、かつ日常生活(通勤・通学や買い物を含む)に密着しており、工夫すれば住民や学生の関心を呼び、かつ成果も実感されやすいルールである(わかりやすく「スモール・ルール」と呼んでも良い)。それによって、地域社会をより良いものに変えていくことができるし、達成期日が迫るSDGsを各地で効率よく進めていくこともできるのである。

参照:
岡山県迷惑行為防止条例の改正について(2019年10月1日施行)岡山県警察
http://www.pref.okayama.jp/page/618186.html