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国際人権ひろば No.142(2018年11月発行号)

人として♥人とともに

差別の交差性・複合性への視点 ~複雑さに向き合うこと~

三輪 敦子(みわ あつこ)
ヒューライツ大阪所長

 2018年は世界人権宣言70周年です。世界人権宣言に始まる、国境を超えて人権を保障する歩みのなかで、新たに重要と考えられるようになってきた分野や視点があります。「女性に対する暴力」はその代表的なものですが、最近の人権に関する議論で必ず言及されるようになっているのが「差別の交差性・複合性への視点」です。

 「差別の交差性・複合性」とは、いくつかの要因が複雑にからみあいながら個人に影響を及ぼす差別を意味します。複合差別、交差性差別とも表現します。市民の立場からG7に対してジェンダーの課題を発信するために、カナダで4月に開催されたW7(Women7)と呼ばれる会議でも、7分野にわたる提言の冒頭に置かれたのが「差別の交差性・複合性」でした。経済、政治参加等、他のすべての分野に関連する不可欠な視点であることがその理由です。

 W7で「差別の交差性・複合性」を検討するなかで強調されたのが「カナダでは先住民女性の失踪と殺人が多数発生している」という問題でした。これはどのような問題なのでしょうか?先日、観た「ウィンドリバー」という映画は、この問題の背景や内実が全くわかっていなかったことを、沈み込むような衝撃とともに思い知らされる映画でした。

 映画の舞台は、アメリカ合州国のワイオミング州に実在する先住民の居留地(正式名称は今もインディアン居留地)、ウィンドリバー。一面を雪と静寂に包まれたウィンドリバーの荒野で女性が遺体で発見されます。頭には傷、性的暴行が疑われる痕跡もありますが、検死官は、肺の破裂を死因とします。屋外で長時間、氷点下の空気を吸い込み続けると肺の破裂が起こるからです。なので、これは事件性のない「死亡」として扱われることになります。でも、彼女が裸足で極寒の荒野で遺体で発見されることになったのはどうしてなのか。数年前に、やはりこの地で娘を亡くした連邦野生生物保護官の男性と、女性死亡のしらせを受け、ラスベガスから派遣された、まだ経験の浅い連邦捜査局(FBI)の女性捜査官の二人が「死亡」の真相を追いかけるのが映画の主題です。

 死亡した女性には、居留地の採掘場で働くために外部からやってきた恋人がいたのですが、彼は彼女にロサンジェルス、シカゴ、ニューヨークといった大都会への憧れをかきたてる言葉をささやきます。彼女は、彼を通じて外の世界への脱出を夢見ます。しかし彼は、少し前までイラクに派兵されていたようで、安定した生活が保障されているわけではないことが示唆されます。

 映画が非情なまでに描き出すのは、生計を立てるのに十分な産業が乏しい居留地に「閉じ込められた」生活のなかで、未来への展望を見いだせずに暮らす先住民の姿です。背景にはアメリカ合州国による収奪、囲い込み、迫害、差別の歴史があります。国家に対する住民の感情は、上下逆さまにつるされた星条旗が象徴しています。

 男性のなかには薬物に浸る生活を送るものも少なくありません。女性にとっては居留地の外からやってきた男性が「自由で華やかな世界」への窓として立ち現れますが、その関係は、場合によっては、ジェンダーに基づく暴力の危険性と隣り合わせです。しかし、「死亡」に対して十分な対応ができる環境はありません。先住民居留地で発生する事件は、州ではなくFBIの管轄であり、居留地には、わずかな数の警察官しか駐在していません。こうした状況では、女性に対する暴力が闇に埋もれるのは不思議ではありません。遺体が雪原に生息するコヨーテの餌食になれば、死因の究明は永久に不可能になります。

 差別の交差性・複合性への認識が、人権保障を考える際に不可欠な視点であることは、近年の人権理事会の報告や決議からも明らかです。ですが、複合差別、交差性差別の形態と影響は、実に多様であることに改めて気づかされます。問題の解決への道筋を探るには、多様性と複雑性をそのまま理解することが大切でしょう。複雑さに向き合うことは簡単ではないかもしれません。ですが、それなしには一人ひとりの人権の実現はありえません

 世界人権宣言70周年を記念して、ヒューライツ大阪では、世界人権宣言大阪連絡会議と共に、12月5日(水)に、複合差別・交差性差別をテーマにシンポジウムを開催します(注。皆さまのお越しをお待ちしています。


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