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国際人権ひろば No.141(2018年09月発行号)

肌で感じたアジア・太平洋

人道支援ワーカーの日常@シンガポール

石関 正浩(いしぜき まさひろ)
シンガポールNGO 「マーシーリリーフ」海外事業部ヘッド

シンガポールに暮らして

 2012年にシンガポールに住み始めて6年ほど過ぎた。連れ合いがシンガポール人であるという事情からやってきた。シンガポールと言えば、金融やサービス分野を中心にアジア経済の重要なハブとして知られているが、私はマーシーリリーフという地元の人道支援団体で働いている。

 この団体は、アジア地域で天災や人災が発生し、現地政府だけでは対応が難しい時などに人道支援を行っている非営利団体である。災害直後の救援活動、および再建、災害に強い地域づくりの支援などの事業を展開している。活動資金は、シンガポールの個人や団体、会社からの浄財である。これまでにアジア25カ国に対応した。日本にも2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、2018年7月には西日本豪雨にチームを派遣した。

 私が最近担当している事業は、西日本豪雨、ネパールの2015年大地震被災地での災害に強い地域作り、バングラデシュ・ミャンマーのロヒンギャ危機などである。

 このところ、いつになく忙しい。過去3か月間に同僚が2人辞めたことから、年初は3カ国4事業を担当していたのだが、7カ国10事業となったからだ。7月は、中旬に西日本豪雨の被災地支援で岡山県へ、下旬はインドネシアのアチェ州に事業引継ぎのために出張した。8月初旬には洪水被災地支援のためラオスに飛んだ。

 災害が起きると、パソコンに釘付けになり、スマホをのぞき込む日々が続く。今回のラオスの場合、洪水の状況を確認し、現地で協力してもらえそうな団体と連絡をとりつつ、通訳者や車の手配といった準備を進める。現地の地図を頭に入れながら、被災状況や被災者のニーズ、他団体の動き、物資調達先や現地までの輸送方法等を考えていく。連絡を取っている国際NGOのラオス事務所から、現地政府の統制が強く、現地に入っての支援は厳しそうだとの情報も入っていた。ラオスの洪水情報を追っている一方、日本に上陸した台風12号の進路やミャンマーでの洪水からも目を離せない。西日本豪雨の被災地での更なる被害が出ないよう祈るばかりだ。

 現地に入ってしまえば、パソコンや携帯と向き合うことは少なくなる。五感を働かせて目の前の人や集落と接する。確かに体力的には疲れるが、事務所にいるときとは全く違う充実感が現地にはある。

外国人労働者が支える街

 マーシーリリーフの事務所は、観光客で賑わうシンガポールの中心部オーチャードから8キロほどのトアパヨという所にある。今から50年ほど前、公団の郊外集合住宅として最初に開発された地域で、事務所は築50年ほどの集合住宅の一階にある。シンガポールでは人口の8割が公団集合住宅に住んでいるといわれる。外国人駐在員が住むプール付きのコンドミニアムとは全く違う空間だ。

 毎日私は、チャンギ空港に近い東海岸地域の自宅からバスで40分ほどかけて通勤している。料金は片道2シンガポールドル(約160円)もしない。公共輸送機関の料金は、政府が政策的に抑えている。途中一回バスを乗り換えるが、大抵は座れて快適だ。ベンツ製のバスが多いので、海外の友人には「毎日運転手付きのベンツで通勤だよ」などと冗談を飛ばしている。

 バス停から事務所までの途中、朝早くから掃除をしているバングラデシュからの労働者をよく見かける。彼らは、集合住宅の廊下や緑地の掃除、各戸からダストシュートで出される家庭ごみを回収する作業を担っている。彼らのような移住労働者が、シンガポールのごみの少ない清潔な環境を下支えしているのである。

 事務所近くの集合団地の一階には、個人の家はなく、高齢者や障害者のデイケアセンターやクリニック、食堂、雑貨屋といった地域住民が必要とするサービスを提供している団体や店が多く入っている。公団ということもあり賃貸料は比較的安い。昼飯で利用する食堂も、集合団地の一階にある。エアコンはなく、天井扇風機が廻り、インド料理から中華料理、タイ料理の店など5~6軒の店が営業している。そのうち中華系マレーシア人が経営する中華料理は白飯におかず3品ほどをのせたものが3~4 シンガポールドル(約240~320円)。これが私の昼食の定番だ。

 食堂近くでは、家事労働者や看護師のフィリピン人、建設労働者の中国人や南アジア出身者など多くの外国人を見かける。見かけによる判別は難しいがマレーシア人も相当いるようだ。かく言う私もここでは「外国人労働者」である。

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公団集合住宅1階の事務所

進行する高齢化と格差

 シンガポールも高齢化社会を迎えている。事務所のある集合団地の住人のなかには老夫婦や独居老人が少なくない。この世代はシンガポールの経済発展の基盤を作った世代だが、学校教育を受ける機会も限られたのだろう。中華系でも日常言語は、シンガポールの標準語である標準中国語より、主に福建語や広東語といった方言だ。英語や北京語で書かれた公共料金の請求書や政府からの通知がよく理解できないため、私たちの事務所に翻訳を頼みにやってくることがある。中華系スタッフが対応するのだが、地方語をしゃべれなくなっている20代だと難しいときもある。私のような中国の言葉が全く分からない者は、高齢者の荷物持ちをしたり、外出中に道に迷った老人を探すこともある。

 厳しい生活をしている人が多いのだろうか、「闇金融」の業者も入っている。返済が滞ると、厳しい取り立てや嫌がらせが行われるという。実際に見たことはないが、警察が住宅わきに設置した看板で、闇金融がらみの事件を伺い知ることがよくある。

 日本は格差社会と言われ久しいが、この国も同様だ。政府も格差指標である「ジニ係数」を気にし始め、インクルーシブな社会(経済力や人種、文化、宗教の違い、障害の有無等による垣根を越えて、包み込み助け合う社会)に向けた施策を打ち出している。人種や宗教を理由とした差別を煽る言動に対しては、政府は厳格な対応をしている。

 これから本格的に迎える高齢化や格差社会に対応する中で、シンガポール政府は社会福祉予算をどう切り盛りしていくのだろうか。都市国家らしく、どう効率的・効果的に配分するかに注目したい。日本の、とりわけ都市部の社会福祉のあり方のヒントとなるかもしれない。

都市国家のこれから

 職場の同僚は、男女各3名で計6名の小所帯であるが、信仰する宗教は、イスラム教、キリスト教など多様だ。理事にはシーク教徒やヒンドゥー教徒もいる。彼らと国内外で一緒に仕事をすることで、順守すべき食習慣やお祈りの時間、それぞれの教義を知ることができる。人種・国籍でいえば、中国系とマレー系のシンガポール人と、私が日本人というところだ。

 同僚の仕事の仕方は、宗教や人種にあまり関わりなく、割り切りがよくて効率的だ。完成度が100点満点で80点になればよし、それ以上の深追いはあまりしない。少しでも100点を目指し、ときとして効率の悪い残業をする私とは違う。ただ、スタッフの出入りは頻繁で、2012年に働き始めた私が6年目にして近々一番長い勤続者となる見通しだ。

 これからのシンガポールはどこにいくのだろうか?アジアの金融ビジネスのハブとして繁栄する国だという印象の一方で、課題も抱えている。政府も課題解決に向けてダイナミックに動いている。総人口約561万人のうち、シンガポール人と永住者が397万人、永住権を持たない外国人労働者などが164万人ほどである。人口の3割ほどが外国人労働者だ。この国で、資源と言えば人間であり、その人間が積み上げてきたビジネスのネットワークだろう。政府もシンガポールに適したビジネスの誘致や育成を強力に行い、それに対応した教育への投資を積極的に行っている。

 シンガポールは、秩序正しく清潔で緑地も多い。男女差別や外国人に対する偏見も日本より少ないと感じる。ルールもはっきりしていて、国境を越えた事業を行ううえでの人材も揃っているので、国際ビジネスの拠点として好条件だろう。私のような人道支援団体で働く者にとっても、地理的にアジアの中心にあり、多くのアジアの国と直行便で結ばれているアクセスの良さや、自然災害がほぼ皆無だという事情から、地理的環境としてとてもよい。確かにいいところなのだが、多くが人工的・効率的に設計されたシンガポールに息苦しく感じる時がある。

 パソコンから窓の外に目を向けると、ビルの隙間に切り取られた小さな海が見える。そこには、多くのコンテナ船が順番待ちをしている。これまで暮らしたことのある日本の関東地方の里山や北海道の時として厳しい自然、フィリピンのサンゴ礁が懐かしくなる時がある。