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国際人権ひろば No.140(2018年07月発行号)

肌で感じたアジア・太平洋

インド放浪ひとり旅

梁 京 姫(ヤン キョンヒ)
立命館大学非常勤講師

 2017年は契約期間満了による退職、一人息子の結婚、そして自分の還暦という人生の大きな転機だった。このような環境の変化を受け入れられず、精神的に困惑した時間を過ごしていた。これからの人生のために何かしなければと思い、修行の心で、2018年2月から3月にかけてインド、ネパール25日間のひとり旅に出た。バックパッカーの友人からインドの旅は過酷だったと聞き、あえてそこに飛び込んで、自分の人生を考えてみようと思った。旅は、インドのデリーからネパールのポカラまで。総予算は韓国からの往復飛行機代を含めて25万円で、移動は夜行列車とバスを利用した。

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旅のスタート

 韓国出身の私は若い時から旅行は好きだった。韓国にいるときはドライブを楽しんだし、20年前に日本へ留学に来てからも時間が許せば国内外の旅を楽しんだ。今回は、現地の言葉はわからないし、英語も得意ではないので不安もあったが、一方で、ドキドキする気持ちも生まれて、私の背中を押した。今の時代だからインターネットがつながれば、何とかなるだろうとも思った。実際、インドではグーグルの地図が小さな路地までよく案内してくれた。グーグル・マップありがとう、である。

 出発前、バックパッカー旅行経験者に「旅の楽しさは荷物の重さと反比例する。また、インドでは計画通りにはならない。列車は時刻表通りではない。気持ちを広くもって、少しくらいだまされてもいいと思ったらもっと楽しくなる」と言われた。しかし、空港で荷物を測ったら16.7kgと5kg程の二つのバック。旅行中、この重さは私の肩と背中を苦しめた。物も心も過重になると自分を苦しめるだけだということを学んだ。

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コルカタ駅で

予期せぬダイエット

 長旅だからしっかり食べないと、と思ったもののインド料理といえばカレーだ。そもそもカレーは好きではなかったし、インド料理に対する知識が薄かった。デリーに到着して、ネットやホテルの人から評判の店を二つ選び、二日目にオールドデリーにある店に行ったが、私の口には合わなかった。何より香辛料のにおいが苦手だった。三日目には、ニューデリーのバイキングのレストランに行った。バイキングにしたのはインドにはどんな料理があるのかを学ぼうと思ったからだ。しかし、すべての料理に香辛料が入っていて、さらにそこでおなかをこわしてしまった。インドでは旅人がおなかをこわすことが多いと聞いていたが、まさか私も。それから10日間は、ゆで卵にきゅうりとフルーツで過ごすという、予期せぬダイエットで体重がかなり軽くなった。韓国料理はインド人の口には合わないのか、ほとんどの韓国料理店はダメになっているようだ。カジュラホにも韓国料理屋があったが、韓国の味ではなかった。聞くと、韓国人がやっていた店がつぶれて、その店で働いていたインド人がそれを引き受けて営業しているとのことだった。韓国料理を食べたら元気が出た。

ヒンドゥー大学の学生との出会い

 旅先では有名な観光地にも行くが、それより市場、大学、貧しい人たちが暮らす街を巡るほうが好きだ。そこに人々の暮らしを感じることができるから。人が「生きている」と思う。今回の旅でも3つの大学を回った(ふらっとキャンパスに入っていった)。その中でバラナシのヒンドゥ―大学で出会った英語科の学生さんが印象的だった。大学のキャンパスは広く、建物も立派であり、ヒンドゥ―教のヴィシュワナート寺院がキャンパス内にある。たまたま彼に私の写真を撮ってと頼むと、学内も案内してくれるという。彼は、私の片言の英語を理解してくれたが、私は彼の英語がほとんど聞き取れない。寺院の歴史や宗教の説明を日本のそれと比較しながら熱心に説明してくれた。私がわからないような顔をするので何度も説明してくれた。もし聞き取れたなら面白かっただろうに。昼食は学食に連れて行ってくれた。合計3時間…ありがたく苦しかった。

オーケストラのような力強いいびき

 プシュガルでは、韓国語で対応してくれるツアーで、ラクダに乗って砂漠への1泊2日のキャンプに出かけた。7歳の少年がラクダを引く。11歳の子なら大きいほうだ。申しわけない気持ちになる。参加者は子どもからおじいさんがいて、速度がかなり制限される。私はいらいらして、自分は乗馬をやっていたから先に走っていくと伝え、先に走ったが、ラクダは本当にゆっくりだ。夜は砂の上に敷物を敷いて自分の寝袋に入って寝た。持っていたミネラルウォーターで歯磨きをして、顔は濡れティッシュで洗うだけ。ラクダツアーは参加者が多く、人のいびきが広い砂漠の夜空をオーケストラのように力強く鳴り響いた。

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動物と人間が半々に歩く町

 カジュラホは950~1050年に建てられたミトゥナ像のある寺院が有名である。東、西、南の3つの寺院群に分かれているが、小さな町なので地図を見ながら歩いて回った。そこで、今まで見たことのない光景に出会った。インドに来てから人の貧しさに相当驚いていたが、ここはひどすぎる。道を行きかうのが、汚れている牛、豚、犬といった動物、そして、半分が人だ。豚は放し飼いにしているようだ。小さな子どもが動物と一緒に歩いたりするので、衛生面や、動物に蹴られたりかまれたりしないかと、怖かった。ホテルの人に“ここは悪い子が多いところなので町には入らないで寺院だけを見て帰りなさい”と言われたことを思い出した。この町はさすがに怖いと思ったが、そのまま町に入った。人々は不思議そうに私を見た。普通の観光客ならここまでは来ないだろう。あるおじいさんが、自分の家は100年以上になるものだから入ってみて、としきりに誘うので好奇心半分で入ったが、急に怖くなって、あいさつそこそこに出てきた。今思うと少し惜しい。なぜ、そんなに怖がったのだろう。

死と生が隣にあるバナラシは強烈な思い出

 3千年の巡礼の歴史が誇るインドの聖地、バラナシが今回の旅では一番強烈に記憶に残っている。それはガンジス川での人々の生活を見たからだ。

 ツアーに参加し、韓国人ツーリストたちと一緒に食事・ガンジス川遊覧をした。子どもたちが沐浴をし、その横で犬や牛が水浴びをし、また、その横でお供えものが川に流され、さらにその横で燃やされた遺体の灰が川に流される。人と動物の境界がないところ、生と死の境界がないところ、そこがガンジス川である。遺体を焼くことを動じることなく目で見て、心で見ている自分を発見する。

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バラナシで船から撮った火葬場

気持ちのリセット

 旅の途中で、最初に心が落ち着いてきたのはバラナシだった。「死」の人間と「生」の人間と私、それから子どもと動物とが混在。他の場所なら、汚いとか怖いとか思ったはずだが、ここでは不思議とそう思わなかった。今の自分の状況を悩むということが贅沢ではないかと思った。将来への不安や、孤独感とかで落ち込むということも、自分の欲ではないか。そして、現実を楽しもうとする自分を見つけた。

 もう一つは健康に自信がついた。出発前は家にいることが多く、自分の体が弱くなったような気がしていたが、19時間のバス移動や、連日、夜行列車での移動から、まだまだ私はいけるかも、と思えた。

 インドは、自分の人生が苦しくなったら、また行ってもいいところではないか。人生を考えるには一番いい旅先じゃないかと。


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