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国際人権ひろば No.139(2018年05月発行号)

人として♥人とともに

コンセンサスを形成する

三輪 敦子(みわ あつこ)
ヒューライツ大阪所長

 人権の実現には、一人ひとりが、自分にとって、そして他のあらゆる人々にとって人権が大切であると理解することが何より重要であることは言うまでもありませんが、同時に、様々な人が違う意見や考えを持ちながらともに暮らす毎日の生活のなかで、人権を実現するには何が大切かを理解することが重要でしょう。

 現実の様々な状況下で人権を具体的に実現するためには、「自由に意見を言える」「声を上げられる」ことが、まず重要であり必要です。ですが、これは、実は日本に暮らす私たちにとって、そんなに簡単なことではないようです。

 学校の先生たちと人権に関するワークショップをやると、驚かされることがあります。「子どもの権利条約」に規定されている「意見表明権」に対し、難色を示される先生が多いことです。

 「意見表明権」は、子どもの権利条約第12条に以下のように定められています。「子どもは、自分に関係のあることについて自由に自分の意見を表す権利をもっています。その意見は、子どもの発達に応じて、じゅうぶん考慮されなければなりません」(日本ユニセフ協会抄訳より)。人権の基本ともいえるこの権利に対して、忌避感が示されるのは、どういうわけでしょう。理由は、それをやっていると、教室運営に支障をきたすということのようです。これを知ったときには本当にショックでした。教育という未来の人材であり市民を育む場で人権の基本が教えられていないということになります。

 このような状況の背景には、異なる意見に耳を傾け、丁寧に着地点を模索する、すなわちコンセンサスを探る経験が日本に暮らす私たちには決定的に欠けていることがあるのではないかと思います。

 小学校の時から、学級会その他の場で何かを決める時には多数決が一般的でした。「少数意見を大切に」という言葉も聞いた記憶がありますが、具体的にそれが何を意味するかは、ついぞ聞いたことも学んだこともありません。そして、そのことに何の疑問も持たずに育ってきました。

 会議に参加する人たちが自由に意見を出しながらコンセンサスを探っていくという経験を初めてしたのは、2000年にタイでの国際会議に参加したときでした。スクリーン上に映し出された宣言文の草案の文言を巡って、参加者がどんどん意見を出していきます。それらが事務局によって即座に草案に反映され、その文言を巡って、また議論が続きます。そして、意見が出尽くした頃に、議長が「これでいいか」を問い、拍手で採択されるというプロセスでした。そして、いったん採択されると、もう後に戻っての議論はできません。

 これは新鮮な経験でした。日本では、コンセンサスは、参加者の「主体性がない」「適当な」決定と考えられている気配もありますが、全く違います。まず、少数意見であっても、参加者がその意見に理由と意義があると思えば、賛意が示される可能性があります。また、多数決では、賛成者と反対者の存在と人数が明確になり、意見の違いを残したままの決定となりますが、コンセンサスでは全員の賛意による決定になるので、参加者にとって満足度が高い決定になり、また決定事項への責任感も強くなります。「みんなで決めた」という実感をもてる決定になるわけです。

 大学の集中講義で、何日間か連続で朝から夕方まで授業をするときなど、開始時間と終了時間を決める際に、コンセンサス形成の実践を取り入れるときがあります。多数決では9時半開始が多数になるとしても、育児や介護の必要があって、9時半ではどうしても間に合わないという意見が出て、参加者がそれを理解すれば、10時を開始時間とする決定が可能になります。そのことにより、参加者全員の授業を受ける権利を保障することができますし、また決定への責任感を向上させることができます。そしてこれは、少数意見であることに臆せず、自分の意見を言うこと、そして参加者がその意見を聞くことができて初めて可能になる決定です。

 日本の社会に人権を根付かせ、毎日の生活のなかで人権を自分のものとして活かしていくためには、自由に意見を表し、時には闘わせ、そのうえで、様々な考えをすりあわせながら丁寧にコンセンサスを探る経験が大切ではないかと感じています。そのためには「意見表明権」を自分のものにすることが何より重要です。


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