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国際人権ひろば No.136(2017年11月発行号)

特集 人権につながる様々な教育の取り組み

人権教育としての性教育

艮 香織(うしとら かおり)
宇都宮大学准教授

はじめに

 日本では性教育は全教科で扱うことになっているが、ミニマム・スタンダードがあるわけではない。そのため学校や教員の裁量に任されているのが現状である。橋本ら(2009)の調査によると、学校における性教育は中学校では3年間で9.19時間であることが明らかにされており注1)、包括的な性の学びを展開するのは困難である。

 なぜ日本の教育現場で性教育が進めづらいのだろうか。一つには2000年前後の性教育バッシングの影響があろう。一連の性教育バッシングは新保守主義という考え方の下で、極めて政治的な動向の中で起きたものであり、子どもにとって必要な性教育とは何か、その内容を真剣に議論することをそもそもの目的としていなかった注2)。性を理解・実践していない多くのおとながこうした動きを下支えしていたのは深刻な問題である。

 また、おとなの「子ども観」の問題もある。性教育への反対意見としてよくあげられるのが「性教育をすると性行動が活発になるのではないか」というものである。すでに科学的な学びを保障することで性行動が慎重になるという調査があるにも関わらず、そうした思い込みは根深い。おとなのこうした子ども観によって、子どもたちは性を学ぶ権利が奪われていると言ってよい。

 WAS(性の健康世界学会)の「性の権利宣言」前文において、「性の権利が基礎におくのは、国際社会および各国・地域において策定された人権に関する文書、憲法や法律、人権保障に関する基準や原則、人間の性や性の健康に関する科学的知見においてすでに認知された普遍的人権である」と規定されており、「性の権利はセクシュアリティ(性)に関する人権」として宣言されている。権利項目には「教育を受ける権利、包括的な性教育を受ける権利」があげられている。性教育は性の権利を理解し、行使する主体となるために必須となる。

性教育の方向性を考えるにあたって活用できるユネスコ『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』注3)

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 2009年にユネスコが中心となって作成された国際セクシュアリティ教育ガイダンス(以下、ガイダンス)は、包括的な性教育の具体的な方向性や内容を考える際に重要な示唆を得られるものである。

 ガイダンスにおいて、性(セクシュアリティ)教育は「科学的に正確であり、実際的で客観的な情報を提供することによって、年齢に応じて、文化に関連させて性や関係性について教えることである。その人自身の価値と態度を探求し、意思決定し、コミュニケーションをとり、リスクを削減するためのスキルを獲得する機会を提供すること」と定義づけられている。

 ガイダンスは2部構成で、第1部では性教育を実践すべき正当性を示す「性教育の理論的根拠」が述べられている。上の定義や目的を確認でき、性的に活発になる前に性教育に取り組むことの重要性が強調されている。また、性教育を進める上での制度的基盤(学内外の連携、指導計画等)や、実際に授業を創るにあたって関連した法制度やデータの収集法、性教育の教育効果に関する研究(87の研究)が紹介されている。

 そして第2部では①人間関係、②価値観、態度、スキル、③文化、社会、人権、④人間の発達、⑤性的行動、⑥性と生殖に関する健康の6つの基本的構想が整理されており、4段階の年齢(5-8歳、9-12歳、12-15歳、15-18歳以上)ごとの学習課題が設定されている。大枠の基本的構想と、それぞれの内容項目を見るだけでも、包括的な性教育がどのようなものかのおおよそをつかむことができる。自分がどのような性教育を学んできたかということや、性教育を実践している場合は、内容が包括的なものになっているかを振り返ることもできる。さらに4段階の年齢に沿った学習課題も詳細が書かれているので、学びの系統性を考える際に役立てることができる。

公立中学校における性教育を通して

 ここではガイダンスを踏まえた公立中学校での性教育実践を紹介したい。たんぽぽ中学校(仮名)では現場の教員と複数の研究者との連携で進めており、今年で6年目となる。

 たんぽぽ中学校の実践の特徴として、まず性教育を進める上で制度的基盤が整っていることがあげられる。学内組織として人権教育委員会があり、性教育部会が位置付けられている。授業は公開授業とし、事前に保護者や付近の中学校、行政機関、研究者等へも知らせ、各回に数名の参観者がいる。授業後には参加者の意見を集め、次年度に活かすようにしている。また「カリスマだからあの授業ができる」というのではなく、性教育の必要性を多くの人と共有し、実践を「広げる」ことを意識していることから学内においても複数の教員が担当するようにしている。

 次に授業内容は、1年時は「生命誕生」「女らしさ?男らしさ?を考える」、2年時には「多様な性(2回)」、3年時は「自分の性行動を考える-避妊・中絶-」「恋愛とデートDV(2回)」となっており、総合的な学習の時間を使用している。保健の授業では1年時に「月経と射精」、3年時に「性感染症」がある。

 授業内容全体を通じての特徴は以下の4つである。

  • 教員主導で性道徳を教える教育ではなく、正確な情報、科学的知識にもとづき、それによってリスクの少ない性行動を自己決定する力を獲得していくことを目指している。そして課題があればどのように解決していくか、社会に発信していくかといった具体的なスキルの獲得につながるような展開となっている。例えば「生命誕生」のテーマでは、「親への感謝」を前面に出すような実践も多い中、多様な家族形態がある中で子どもの現状に合致していると言えるのか、科学性をどう捉えるかを教員間でも議論した。結果、胎児も自らの機能を使って育ち、生まれてくることに重点を置く展開とした。授業後の感想からは、生命の見事さやその道筋に関する科学的な学びを通して、肯定的なからだ観を育んでいることが読み取れた。
  • 多様性やジェンダー平等を基礎とした関係性づくりを前提としている。一例をあげると「多様な性」ではパターナリスティックに性的マイノリティのテーマを扱うのではなく、皆が多様な性と生を生きる一人であるという展開を意識してきた。
  • 学びの系統性を議論し、学年ごとの子どもたちのニーズに合う内容を設定している点である。「自分の性行動を考える」や「恋愛とデートDV」では性に関する3年間の学びを踏まえ、関係性をどのように創るかを考える内容となっている。
  • 子どもたちを学びの主体として位置付けている。事前アンケートによって実態を把握し、授業内で紹介している(自分たちのデータは非常に興味を持って見ている)。また授業後にもアンケートを実施するとともに、数名の子どもたちとの座談会を行い、授業内容が子どもたちの現実に合致したものであったか、教材が適切であったか、授業とのクラスの反応等を確認している。

おわりに

 ガイダンスには、一貫して性(セクシュアリティ)は「人間の生涯にわたる基本的な要素」として位置付けられ、人権を基軸とした性教育を具体的に提起している。前文には「部分的な情報、誤った情報、あからさまな搾取といった暗雲の中で、自身の生き方を見つける子どもを放置するのか。あるいは普遍的価値と人権を基礎にした明瞭で十分に詳しい科学的な基盤に基づいたセクシュアリティ教育に挑戦するのか」とおとなの選択を突き付けている。平坦な道のりではないが、私たちおとなは当然ながら人権教育としての性教育を位置づけるべく「挑戦」を重ねていく必要があろう。

 

注1:“Sexuality Education in Junior High Schools in Japan”,Noriko Hashimoto et al,Sex Education,volume 12,issue 1,25-46,2012.

注2:『性教育バッシングとは何だったのか』艮香織,性の健康,13(2),38-41,性の健康医学財団,2015.

注3:『国際セクシュアリティ教育ガイダンス 教育・福祉・医療・保健現場で活かすために』UNESCO編,訳:浅井春夫,艮香織,田代美江子,渡辺大輔,明石書店,2017.


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