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国際人権ひろば No.135(2017年09月発行号)

人権の潮流

ドイツにおけるヘイトスピーチ対策

金 尚均(キム サンギュン)
龍谷大学法科大学院教授

保護すべきは「人間の尊厳」

 2016年6月に日本で施行された「ヘイトスピーチ解消法」は一定の効果をあげている一方で、在日コリアンをはじめとする特定の人種や民族に属する人たちを標的に、公然と差別や排除を扇動する行為がいまだに続けられている。本稿では、今後の対策に向けた議論の課題として、ドイツにおけるヘイトスピーチの法規制の背景を紹介したい。

 ドイツにおけるヘイトスピーチ規制を論じる前提として、その保護法益(法律で保護されている利益)とも関連して「人間の尊厳」について話す必要がある。なぜなら、ヘイトスピーチを規制する民衆扇動罪の保護法益は公共の平穏と並んで人間の尊厳とされるからである。またスイス刑法では、人間の尊厳を主たる保護法益としている。

 それでは、なぜ、ヘイトスピーチ規制における保護法益が人間の尊厳であるのかというと、それは、ナチス政権下におけるユダヤ人や精神障害者などに対する迫害の歴史に対して、過去の克服の一環としてドイツ基本法1条に「人間の尊厳」が規定されたことと密接な関係がある。1945年の国連憲章並び48年の世界人権宣言を受け、さらに「人間であること」を否定したドイツにおける過去の迫害の歴史に照らして、人間の尊厳が規定されるに至った。ナチス政権における、「個人は何も価値がなく国民が全て」ということと、「アーリア民族が特に価値が高く、他の民族は価値が低くそれどころか抹殺すべきだ」とした理念への対抗と過去の克服のために、人間の尊厳は不可侵と規定されたのである。これは、全体主義に対する個人としての存在の保障と何よりも人間であることの保障を強調している。

刑法上の「民衆扇動罪」として規制

 人種差別撤廃条約(1965年)に先んじて1960年にドイツではヘイトスピーチ規制がドイツ刑法典130条として制定された。旧規定では次のように規定されていた。

 「公の平和を乱し得るような態様で、

 1 国民の一部に対する憎悪をかき立て若しくはこれに対する暴力的若しくは恣意的な措置を求めた者、又は

 2 国民の一部を冒涜し、悪意で侮辱し若しくはこれを中傷することにより、他の者の人間の尊厳を侵害した者に対して3月以上5年以下の自由刑に処する。」

 本刑罰規定の背景には、1950年代末期に反ユダヤ人運動が高まり、国家社会主義の人種理論を用いた反感感情が高まったことに照らして、将来において往々にして民衆扇動表現が生じることが容易に想定されたからだ。国家社会主義の後遺症以外にも、とりわけ住民と迫害された人々との間の緊張関係がしばしば存在する。こうして、民衆扇動罪は、直接的な人間の尊厳に対する侵害の前段階にある行為であり、歴史的に危険だと証明された固有の推進力、つまり差別扇動することで、標的となった集団に対する社会的排除と暴力犯罪への固有のダイナミクスが始動することに対処し、その端緒を抑止するために制定された。

 本刑罰規定のもう一つの保護法益は、公共の平穏である。公共の平穏とは、公共の法的安全の保たれた、しかも恐怖から解放された国家市民の共同生活という客観的に明白な生活状態のことである。ドイツの立法者は直接的な人間の尊厳侵害の前段階において刑法的保護を前倒しするやり方で様々な市民の集団に属する者の平穏な共同生活を毀損する政治的雰囲気を阻止しようとした。なぜなら、一定の人々が同等な人格としての生存権を否定され、しかも低い価値の者として扱われ、扇動的表現により一定の集団に対する敵愾心を高められ又は強固にさせられ、そのことによって一定の集団に対する暴力的行動を準備させ、そして暴力行為へと潜在的行為者を扇動するからである。

 民衆扇動罪は、特に重大な人間の尊厳に敵対的な表現行為による攻撃が構成要件に該当する。その攻撃とは、攻撃された人々が、国家的共同体における同等の価値を有する人格としての縮減させられない生存権を否定され、そして低い価値の者として取り扱われる場合に存在する。攻撃された人々の人間性が否定され、問題視され、又は相対化され、被害者がその人格の中核領域に対して被害を受けるものでなればならない。ドイツの民衆扇動罪では、攻撃の対象とされる集団は、彼らの人間の尊厳を否定される。この攻撃の実態とは、一定の属性を有する集団に属する人々を自分たちとは異なる存在であると示すことにある。ここでは、攻撃客体は、共に生活している社会において「二級市民」、「人間以下の存在」、果てには「敵」へと貶められ、従属的地位に置かれ続けることをさす。

欧州における取り組みと連動する規制

 その後、2003年に「欧州評議会・コンピュータ・システムを通じて行なわれる人種主義的及び排外主義的性質の行為の犯罪化に関するサイバー犯罪条約の追加議定書」(2006年発効)が採択された。それによれば、表現の自由は、民主的社会の本質的基盤のひとつであり、かつ、民主的社会の前進及びすべての人間の発達にとっての基礎的条件のひとつでもあることを認めた。一方で、人種主義的及び排外主義的宣伝を流布するためにそのようなコンピュータ・システムが誤用または濫用されるおそれがあることを懸念し、 表現の自由と、人種主義的及び排外主義的性質の行為との効果的闘いとの間に適切な均衡を確保する必要性が認識されたことが採択の背景にある。

 これに加えて、人種差別と排外主義の表現の態様に対する刑法的撲滅のための2008年11月に採択された欧州委員会の枠組み決定において、以下のように規定されている。

 1条(人種差別排外主義に関する罪)1項「各国は、以下の意図的な行為が可罰的であることを明らかにするために必要な措置を講じるべきである。

 (a)公然と、人種、肌の色、宗教、出自、国籍又は民族によって定義される人々の集団又は当該集団の構成員に対する暴力又は憎悪を扇動すること」

 これにより、集団だけでなく、その構成員に対するヘイトスピーチが規制対象となるに至った。

 これらのことを受けて、ドイツではその国内履行のために、ドイツ刑法130条が2011年3月16日に改正された 。従来は集団に対する侮辱的・差別的表現を構成要件該当行為としていたが、それにとどまらず、改正では、これに属する個人に対するそれも構成要件に含めることにより、行為客体を拡張するに至った。

 「公の平和を乱し得るような態様で、

 「1 国籍、民族、宗教若しくはその民族性によって特定される集団、住民の一部若しくは上記に示した集団に属することを理由に若しくは住民の一部に属することを理由に個人に対して、憎悪をかき立て若しくはこれに対して暴力的若しくは恣意的な措置を求めた者、又は

 2 上記に示した集団、住民の一部若しくは上記に示した集団に属することを理由として個人を冒涜し、悪意で侮蔑し若しくは中傷することにより、他の者の人間の尊厳を害した者は、3月以上5年以下の自由刑に処する。」

ソーシャル・ネットワーク上のヘイトスピーチ規制

 トピックとしてドイツ連邦議会は2017年6月30日、法務大臣の提案によるインターネット上のソーシャル・ネットワークで法を貫徹するための法律案を可決、成立させた(10月1日施行)。

 この法律は、FacebookやTwitterなどのソーシャル・ネットワークのプラットフォームにおける人種差別表現について削除などを求めることを目的としている。 当初2015年、ドイツ政府は、Facebook社やGoogle社とヘイトスピーチなどドイツで違法とされる書き込みについて、可能な限り24時間以内に削除することで合意した。ヘイトスピーチに気付いた利用者が簡単に業者に報告できる仕組みを確保し、報告を受けた書き込みの大半について、内容を24時間以内に確認し、必要があれば速やかに削除する仕組みを構築した。が、この合意に基づくこれらソーシャル・ネットワーク側の対応は必ずしも十分ではなかった。そこで、法律による規制へと舵が切られた。その内容は次の通りである。

① ドイツ国内に200万人以上の利用者のいるソーシャル・ネットワークの提供者を対象とする

② 利用者が簡単にアクセスでき、しかも常に利用できる苦情手続を提供すること

③ 利用者の苦情を遅滞なく受け取り、刑法上問題になるのかを検討すること

④ 明らかに刑法上問題になる内容の表現は、苦情を受け入れてから24時間以内に削除又はブロックすること

⑤ 苦情に関する決定について、苦情を申し立てた者及び書き込み利用者に理由を説明すること

⑥ 社会ネットワークの運営者は、苦情に関する有効な処理システムを整えず、特に処罰に値する内容の表現を完全または迅速に削除しない場合には、秩序違反法を犯したことになる。苦情処理に関する責任者には最高500万ユーロ、企業に対しては最高5000万ユーロ(約61億円)の科料を科す。