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国際人権ひろば No.132(2017年03月発行号)

特集 グローバル化のなかの「ビジネスと人権」最前線

グローバル化と第5回国連「ビジネスと人権フォーラム」

白石 理(しらいし おさむ)
ヒューライツ大阪会長

 「ビジネスと人権フォーラム」とは

 国連「ビジネスと人権フォーラム」が2012年から毎年スイスのジュネーブで開かれている。フォーラムの目的は、その開催を決めた国連人権理事会決議17/4(2011年)で、「『ビジネスと人権に関する指導原則』の履行がどのように進んでいるか、そしてそこにはどのような難しさや課題があるかを話し合うこと」としている。「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「指導原則」)とは、2011年に国連で承認されたもので、「国の人権保護義務、企業の人権尊重責任、そして救済へのアクセス」という枠組みに基づいて、企業活動をそのすべての局面において国際人権基準に沿って行うべきとする原則である。企業の自主的な順守を期するもので、法的な規制を設けるものではない。

 このフォーラムは、国連人権理事会の作業部会がイニシアティブをとって開かれる。それは国連の他の会議とは異なり、すべての参加者が優劣なく平等の資格を有していることから、企画された会合では多様なスポンサーの視点が反映されて、ビジネスのあり方について企業の側と企業活動の影響を受ける人びとの側の双方から意見を聞くことになる。

 第5回国連「ビジネスと人権フォーラム」は、2016年11月14日から16日までの3日間開かれた。今回は、国連人権理事会で「指導原則」が全会一致で支持されてから5年目ということもあり、「指導原則」を履行するためにこれまで以上の指導性と力を発揮するよう各国政府と企業に対して期待が表明された。約2500人が集まったという。NGOなどの市民社会組織(CSO)、人権侵害被害関係者、労働団体関係者、先住民代表、その他のステークホルダー代表は、合わせて全参加者の30パーセントを占めた。一方、今回は企業関係の参加者の数が特に多く、25パーセントということであった。

 「ビジネスと人権フォーラム」で浮かび上がったグローバル化の明暗

 第5回フォーラムが開かれた2016年は、すでにその前から現れていたグローバル化の「負の影響」が特に注目された年であった。アフリカや中東、特にシリアから逃れてくる人びとのヨーロッパへの大規模移動、ヨーロッパ諸国で広がった移民・難民の受け入れ拒否、流入阻止の動き、そして排外主義、人種主義、反イスラム、ナショナリズムを唱える集団や政治家が民衆の不満に乗じて世論を扇動する事態がますます目立つようになり、いくつかの国では「極右勢力」が選挙で多くの票を集め、それぞれの国で政治的影響力を強めてきた。

 大方の予想を覆した二つの出来事が、グローバル化の「負の影響」をさらに際立たせることになった。一つは、2016年6月に行われたイギリスの国民投票。国民の不安と不満を取り込んだ主張によって欧州連合(EU)離脱(Brexit)賛成という結果になった。そして、11月のアメリカの大統領選挙。経済のグローバル化を推し進めてきた自由貿易体制を反故にし、不法移民の流入を阻止し、イスラム教徒の入国を禁止しようと国内の不満層に訴える選挙キャンペーンを展開した候補者が大統領に選ばれた。

 第5回フォーラムはこのような世界の状況に無関心でいられるはずはなかった。

 経済のグローバル化が富をもたらしてきた反面、格差の拡大、繁栄から取り残された人びとの増大など、社会の課題が深刻になったことは明らかである。企業、特に多国籍企業とよばれる大企業の影響は、一国内に留まらない。圧倒的な力を持つ企業が社会的配慮や原則に縛られずに利潤追求をするのは当然のこととする企業家、投資家や政府。しかしそれを放置すれば世界各地で、深刻な人権侵害、環境破壊、拡大する経済的格差、グローバル化の恩恵から取り残された人びとの反発など、深刻な「負の影響」が起こり続ける。

 それに対して、企業はその事業活動が社会と環境に及ぼす影響に責任を持つべきであるとするのが「企業の社会的責任」(CSR)であり、その中で特に人権に焦点を当てたものが「指導原則」なのである。

  第5回フォーラムで鳴らされた警鐘

 第5回フォーラムでは、「指導原則」をよりよく履行するための体制、サプライチェーンへの関わり、キー・パフォーマンス・インデックス、レポーティングなど、企業の取り組み、金融機関や投融資機関が「指導原則」を履行しようとする新しい流れ、政府と多国籍企業が関わる開発プロジェクトにおける人権侵害、サプライチェーンにおける人権侵害、国別行動計画(NAP)の推進、人権侵害の被害者に対する救済など、多岐にわたる課題が議論された。

 ここでは、特にグローバル化の「負の影響」に具体的に言及した二人の発言に注目したい。

 ① 企業が絡む人権侵害に関するゼイド・ラアド・アル・フセイン人権高等弁務官の発言

 第5回フォーラムでは、先進的な取り組みをしている企業の例や国内制度に「指導原則」を取り込んで、国別行動計画(NAP)の策定や国内法制度を含む体制を整備しようとする諸国の例が語られた反面、市民団体・NGOからは、いまだに企業活動の様々な局面で人権侵害が起きている事例が多く報告された。

 全体会議でゼイド・ラアド・アル・フセイン人権高等弁務官が、ホンジュラスの水力発電ダムプロジェクトに抗議する先住民の権利擁護のために働いていた活動家二人が殺された事件を取りあげ、これは企業が脅迫と暴力に関わる数多くの事件の一つの例に過ぎないと述べた。人権高等弁務官は、人権尊重責任を果たす体制を設けて積極的に事業に活かしている企業の例や金融投資業界の行動基準設定が開発プロジェクトで実際に人権尊重につながった例を挙げながら、現場での人権尊重の実現を求めた。

 ② ラギー基調講演

 「指導原則」の起草で中心的な役割を果たした、元国連事務総長特別代表ジョン・ラギー教授は、その基調講演で、グローバル化の負の側面に言及し、「社会的に持続可能なグローバル化を実現するために企業が役割を担うように」と訴えたコフィー・アナン元国連事務総長の言葉を引用した。2015年に国連が採択した「持続可能な開発のための2030年アジェンダ」は、「誰一人として置き去りにしない」をスローガンとして掲げており、ラギー教授によれば、グローバル化の負の側面に対処するためのビジョンであり行動計画であるという。そしてそこに含まれるSDGs(持続可能な開発目標)が「指導原則」と論理的にも実践的にも密接に結びついているため、SDGsへの企業の貢献は、「指導原則」に沿って企業活動全体に人権の尊重を根付かせることによって可能であり、そうすることで、社会全体、特に持続可能な開発の恩恵を必要としている人びとに計り知れないほどのよい影響をもたらすことができると述べた。

 ラギー教授は、企業の行動が世界の多くの地域で害を及ぼしている現実を指摘して、「共有価値の創造」(CSV)理論への安易な傾倒や、ビジネス戦略のレトリックで人権を尊重する責任よりも企業にとってのマテリアリティ(重要性)-ビジネスのリスク回避と機会追求-を優先するのをよしとする風潮に釘を刺した。ラギー教授は、企業に対して、グローバル化の恩恵から取り残された人びとを守るために、そして企業自身のためにも、人権尊重に本気で取り組むことを求めた。

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基調講演するジョン・ラギー教授(筆者撮影)

  おわりに

 多くの企業と国が、ビジネスと人権に関して積極的に取り組み、「指導原則」の履行についても進んでいるというのはまちがっていない。しかし、課題や困難が深刻な形で現れているグローバル化の現状が楽観を許さないものであることも、このフォーラムでの議論や報告から思い知らされた。

 


<参考>

・白石理「ジュネーブから-第5回国連『ビジネスと人権フォーラム』(11月14日-16日)に参加して」
・第5回国連「ビジネスと人権フォーラム」でのジョン・ラギー基調講演(日本語訳)以上、ヒューライツ大阪ウェブサイトの「企業と人権」記事アーカイブ掲載。
https://www.hurights.or.jp/japan/aside/business_archive/
・白石理「ポピュリスト、デマゴーグ」本誌 No.130(2016年11月発行)