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国際人権ひろば No.75(2007年09月発行号)

アジア・太平洋の窓

有害ごみの「リサイクル」と経済連携協定

関根 彩子 (せきね あやこ) GAIA(脱焼却グローバル連合)/化学物質問題市民研究会

  「日本の有害廃棄物が押し寄せるかもしれない」。フィリピンからの緊急の連絡を、日本で私たちが受けたのは2006年10月だった。日本?フィリピン間の経済連携協定で、両国がそれぞれ関税を撤廃(自由化)する品目の中に、有害な重金属を含む灰や医療廃棄物、放射性廃棄物といった有害廃棄物が掲げられていることがわかったのである。焼却灰や医療廃棄物はバーゼル条約[1]で先進国から途上国への輸出が規制されている廃棄物だ。
  経済連携協定は特定の国や地域の間で、物品や金融、人(労働者)の移動をより自由化するため、これまでの国内の規制や関税の撤廃などを取り決めたものだが、日本、フィリピン両国がこの締結のために署名をしてからまもなく一年が経つ。日本では署名から3ヶ月を経ずして締結が国会承認されたが、フィリピンでは今なお議論が続いている。なぜ、フィリピン側ではこのように問題視されているのだろうか。様々な面でフィリピンに不利な協定だという指摘がなされているが、廃棄物という側面からいえば、その理由は「有害廃棄物は日本からフィリピンへ移動するはずだから(その逆ではなく)」である。同様の廃棄物は日本 -タイ経済連携協定でも自由化項目の中に含まれている[2]
  先進国から途上国へ有害廃棄物が送られてきた歴史を少し振り返ってみたい。

■貧しい国へ向かう先進国のごみ


  70-80年代、工業化が進み、生産量や貿易量が増すにつれ、先進国が排出する有害な産業廃棄物の量は急増した。各国が国内の環境規制を強めると、先進国の産業は、廃棄物を東欧やアフリカ、太平洋諸国など規制や監視の緩い途上国へ大量に輸出・投棄するようになった。途上国への安価な投棄が横行し、高度な技術や資金を必要とする廃棄物処理設備や、有害廃棄物を発生しない生産方法への転換は先送りされた。
  途上国の間で危機感が増す中、「ココ事件[3]」など、有害廃棄物が国境を越えてさまよう事件がいくつか起こる。これらが国際世論を喚起し、先進国から途上国へ輸出することを規制しているバーゼル条約の交渉が始まったのは87年のことだ。全ての有害廃棄物の(途上国への)輸出について、例外を許さない完全な禁止を求める途上国と、禁止ではなく、規制手続きを作ろうとする先進国との攻防の末、条約は89年に採択され92年に発効する。
  しかしその後も、途上国への有害廃棄物の輸出は止まらなかった。その主な理由は、条約が「リサイクル」目的の輸出を禁じていなかったからだ。目的を「最終処分」から「リサイクル」に変えて、先進国からの有害廃棄物の輸出は続いた。抜け道を残せば、廃棄物は富める国から貧しい国へ移動してゆく。アフリカやアジア太平洋の途上国の連合(G77[4])の危機感や怒りは募り、これらの国々が中心となって第2回バーゼル条約締約国会議では、有害廃棄物の途上国への輸出を「全面禁止」することを求める決議が採択される。そして95年には、有害廃棄物のOECD(経済開発協力機構)諸国(先進国)から非OECD諸国(途上国)への輸出を全面的に禁止する修正条項(Basel BAN)が成立する。
  この全面禁止の条項は、途上国やEUを含む多くの国が批准しているが、発効に必要な加盟国の数に異論が出され、未だ発効していない。日本が、アメリカと共に、強硬にこの修正条項に反対を続けてきたことは有名で、今日もまだこの条項を批准していない。

■「リサイクル」という名のごみ輸出


  リサイクル目的の廃棄物貿易がまだ禁じられていないため、現在も様々な形で、先進国から途上国へ有害な廃棄物が輸出されつづけている。
 (1) 船
  数十年の寿命を終えた船は、主に鉄の再利用のために解撤(=解体)される。インドやバングラデシュの海岸には廃船舶が世界中から集まってくる。世界最大規模であると同時に労働環境や汚染防止の規則のきわめて緩い解撤現場である。船には、防炎のための大量のアスベストや熱交換器用のPCBが使われている。インド政府の調査は、廃船を解撤してきた労働者の16%がアスベストに起因する肺疾患に罹っていることを明らかにした。そのアスベストやPCBが輸出元に引き取られることはなく、その地に残されていく。また、旧いタンカーには可燃性の荷が多少残っていることも多い。船を切るバーナーから引火して大爆発を起こし、死傷事故が後を絶たない。

 (2) IT・家電
  中国、汕頭市の貴嶼には、高値で売れる金属などの回収を目的として、コンピューターやテレビなどの電子電気機器廃棄物(E-waste)が先進国を含む各地から集まってくる[5]。汚染防止の施設や防護マニュアルもなく、現場は塩素系化合物や、重金属で汚染され、そこに暮らす子どもの血中の鉛濃度も極めて高い[6]。設備の安全対策に費用を掛けず、労働者が安全や衛生などの訓練を受けていないところほど、人体へのリスクが高くなる傾向が指摘されている[7]が、その典型的な例だ。
  日本でリサイクルすることが法律(家電リサイクル法)で定められているテレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコンも、廃棄された後、700万台以上が中古品として、アジアを中心とした途上国に流出している(環境省・経済産業省調査)[8]。中古品は、バーゼル条約の規制を全く受けないが、中には廃棄物同然のケースも少なくない。(日本の)環境省によれば、「(略)我が国から中古使用目的で香港へ輸出された使用済ブラウン管TV等であっても、香港政府によってバーゼル条約上の有害廃棄物と判断されるおそれがあります。また、それらが我が国へシップバックされる事案が最近多数発生しています[9]」という。

■自由貿易時代のごみ輸出と「国際資源循環」


  「健康を害するような汚染は、最もコストの低い国、すなわち最も人件費の低い国にもっていくべきだ。最貧国へ有害廃棄物を投棄するなら、その経済論理には、非の打ちどころがない」。91年、世界銀行の主席エコノミストだったローレンス・サマーズはその内部メモ[10]でこう記した。この内部メモが流出し世銀のモラルが激しく問われたのだが、同時に当時の国際社会は、廃棄物を自由市場に任せたら貧しい国を直撃することを改めて認識し、適切な障壁(バーゼル条約)の重要性を確認したはずだった。
  リサイクル時代を迎え、有害廃棄物は「リサイクル資源」と名を変えた。そして「国際資源循環」の名の下に、コストが低く環境規制の緩い途上国で先進国の廃棄物からの資源回収が現実に行われている。経済連携協定の枠組みの下に、有害廃棄物を自由市場にのせてリサイクルしようとする最近の動きは、富める国から貧しい国へ汚染を押しつけるのをやめようとする国際社会の努力を後退させる危険を孕んでいる。
  今日、市場の自由化が声高に優先される時代であるからこそ、先進国の負の遺産を途上国に押しつけないために、有害廃棄物に確固とした貿易障壁が必要である。言い換えれば、先進国から途上国への有害廃棄物輸出を全面的に禁止する修正条項(Basel BAN)の一刻も早い発効が待たれているのだ。

■もう一つの道


  日本政府は、修正条項を批准しない理由を「環境保全の観点から適切な再生利用のための輸出を行うことが制限される」[11]と説明する。しかし、環境保全の観点からするならば、環境を破壊している輸出をまず止めることだ(下線は筆者による)。
  有害廃棄物を途上国に送らずに自国内で処理することに、日本はもっと真剣に取り組まなければならない。バーゼル条約の理念ともつながるのだが、国内で排出したものの処理を国内で処理するのだというところから考え始めたときに、「有害廃棄物の発生を最小限に」し、「より環境負荷のない生産や、資源の利用方法」を社会が選び取る第一歩が始まる。それは途上国だけでなく、将来の世代に、負荷を押しつけない道でもある。
  生産し、販売した者の責任や、使って捨てる者の責任はどのような形で果たされるべきなのか? また将来の生産や消費行動はどのように改められるべきなのか? 「使った後は人件費の安い国へ送ろう」という前に、私たちはこれらの問いにまず答えなければならないのだ。

__________
1. 有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約(1989年採択、92年発効)
2. 協定締結に当たっては、やはりタイ側に懸念の声が上がり、タイ外務大臣から日本へ、両国がバーゼル条約の下に有する権利と義務について念を押す趣旨の書簡が送られている。
3. ナイジェリアのココ港にPCBの廃油などを含む有害廃棄物が違法に投棄され、告発されたイタリアの業者がそれを引き取り、別の上陸場所を探して南の島嶼国の間をさまようことになった。
4. 途上国77カ国の連合。当時の先進国首脳会議G7に対抗する意味も込めて、G77と名乗った。
5. Basel Action Network "Exporting Harm" 2002
6. Xia Huo etal, Elevated Blood Lead Levels of Children in Guiyu, an Electronic Waste Recycling Town in China, 2006
7. Environment Canada Screening Level Human Health And Ecological Risk Assessment For Generic E-Waste Processing Facility, 2006
8. 産業構造審議会環境部会リサイクル小委員会電子電気機器リサイクルワーキンググループ資料
9. 経済産業省、環境省「香港向け使用済ブラウン管TV及びCRT モニターの輸出について(お知らせ)」平成19年6月7日
10. http://www.mindfully.org/WTO/Summers-Memo-World12dec91.htm
11. 内閣総理大臣安倍晋三「衆議院議員保坂展人君提出日本・フィリピン経済連携協定等に関する質問に対する答弁書」2007年7月10日