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国際人権ひろば No.74(2007年07月発行号)

肌で感じたアジア・太平洋

ソロモン諸島沖地震~地震・津波被害と復興に向けて

伊藤 健治 (いとう けんじ) (特活)エーピーエスディ(APSD) 代表理事

  4月2日早朝、ソロモン諸島沖でのM8.1クラスの大型地震の発生、および津波による被害がメディアを通じ日本で報じられた。
津波の被害は、震源から広範にわたり発生。但し、島諸国であることから被害は散発していた。遡上高(津波の高さ)は局所的に9メートルほどに達した。

  ソロモン諸島、または周辺の島嶼国をご存知の方は直にイメージされるかと思うが、まず大地震と聞いて現地の被災状況で頭によぎるのは、揺れそのものによる建物やインフラの崩壊より、海抜に程近い海岸沿いに素朴な家屋で生活する人々を直接襲う津波による被害である。これまでの死者・行方不明52名、被災によって家屋を失い避難生活をおくる人の数約5000名、実際、その大半は津波による被害であった。先のスマトラ沖地震による20数万名の死者・行方不明者数と大きな差はあるものの、人口約50万人の同国においては未曾有の大震災であった。
 

■ ソロモン諸島について


  ソロモン諸島の名前を聞くより、第二次大戦の凄惨な舞台としてのガダルカナル島の名に聞き覚えのある方も多いのではないだろうか。パプアニューギニアの東南に位置するこの国は、6つの大きな島と1000以上にも及ぶ無数の小島から成る島嶼国である(面積:2万9,785平方キロメートル 四国の約1.6倍の大きさ)。 1500年代半ば、この国を発見したスペイン人メンダナはソロモン王の秘宝が隠された島を想像してこの国名が付いたほど、美しい海と熱帯雨林を有し、まず訪れる者を魅了する。
  私たちAPSD(Asia Pacific Sustainable Development)は、日本の団体としては唯一ソロモン諸島に拠点を構え活動するNGOである。有機農業を通じた人材育成の訓練校を運営し、地域開発の支援を行っている。2000年を前後して同国で起こった民族紛争の復興支援をきっかけに設立された比較的若い団体ではあるが、ソロモン諸島で活動したこれまでの7年間に紛争、暴動そして今回の自然災害を経験することとなった。
  現地には2名の日本人駐在員と現地スタッフ約10名がセンター運営に当たっている。不幸中の幸いで、我々のセンターに被害はなかったが、私は地震発生の一報を受けて、安否確認後すぐにソロモン諸島へ向かった。
 

■ 都市災害と異なる震災の理解


  ソロモンの地震が報じられた直後、日本事務所ではメディアによる沢山の取材を受けたが、一様にソロモンの情報が日本で入手できず困って我々にたどり着いた様子だった。報道は現地の被災状況を伝えるのはもとより、後の緊急援助の材料にも繋がる。的確な情報発信を心がけたが、都市災害とは異なるソロモン諸島での被災と支援を伝えるには、生活様式や社会情勢にまで言及する必要があり事情を汲めず難しいようだった。
  先進国に住む私達は大地震と聞くとビルの倒壊や火災、ライフラインの崩壊など都市型災害を連想するが、ソロモン諸島での事情は異なる。人口の約80パーセントの人々は自給自足の暮らしを営んでいる。電気やガス、水道も都市部の一部を除き殆んど整備されておらず、木造の家屋に椰子の葉を葺いた高床式住居。津波の被害は甚大であったが、家屋の下敷きになったり、伴う火災や交通事故などの都市型の被害報告は皆無であった。逆に心配されるのが地震による土地の隆起や沈降によって、これまで沸いていた井戸水が干上がったり、土砂崩れなどにより農地を失うなどの生活環境の変化である。家はまた建てればよいが、農地や飲料水の確保は死活問題となる。援助物資が配布されるうちは良いが、主食である芋を植えることが出来ない現状の避難生活では、3ヵ月後からの生活が本当の意味で厳しいものになることが予想される。

ギゾ島マイル6キャンプ(避難所) (筆者提供)
ギゾ島マイル6キャンプ(避難所) (筆者提供)

被災した人々の多くは、今も津波を恐れて高台に非難しキャンプ生活を余儀なくされている。キャンプといってもビニールシートを張り巡らせた簡単なもので、雨露をしのぐだけでしかない。私も彼らのキャンプに寄せてもらったが、厳しい生活の中でも悲壮感が無い。もともと南国の明るく穏やかな気質を持つ人々だが、この難局でも自然に根ざした生活を送ってきた彼らだからこそのたくましさを感じるのだろう。幸いだったのは震源のウエスタン州はソロモンの地方都市では唯一長距離の滑走路が整備された空港があり、現在はここを拠点に援助物資が順次届けられている。
  他方、伝統を重んじる人々の暮らしは物資や金銭だけで解決できない問題も根が深い。ソロモン諸島は、今回のような地震被害は稀にしても、大規模なサイクロンなどの被害を受けることがこれまでにもあった。過去から習い被災後の人々の動態を検証しても、元の状態に家を建て直し、生活機能を戻すことだけが復興とはゆかない。小さな国ながら100を越す固有の言語を有し、慣習的土地支配の基、親族集団相互が伝統を敬う人々の暮らしは、互いの助け合いと支え合いの暮らしでもある。環境変化や津波のトラウマなどによる心理的な作用から、旧来根ざした土地を離れたり、親族集団構成の分散が起こることも考えられる。いずれにせよ新たな生活を決断しながら復興に向き合うこととなるが、物資の供与や技術支援だけでなく、中長期的な視野を持って、自給自足の生活に根ざした暮らしと、村落単位のコミュニティ復興を併せて考えることが大切になってくる。
 

■ 復興に向けての動き


  最後に私達の支援活動について少し触れたい。APSDでは震災直後に「ソロモン諸島復興支援会」という震災支援に向けた時限付の中間組織を設置し義捐金の受付を始めた。これは、ソロモン諸島という小国で起きた大事を日本に少なからず居るソロモンの関係者と共に支援に向き合う目的からで、NGOや組織の枠を超えて「オールジャパン」の取り組みとすることで、震災を風化させず、また、紛争以来分断した日本-ソロモンのコミュニティの再興に繋げたい願いからである。現地では青年海外協力隊や在留邦人などのネットワークと連携し直接被災者に届く支援を心がけている。
  主な活動としては「認定NPO法人日本救援衣料センター」の協力によって供与を受けた夏物衣料をソロモンに送り被災地に届けるほか、一部をチャリティに充て中長期支援活動に向ける予定である。また、この6月末には在日ソロモン人の岡本エビトアさんがソロモンに赴き、防災に対する啓蒙活動を行う。と言うのも、今回の地震では被災者の多くが地震=津波のメカニズムが理解できておらず非難が遅れ被害が広がった。また、未だに続く余震は情報の不足から「悪魔の仕業」といった噂がいたずらに広まり避難民の不安を煽っていることもある。エビトアさんは被災地の出身で日本暮らしが長いが、自ら申し出て被災地各地を廻り啓蒙活動を行ってくれることとなった。手弁当の草の根活動だが、現地語で彼女が分かりやすく被災民に説明してくれることは今後の防災教育やメンタルケアの意味でも大変有効な活動になると思う。

ギゾ島のティティアナ村 被災地の子ども (筆者提供)
ギゾ島のティティアナ村 被災地の子ども (筆者提供)

  NGOとしてのAPSDの活動は、今回の震災を受けてこれまで未着手だったウエスタン州での農業開発に着手することが決まった。ODAを活用し震災の中心にある教会系の学校用地、最大400ヘクタールを農地として利用し、安定的な食糧供給の基盤整備と同時に学生に対し有機農業技術の普及に当たる計画である。
  歴史的、地理的にも日本との関わりの薄くないソロモン諸島。早く元の活力を取り戻してくれる事を願いたい。

※連絡・問合せ先
  特定非営利活動法人 エーピーエスディ(APSD)
  神奈川県相模原市相模大野6-7-9 SAN-EI STUDIO 6B
  TEL:042-702-3676 (HP震災情報更新中)


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