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国際人権ひろば No.72(2007年03月発行号)

特集アジアにおける人権保障システム整備の動向 Part1

アジアにおける人権保障システム整備の動向

山崎 公士 (やまざき こうし) 新潟大学法科大学院教授

■人権救済制度の確立と国内人権機関


  人権侵害・差別は、その行為者が国家権力であれ私人であれ、共生社会のルールからの逸脱である。こうした社会悪は法律によって規律されなければならない。
  人権侵害・差別行為を規律し、その悪影響を受けた者を実効的に救済するため、諸国は紆余曲折を経ながらも、勇気をもって、人権救済システムを確立してきた。諸国は人権救済システムを整備するさいに、(1)社会的弱者を実質的に保護し、社会正義を実現すること、(2)人権侵害・差別を受けた者が安価で、簡単かつ迅速に救済を受けられること、(3)救済システムは、国家機関、国内人権機関、NGOなどの協働関係の中で、当事者本人やこれを支援する者の視点を尊重する当事者参加型で運用すること、に留意してきた。
  こうした人権救済システムをうまく機能させるため、諸国は政府から独立した国内人権機関を設置し、これに(1)人権侵害・差別からの救済、(2)政府・議会に対する人権政策の提言機能、(3)人権教育・広報活動の機能を与えた。同時に、諸国では人権法や差別禁止法も制定し、禁じられる人権侵害や差別行為を明確にしてきた。
  いまや世界の100か国程度で、何らかの国内人権機関が設置されている。国内人権機関には複数の委員からなる委員会型(韓国の国家人権委員会、オーストラリアの人権・機会均等委員会など)と一人で活動する型(スウェーデンの国会オンブズマンなど)がある。アジア・太平洋地域では、上記のほかフィリピン・タイ・インド・インドネシア・ニュージーランド・パレスチナなど17の国・地域で既に国内人権機関が設置され、活動している。しかし、日本ではまだ設置されていない。

■国内人権機関に関する国連・パリ原則


  1993年12月に国連総会は「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」を採択し、国内人権機関(以下「機関」)のあるべき姿を示した。機関の機能としては、(1)人権法制・状況に関する政府・議会への提言、(2)人権諸条約の批准や国内実施の促進、(3)人権諸条約で締約国が提出を義務づけられている国家報告書への意見表明、(4)国連人権関係機関などとの協力、(5)人権教育・研究プログラムの作成支援、(6)人権・差別撤廃の宣伝、などを例示する。これらの機能を実施するため、機関の構成員は社会の多元性を反映するよう選出し、その任期は明確に定め、独立した財源をもつものとするなど、機関の独立性の確保策も示されている。
  また機関の活動としては、(1)苦情申立の検討、(2)意見の聴取、情報・文書の取得、(3)意見や勧告の公表、(4)人権の促進と保護に責任をもつ司法機関などとの協議、(5)人権NGOとの連携、などを掲げている。
  機関は司法機関ではない。しかし、パリ原則は、機関が(1)調停を通じての友好的解決、(2)救済手段に関する申立者への情報提供、(3)法律の制限内での申立の聴聞、他機関への移送、(4)法律、規則、行政慣行の改正・改革の提案、などの準司法的権限を機関はもち得ることも示している。

■旧・人権擁護法案


  前述のように、日本では未だ国内人権機関は設置されていない。しかし、設置に向けた動きはある。
  内閣は2003年3月に人権擁護法案を国会に提出した。同法案は、2002年5月の人権擁護推進審議会による人権救済答申をふまえたもので、7章88条からなっていた。法案の目的は、「人権の侵害により発生し、又は発生するおそれのある被害」(人権侵害被害)の「適正かつ迅速な救済又はその実効的な予防」と人権尊重の理念を啓発し、人権擁護施策を総合的に推進し、「人権が尊重される社会の実現に寄与」すること(第1条)とされていた。このため、法案は第1に人権侵害を一般的に禁止し、第2に新たな人権救済機関である「人権委員会」の組織体制を定め、第3に人権委員会の救済手続などを規定していた。法案の名称は「人権擁護法」であったが、その内容は主に、新たな人権救済機関としての「人権委員会」の組織体制と人権救済手続を定める「人権委員会設置法」であった。
  しかし、同法案は、メディア規制的な規定が盛り込まれている、法務省の下に設置されるため独立性がない等々の批判を浴びた。こうした批判の影響もあり、法案は実質審議されることなく、数回の継続審議を経て、2003年10月の衆議院解散で自動廃案となった。2004 年末に同法案を翌年の通常国会に一部修正のうえ再提出する方針が政府・与党で固められたが、再提出はなされなかった。
  こうしたなか、2005年3月10日の自民党の法務部会・人権問題等調査会合同会議では、(1)法案における人権侵害の定義はあいまいで、憲法が保障する表現の自由などに反する、(2)人権委員会の下で人権救済活動にあたる「人権擁護委員」の選考過程が不透明で、国籍条項も撤廃されるのは問題だなどの強い意見が出され、法案の国会上程を党内決定できない状況となり、小泉内閣は結局同法案を再度国会に提出することはなかった。
  2006年9月に発足した安倍内閣の法案への対応が注目されたが、2007年1月31日の参議院本会議で安倍首相は、「まずは(これまでの)議論を一つ一つしっかりと吟味しながら、慎重の上にも慎重な検討を行うことが肝要」と答え、法案提出に難色を示した。したがって、当面の間、法案が国会上程される見通しはない。

■条例による人権救済機関の創設


  全国規模の国内人権機関は実現していないが、自治体が条例によって人権救済機関を設置しようとする試みがなされている。

 1. 鳥取県人権救済条例の成立と施行停止
  2002年6月、片山鳥取県知事は地方における人権救済制度の必要性を表明し、その後の県議会での審議を経て2005年10月に「鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例」が県議会で可決された。同条例は全般的な人権救済に関する全国で初めての条例で、注目された。主な内容は、(1)人種等を理由とする差別的取扱いや言動等を禁止し、(2)5人の委員からなる人権救済推進委員会を設置し、(3)委員会は県民の相談に応じ、また人権侵害を救済する必要があると認めるときは、関係者に対する助言・援助、人権侵害行為者に対する説示・指導等を行う等の活動を予定するものであった。
  しかし、同条例の成立前に、鳥取県弁護士会長などから、(1)条例の予定する人権救済は適正な手続の保障に欠ける、(2)人権を擁護するはずの本条例案が却って国民の基本的人権を著しく制約する結果をもたらす懸念を払拭できない、(3)行政権力による人権侵害に対する救済規定が極めて不十分である、?委員会の独立性の保障が極めて不十分である、などの批判がなされていた。
  こうした批判を反映して、2006年3月に「鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例等の停止に関する条例」が採択され、2006年6月より予定されていた同条例の施行が停止された。なお、同条例の見直しを検討することも議会で決まり、条例の検討過程の透明性、公平性を確保しながら見直しに要する期間は必要最小限とし、速やかに実効性のある条例を施行することとされた。
  2006年5月から「人権救済条例見直し検討委員会」が条例見直し作業を行っており、同年末までに同委員会が8回開催されている。

 2. 千葉県障害者差別撤廃条例の成立
  2006年10月11日の千葉県議会の本会議で,「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」が全会一致で可決された。同条例は、労働、教育など8分野で、「合理的な理由なく、障害を理由に採用を拒否する」などと差別を具体的に定義し、虐待と併せて禁止している。また救済手続として、県の委嘱を受けた500人程の「地域相談員」が当事者間の仲裁にあたることとした。解決できない場合には、知事が障害者側の申立を受け、障害者や福祉、法律の専門家ら20人以内で構成される第三者機関である「調整委員会」に助言・あっせんを行わせることとされている。正当な理由なくこれに従わない場合には、知事に是正勧告の権限が与えられた。しかし、条例は地域ぐるみで障害者への理解を深めるのが趣旨であり、罰則は予定されていない。

■結びにかえて


  日本では、一部の自治体で人権救済機関が条例で整備されつつある。しかし、法律を設置根拠とする全国的な国内人権機関はまだ設置されていない。
  旧・人権擁護法案は、差別や虐待など人権侵害された者を簡易、迅速に、無料で、実効的に救済するため、「人権委員会」を設置することを目的とするものであった。こうした国内人権機関は人権侵害された者を実効的に救済し、社会正義を実現するためにも、不可欠な公的機関である。しかし、法案をめぐる2004年末から2005年春にかけての一部政治家や論者による論調は、明らかに本筋から逸れたものであった。こうした論調は未だ完全には克服されていない。
  新たな人権救済制度の確立と国内人権機関の設置に向けて、冷静かつ建設的な議論を進めるため、7つの視点を示して結びにかえたい。
  1. 新しい国内人権機関として「人権委員会」を設置するため、何らかの人権救済法を早急に制定する必要がある。
  2. 人権委員会は国連・パリ原則に準拠したものが望ましい。機能としては、人権相談・救済、人権政策提言、人権教育の三機能を併せ持つものが望ましい。
  3. こうした観点からすると、旧・人権擁護法案には大きな欠陥がある。
  4. 第一に、「人権」規定を精密化し、人権委員会の裁量の余地を必要以上に広げないようにすべきである。
  5. 第二に、人権委員会を法務省に設置すると、公権力人権侵害事案を適切に救済できない。法務省でなく、内閣府の下に置くのが望ましい。
  6. 第三に、メディアによる人権侵害を特別救済手続の対象とする規定は「凍結」でなく、「削除」すべきである。
  7. 第四に、人権擁護委員に国籍条項を設け、外国籍者を排除する動きは、共生社会づくりの観点から、妥当でない。