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国際人権ひろば No.72(2007年03月発行号)

アジア・太平洋の窓【Part2】

「忘れられた難民」-タイにおけるミャンマー難民の現状-

中原 亜紀 (なかはら あき) シャンティ国際ボランティア会ミャンマー難民支援事務所長

■「忘れられた難民」-タイのミャンマー難民


  「忘れられた難民」と言われるミャンマー難民、彼らは1984年以降に祖国ミャンマーからタイ側に逃れてきた。ミャンマーは多民族国家として知られおり、カレン、シャン、モンといった少数民族が多く存在する。彼らは政府に自治権を求めてきたが認められず、武力紛争へと突入した。この紛争やまた少数民族に対する人権弾圧や強制労働などからタイに逃れてきた難民、2007年1月時点で約15万人となっている。現在、2000キロに及ぶタイ・ミャンマー国境に9箇所の難民キャンプが点在する。安全、そして真の自由と平和が保障されれば、難民の多くが祖国への帰還を望んでいるが、残念ながら帰還の目処はまだ立っていない。それどころか、今なおタイに逃れてきている人たちがいる。
  難民キャンプ内の運営は難民によって選出されたキャンプ委員会が自主的に行っている。キャンプ委員会には食糧配給、保健、教育などの小委員会があり援助の受け皿となっている。キャンプはタイ内務省、県庁、郡庁、森林庁といった行政組織とタイ陸軍の監督下にある。またUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が難民保護を担当している。そしてNGOは衣食住から保健・医療、学校教育に至るまでの援助活動を実施している。現在、タイ内務省に公認され難民キャンプで活動するNGOは全部で17団体。そのうち欧米系は12団体。ちなみに日本のNGOはSVAのみ。

■SVAの難民支援活動-難民キャンプでの図書館事業


  難民キャンプ支援では、SVAは2000年9月よりカレン民族が主に居住するキャンプにて図書館事業を開始し、これまでに7箇所のキャンプにて25館の図書館建設・開館を行った。各図書館2名の図書館員を雇用し、絵本に関する知識や読み聞かせの手法、折り紙やゲームといった文化活動について研修を実施してきている。図書については、難民キャンプ内での主な使用言語であるカレン語と帰還後の共通語であるビルマ語の2言語による本を配布している。児童書については、図書館スタッフがタイ・日本から購入した絵本をカレン語、ビルマ語への翻訳を行い、テキストを貼り付けたうえで配布している。またカレン語の出版物が皆無に等しいことから、絵本出版の活動も行っている。
  図書館で月に一度実施している高齢者活動で、カレンの民話や詩を記録・収集しており、それらを出版してカレン文化の保存・継承につなげていっている。
  図書館で柱となる活動は読み聞かせであるが、その他にお絵描き、工作、折り紙、ゲームなどの文化活動、伝統舞踊・楽器教室、子どもの日や母の日のイベント、人形劇の公演などを実施している。
  キャンプ内には娯楽がほとんどなく、またキャンプの外に出ることが許されていない難民にとって図書館は喜びを得られ、外の世界を知ることのできる必要不可欠な場所である。そして全ての難民に開かれた一生涯教育の場所ともなってきている。

■新たな動き-第三国定住活動の開始


  2005年の6月以降から難民の第三国定住活動が開始された。ミャンマー国内の状況が一向に好転しないこと、また20年近い難民キャンプの現状を解決する策として定住プログラムが浮上したことは当たり前のこととも思える。しかしこのことが難民解決の全てではない。実際に第三国への定住を望んでいる難民の数は全体の2割ほどでしかなく、残りはミャンマーに帰還することを望み、難民キャンプに滞在し続ける。
  ただ定住を希望している難民の中には、キャンプ委員会のメンバーや教員、医師などNGOsのスタッフとして活躍している人たちがいる。むしろ、そういう人たちの方が多いと言えるかもしれない。その背景には「教養がある人」「語学に堪能な人」「技能を身に付けている人」などが選ばれるらしいという噂が立っていることも少なからず関係している。 UNHCRや受入れ国からは特定の人だけを選ぶようなことはない、きちんとした審査を通じて決定していくということだが、難民の中には希望していても自分には資格がないと思い込んでいる人たちもいる。中には第三国にいくと、働かなくてもお金がもらえ、楽な生活が待っているらしい、とこれも全くの嘘なのだが様々な噂が広がっている状況に混乱している難民の人たちがいる。受入れ国を初めとして受け入れ国やNGOs間でもっと情報交換を行い、第三国定住に関する正しい情報、受入れ国のプログラムなどを難民にきちんと伝えていくことが重要だ。
  SVAのスタッフとして働いている図書館員も、これまでに10名ほどが第三国へと定住して行った。2007年にはアメリカが受け入れ枠を拡大し、10名以上の図書館員がアメリカへの定住の希望を表明している。定住する図書館員に代わり新たな図書館員を探さなければならないが、定住へのムードが高まる中、新たな人材を発掘することが厳しい。第三国に定住することになるかもしれないので、今は仕事をせずに様子を伺おうという人が多くなっている、と図書館の運営母体である図書館委員会のあるメンバーは言う。確かに雇ってすぐに辞められるようなことは困るが、図書館員が見つからないでは図書館活動そのものに支障をきたすことになる。他のNGOsも同様な問題を抱えており、今後のキャンプ内での活動、そしてキャンプ運営などについて懸念されている。
  第三国定住は子どもたちにとってはとても大きなチャンスだ。更に高い教育を受け、仕事に就き、自立へと繋がっていく。そして何より人間としての自由と権利を得ることが出来る。第三国定住を希望する難民にその理由を尋ねると、ほとんどの難民がこう答える。一方で「きっと自分はもうカレン人ではなくなってしまうだろう。そして近い将来、カレンという民族も、文化も、そして自分たちの国も失われていってしまうのだろう。」と第三国定住を決断することは自分のアイデンティティーを捨てるということだ、第三国定住を希望しない難民の中にはこう答える人もいる。どちらの思いも痛いほどよく分かる。難民キャンプで生活している限り、夢も希望も無い。努力しても報われないということはあるが、努力することが許されない。自分の人生を自分で切り開く機会すら与えられない。もし自分だったら...目の前のチャンスを掴むだろうか、でもそのチャンスを掴むことによって日本人である自分を捨てなければならないとしたら...他に選択肢はないのか? そんなことを考えてしまう。だが他に選択肢はない。これが「難民」であることの現実なのだ。
  ミャンマー難民の未来はどうなっていくのだろうか。ミャンマー国内の政治問題が解決されない限り、彼は永遠に難民という境遇を背負い続けなければならない。図書館事業によって難民問題が解決されることはないが、私たち同様、今を生きているミャンマー難民に人として生まれてきたことに可能な限りの喜びや幸せを感じてほしい。そのためにも図書館活動を継続していければと強く願っている。