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国際人権ひろば No.70(2006年11月発行号)

特集・持続可能な開発と人権-東南アジアの現実から考える

Part1 サルウィン川ダム~未来を奪う電源開発

秋元 由紀 (あきもと ゆき) 米国弁護士

  チベット高原から中国、ビルマ(ミャンマー)、タイを通りアンダマン海までを流れるサルウィン川(全長約2,800キロ)は流れが速く、中国では「怒江」と呼ばれる。まだダムはないこのサルウィン川に、ビルマの軍事政権とタイのタイ発電公社(EGAT)とが共同して4か所で大型水力発電ダムを建てる合意をした。生産される電力の大部分はタイに輸出され、ビルマに収入が入る予定だ。大型ダム建設による様々な環境問題も懸念されるが、これまでビルマで行われてきた開発事業の多くでは、警備に当たるビルマ軍部隊が周辺住民に強制労働をさせ、食糧・物資の略奪や強かんなどの人権侵害を起こすという問題が起きている。サルウィン川の各建設予定地でも軍の増強が始まっており、このまま開発が続けば同様の事態が発生する可能性が大きい。[1]

■背景~多民族国家ビルマ


  ビルマは多民族国家で、人口の約6割が多数派のビルマ民族、約4割がビルマ民族以外の諸民族だ。非ビルマ民族の一部は自治を求めて武装し軍政に抵抗している。このため非ビルマ民族の住む地域で大型開発事業が行われる場合には、建設地域を支配下に置くため「警備」を名目に大量の国軍部隊が投入され、住民を支配しやすい場所に移住させた上、これらの部隊が必要とする労働力や物資などの多くを地域住民が負担するというシステムが定着している。
  たとえば1990年代に、カレンという非ビルマ民族が多く住むビルマ南部で天然ガス輸送パイプラインが建設された際、警備のために展開したビルマ軍がカレン人住民を強制的に移住させ、駐屯地の整備や物資運搬などの強制労働をさせた。住民に対する強かん、拷問、殺人もあった。また、日本が戦後賠償でビルマ東部に建設したバルーチャウン第二発電所周辺では、建設後35年以上たった今日でも、カレンニー人住民が発電所を警備する部隊のために日常的に強制労働をさせられ、発電所周辺に埋められた地雷を踏んで死傷している。
  今回ダムが計画されているサルウィン川上の4か所(上流からタサン、ウェイジー、ダグウィン、ハッジー)はどれも、シャン、カレン、カレンニーなどの非ビルマ民族が多く住み、ビルマ軍政と武装民族勢力の支配地域が入り組んでいるところにある。ビルマ軍は武装勢力を攻撃すると同時に、民間人に対しても村を焼き払ったり、略奪、強かん、殺人、強制移住などを行っており、大量の難民や国内避難民が出ている。 開発が進めば建設現場の警備のために地域内のビルマ軍部隊が今以上に増強されることは確実だ。住民はダム建設によって家や農地などの生活基盤を失うだけでなく、ビルマ軍によって強制労働をさせられ、略奪、強かんなどの侵害行為を受け、一帯からはさらに多くの難民や国内避難民が出ることが懸念される。そして侵害行為は建設中だけでなく、完成後も警備部隊がいる限り続くことになる。

■最優先で開発予定~ハッジー


  ビルマとEGATとは2005年末、4か所のうち最下流にあるハッジーを最優先で開発することで合意した。2006年6月、三峡ダムを建設したことで知られる中国最大級の水力発電所建設会社シノハイドロがハッジーダム開発事業に出資し、設計や建設にも主要な参画者として関与する合意をEGATと結んだ。
  ハッジーダムの建設総額は10億ドルとされ、予定通り完成すればサルウィン川上初のダムとなる。現地で活動する環境保護団体によれば約8万人の住民が移住を余儀なくされる恐れがあるが、影響を受ける住民への説明などは行われていない。それどころか2006年9月にはEGAT幹部が「ビルマへの内政干渉を避けるため」に同ダム建設を社会・環境影響調査を行わずに進める意向を示してさえいる。
  ハッジーはビルマのカレン州南部にある。周辺にはビルマ軍政、軍政寄りのカレン人武装勢力、そして反軍政のカレン人武装勢力が展開しているため、開発は不安定な状況の中で進められている。周辺には既にビルマ軍が部隊を展開しているが安全が確保されたわけではなく、2006年5月には建設現場近くでEGAT職員が地雷で負傷し数日後に死亡するという事件が起きた。またビルマ軍は建設予定地を確保するために周辺住民を強制的に立ち退かせる作業を始め、住民が戻らないように地雷を設置している。作業が始まってから建設現場近くのサルウィン川に検問所が設置され、止まらない船は銃撃されるという通達が出ている。

■ビルマ東部の惨状とダム計画


  4か所のうちウェイジーとダグウィンはタイ・ビルマ 国境上にある(ダムの高さはそれぞれ168メートル、49メートルを予定)。ビルマ側ではウェイジーの近くに数百人のビルマ軍兵士が駐在し、2005年末にビルマ軍の監督の下、最寄の町からウェイジーまでの道路建設が始まった。2006年3月下旬の時点で、この道路建設のために強制労働をさせられたカレン人住民500人以上がこの地域から逃げ出している。
  ここで強制労働の持つ二重の被害について指摘しておきたい。強制労働を命じられた住民は、労働の期間中必要となる食料や水はもちろんのこと、作業に必要な道具や、竹や木などの材料、水牛や牛車なども自腹で持参させられる。強制労働をしている間は自分の畑が耕せないなど、生活や生存に必要な作業ができない。収穫時に収穫作業ができず作物が台無しになるといったことも起きる。強制労働が原因で逃げ出す背景には、強制労働自体が負担であるということに加え、強制労働のせいで生活が維持できなくなるという事情があるのだ。
  ウェイジーとダグウィンとがあるカレン州北部・カレンニー州南部では、ごく単純化するとビルマ軍が西の平野部 、反軍政のカレン・カレンニー武装勢力が東の山間部を主な支配地域としている。ビルマ軍は毎年、乾季(一般に11月から4月)になると東に攻め入り、民間人に対して殺人、拷問、村や農作物の焼き討ちなどの攻撃をしかける。住民を管理しやすい場所に移動させて支配地域を拡大し、反政府武装勢力への支援網を断ち切るのが主な目的だ。
  サルウィン川共同開発の合意が結ばれたのは2005年5月。同年11月、例年通り乾季の開始と同時に始まった攻撃は1997年以来最大規模で、人権団体などによれば2006年10月までになんと20万人以上もの民間人(主にカレン人)が家を追われた。このような国内避難民はビルマ軍の追跡を逃れ、屋根も食糧もないままジャングルの中で生き延びている。今年もまもなく乾季が始まるが、ビルマ軍の攻撃も再開するだろう。
  ビルマ軍が東進を続けるとカレン州の東端に流れるサルウィン川に行き着くことに注目したい。タイとの共同水力開発を進め、電力を輸出して収入を得たいビルマ軍政にとって、開発地周辺を完全に支配下に置き「安心して」作業を進められるようにすることは火急の課題にちがいない。軍政の軍事戦略にはダム開発も組み込まれていると考えるのは自然だろう。

■タサンでも警備が強化中


  4か所のうち最上流にあるタサンはビルマ・シャン州南部にある。1990年代末に日本の電源開発株式会社が施工可能性調査を行い、最近では2006年6月にタイの民間企業MDXがビルマ軍政と共同開発する合意をした。予定されるダムの高さは228メートルで、この通り完成すれば東南アジア最大のダムとなる。タサン周辺にも建設予定地を警備するビルマ軍部隊が展開し、2005年2月には森で落ち葉を集めていたシャン人住民4人が警備担当部隊の兵士に射殺された。同年9月には住民3人が警備担当部隊に案内人として使われた後に殺されるなどの事件が起きている。
  タイはサルウィン川水力開発によってタイ国民に安価な電力を供給することができると主張している。しかし上述のように、まだ本格的な建設作業が始まっていない今でさえビルマ軍部隊が増強され、住民への影響が出ている。このまま進めば、サルウィン川の水力開発は強制移住、強制労働、土地の無償接収など、建設地周辺住民の大きな犠牲の上に成り立つことになる。この犠牲を計算に入れると、生産される電力は決して安いことにはならない。(メコン・ウォッチ)

1 ビルマの開発問題については、メコンウォッチのホームページを参照。