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国際人権ひろば No.68(2006年07月発行号)

肌で感じたアジア・太平洋

2005年パキスタン大地震への対応~避難民のプロテクション(保護)の視点を中心に

石川 えり (いしかわ えり) 特定非営利活動法人 難民支援協会 渉外担当

■ はじめに


 2005年10月8日に起きたパキスタン北西部大地震においては震源地に近いムザファラバードに限っても死者約6万人、全半壊を合わせると14万軒に近い家屋が損傷するという深刻な災害となった。
 日本のNGOは震災直後より多方面での活動を展開したが、本格的な冬の到来に備えて越冬を支援するため、複数のNGOがムザファラバード郊外のタンダリにキャンプを設置し、政府、国連機関等関係者と連携をしながら被災民キャンプ(通称:キャンプ・ジャパン)を運営してきた。
 入所者が満員に達し、現地スタッフの雇用も一段落した段階で、とりわけ、受益者に最前線で接するキャンプ運営に従事する現地スタッフを中心に、プロテクション(受益者の権利が国際的に確立されている条約及び基準にのっとって保護されるよう確保する活動を指すこととする。)を実施するためのトレーニングが必要とされていた。
 さらに、被災者自身が自ら権利の主体としてキャンプ内の自治、帰還、復興に関わっていくために、自身の持つ権利を知り、エンパワーメントを図る機会が必要とされていた。そこで、キャンプ・マネージメントに携わる特定非営利活動法人ピース・ウィンズジャパンから派遣される形で、2006年2月24日?3月13日まで、筆者が滞在し、「キャンプ・ジャパン」で支援業務に従事する現地スタッフを中心とする関係者及び受益者へのプロテクションに関する研修を目的としたワークショップを大小あわせ計8回行なった。本稿では、被災地の様子を伝え、またプロテクションのワークショップの実施を伝えることにより、人道支援におけるプロテクションの視点をどのように確保していくのか、という課題についての一つのケースを紹介することとしたい。

■ 被災地の全般的な様子


 キャンプが設置されていたのはパキスタンのカシミール地方ムザファラバードから車で20分ほどの川のほとりにあるタンダリという場所である。アニメ「風の谷のナウシカ」の舞台である「風の谷」のモデルになったといわれる、フンザ地方からも遠くなく、山に囲まれた場所であり、インダス川の源流である2本の川にそって、町が発達している。地震の様子は「周囲の山が一気に白くなった」と語った被災者もおり、広範囲でがけ崩れが起きたことが伺える。渓谷の地である、ということが支援においては悪影響を与え、まとまった土地を確保することが難しいこと、またがけ崩れが頻繁に起き、キャンプへのアクセスが寸断されることもあった。
 一方で、滞在した2月末?3月にかけては季節としては日本より一足早く春が訪れ、草花が芽生え始めていた。菜の花、杏の花、りんごの花などが山に咲き、冬の終わりを告げ、復興へ向けて一歩を踏み出そうとしているという時期でもあった。

■ 国内避難民へ適用される法規範及び関連ガイドラインと現地の状況


  災害のため、以前の居住地から逃れているが、国境を越えずに国内に留まっている国内避難民に対しては、滞在しているパキスタンの国内法へ加えて、同国が批准している国際人権条約である女性差別撤廃条約、及び子どもの権利条約が適用される。また、国内避難民の保護について特定して規定した条約はないが、国内避難民に関する指針が有効であった。
加えて、パキスタン北部大地震発生直後においては、パキスタンの人権NGOであるHuman Rights Commission of Pakistanより、『Operational Guidelines on Human Rights Protection In Areas Affected by the October 08 Earthquake』が発表された。当ガイドラインにおいては、まず援助が人種、宗教、ジェンダー、カースト、政治的信念、経済的もしくは社会的地位、そして地理的な位置に関わらず、公平に提供される重要性を強調している。緊急時における援助においては、できるだけ多くの人の生命を維持する観点から広範囲に食糧を中心とした生活必需品を配給する必要があるが、その際にも非差別の原則、そして配給等に漏れてしまうかもしれない弱者を見つけ出していく視点が重要である。例えば、夫を失った女性や、両親ほか保護者を失い同伴されていない子ども、高齢者、病気の人などが配給等に来ることができず、結果として支援から漏れてしまう可能性がある。加えて、その地域特有の弱い立場にある人、例えば法的地位が脆弱な難民や、宗教的少数者、また下位カーストの人等にとっても配給を平等に受け取ることができない潜在的な危険がある。実際に、他のキャンプにおいて夫を亡くした女性が配給から漏れてしまっていたという例があった。そこで、キャンプ運営に関わる関係者が弱者となりえる人を認識し、日々の援助の中で弱者へも平等に支援が届くよう配慮すること等が確認された。
  また、ガイドラインにおいては避難民自身が情報にアクセスし、意思決定過程に参加し、自身で自発的に決定していくことの重要性が規定されている。現地のムザファラバード近辺においては、3月に入り春の陽気になると、帰還への期待が高まり、徐々に帰還や復興に関する政府の方針が固まりつつあった。しかし、避難民にとっては情報にアクセスする手段が非常に限られており、また識字率も高くないことから、情報の伝達方法について工夫が必要であった。とりわけ女性は、男性よりも識字率が低く、意思決定に関わる機会が限られていたことから、メッセージを分かりやすく伝えるイベントを開催することとした。そこで、3月8日の「国際女性の日」を利用し、女性が権利の主体であるというメッセージ性を含んだ、かつ楽しめるイベントを開催した。女性の現地スタッフが、この日のために世界人権宣言、女性差別撤廃条約等を読み込み、コントなどを通じてメッセージを発信した。

■ メッセージを伝える上でのアプローチ方法


 プロテクション、とりわけ女性たちへ女性自身が権利の主体であるというメッセージを伝える方法としては、現地スタッフとよく相談した上で、イスラム教のコーランやハディース(ムハンマドの言行録)を活用した。最も良く使ったコーランは、「教育はすべてのイスラム教徒にとっての義務である」という箇所である。これは「すべての人は教育を受ける権利を有する」という世界人権宣言、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約の理念とも合致するものではないかと考えた。援助関係者の中でも宗教と人権を対立するものとして捉え、女性の社会進出を妨げるような宗教の教義を乗り越えなくてはならないと、公言している人もいた。しかし、私自身はイスラム教が人々の生活の中に根ざした身近なものであり、その中に人権のエッセンスを入れていく手法をとった。このアプローチ方法については議論があるだろうが、少なくともワークショップにおいては現地のNGOによる賛同も得ることができ、「人権に関する宣言・条約の中にはイスラム教の価値を認める記述があり、矛盾するものではない」との発言があった。同ワークショップの中で活動計画を自ら策定した現地の女性参加者からは「女性の就労を積極的に認めるべき」との計画が発表され、参加者が自身の課題を解決する上でのきっかけとなったのではないかと考えている。

■ 今後の緊急人道支援NGOの課題


  緊急人道支援においては、できるだけ多くの人命救出が最優先され、生きていく上で最低限の水・食糧、シェルター等物資の配給、医療が当然の中心となる。そのような中でも物理的、その他の理由で配給に来ることができない人たち、例えば障害者、同伴されていない子ども等の保護の視点を組み込むことによって、より多くの人に支援を届けることができる等支援の質を向上することができる。
  こういった広い意味での保護(プロテクション)の視点をより多くのNGOが共有することを目指してジャパン・プラットフォーム内にプロテクション・ワーキンググループが設立された。今後は2006年一杯を目処にガイドラインを作成し、同団体の構成団体がより保護の視点を各事業実施において確保することができるよう取り組む予定である。