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国際人権ひろば No.67(2006年05月発行号)

国連ウオッチ

ヨーロッパにおける庇護申請者の減少傾向-何が原因か

佐藤 以久子 (さとう いくこ) 桜美林大学国際学部助教授

■ はじめに


  世界の難民数が減少しないなかで、ヨーロッパにおいては庇護申請者数が減少傾向にあり、その原因は複雑かつ多様であり難民流出国と難民受入国双方の考察を必要とする。原因の一つとして、難民流出側の国情の変化があり、過去数年でバルカン半島などにおける内戦が静まり難民受入国が安全な場所とみなす国が増加したことにある(例:スリランカ、アフガニスタン、イラク)。また、難民受入国においては、庇護供与を減少させるような施策に主な原因があり、本稿では、具体的にどのような施策が原因であるかに限定して説明したい。

■ 庇護申請者数減少の動向


  2001年以降今日まで、庇護申請数の減少傾向が先進庇護国(50カ国:欧州諸国44+米国・カナダ・ニュージーランド・オーストラリア・韓国・日本)において続き、従来の主要庇護国においては2001年と2005年を比べると約46%~75%減へと大幅に減少し、実際にカナダと米国では54%減、オーストラリア及びニュージーランドでは75%も減少している[1]。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の統計によると、庇護請求者数の減少傾向は先進庇護国(38カ国)において、2005年には総数331,600件と1987年の25万件以来最も低く、また、EU25カ国では1988年以来の最低であった[2]。また、過去2年間(2004年~05年)の上述先進庇護国(50カ国)での庇護申請者数の総割合が15%減となり、とりわけ従来の主要庇護国において減少が顕著である(2005年度難民受入数の多い順:フランス(50,050人)-15%;米国(48,770人)-7%;英国(30,500人)-25%;ドイツ(28,910人)-19%;オーストラリア(3,210人)変化なし;カナダ(19,740人)-23%;スウェーデン(17,530人)-24%;ベルギー(15,960人)+4%;オランダ(12,350人)+26%;スイス(10,060人)-29%)[3]
  上述の庇護申請者数の動向は、ヨーロッパ諸国においては一様ではなく、2004年~2005年のUNHCRの統計によると、庇護申請者数はEU全体(25カ国)では15%減であり、従来のEU加盟国15カ国が減少傾向にあるが、他方、新たなEU加盟国10カ国については、難民流出国から難民受入国へと変容し、過去5年間は減少傾向にあるものの従来と比較すると概ね増加傾向にある(ポーランドとスロバキアを除く)[4]

■ 出入国管理強化


  庇護国に見られる庇護申請者の減少原因として、第一に、難民の出入国が最近の一般外国人の出入国強化のなかに取込まれてしまっていることにある。難民の受入れについて、従来は移民とは異なる別枠のものとして捉えられたゆえに、明確に一般外国人の出入国とは異なる出入国制度のもとで取扱われていたが、近年は難民と移民との区別が不明瞭となり、庇護請求者の多くが保護を必要とせず経済的或いは家族の再会を理由としているとして庇護請求者を移民と同様に外国人の定住者・永住者と捉える傾向にある[5]
  出入国管理の強化について、EU諸国は、EU統合に向けて域内の自由化を図るが他方で域外とのすみ分けを図りEU域外の壁を高くする傾向にあり、今日、1997年のアムステルダム条約の発効よりEU統合が進展するとともに「ヨーロッパの要塞」と称される程、外壁がより厚く高い。更に、こうしたヨーロッパの要塞は、2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロ事件により更に高くなり、また、同時に庇護請求者が悪徳な密輸業者によって入国する事案が増えたために出入国管理が更に強化され、実際に、自発的に庇護国に辿り着いて個々に庇護申請をする場合には、多くの場合正規の旅券書類を持たないために移住労働者なのか地域の安全保障を脅かす者なのかといった疑惑がより強い[6]
  そこで、出入国管理上の施策として、入国前の水際での入国審査を厳重に行い難民の入国を防止する結果となるような入国防止策(難民流出国とみなす国を全て網維しまた飛行経路上の主要な経由地国に対し入国査証を課す[7]、入国書類のチェックを輸送会社への責務とする、また場合により庇護国への機体搭乗前に入国審査を実施)を導入し[8]、庇護請求者の入国が従来以上に困難となり、結果、事実上庇護国へのアクセス自体をブロックしたことで庇護申請数が激減した[9]

■ 庇護審査手続の迅速化・合理化


  ヨーロッパの主要庇護国は、1990年代に入り庇護審査手続の迅速化と合理化を図り、当初は庇護審査手続に何年も要し行政側の手続に掛かる負担軽減と更には庇護申請者にとっては法的社会的に不安な地位に置くことへの負担を解消する狙いがあった。しかし、その後、ヨーロッパの主要庇護国は、1992年の旧ユーゴスラビアの解体によりボスニア・ヘルツェゴビナを主としバルカン半島より大量の難民流出を受入れ、難民受入数の多かった国においては負担が大きかったために更なる難民の受入れ自体に消極的になった。実際に、主にドイツと次いでスウェーデンが歴史的そして人的繋がりの経緯のために多くを受入れ、当初は一時庇護を供与し、その後、定住期限後に強制送還並びに現地での支援へのシフトまたは永住権付与をしていずれも多くの時間や労力を費やした[10]
  ヨーロッパ主要庇護国は、こうした難民の受入急増を自国の景気後退と失業問題のために社会福祉の削減がより必要とされる状況のもとで経験し、結果、実質的に難民の受入を制限するような庇護審査手続制度や政策へとシフトさせた。顕著な例として、筆者が2005年3月に現地調査をしたデンマークがあり、デンマークは、次の4つの方針に基づき庇護法の改正及び政策を実施している[11]。1)国際文書の遵守(1951年難民の地位に関する条約+人権条約(主に欧州人権条約、欧州拷問禁止条約)、ダブリン条約、シェンゲン条約等)、2)受入条件の厳格化、3)既に受入れた難民や移民に対する統合強化(言語取得と就労)、4)難民出身国周辺地域における難民保護促進。
  上述4つの方針の1)について、難民の受入れにおいて従来は難民の蓋然性を厳しく問うことがなかったが、現行では国際条約の解釈と適用を厳格に行い、迫害よりも個人の自由を求める事案が多い今日の多くの庇護請求者を排除している。また、2)の受入条件では、永住権許可や帰化の条件を厳しくしている。そして、4)については、従来は難民への保護とは自国での永住許可を意味していたが、現行では難民出身国・その周辺地域における難民への保護へとシフトする意向が強く、実際に、アフリカ地域他において既に幾つかプロジェクトを実施している。デンマークの例は、顕著な例であり他のEU諸国間には国策や厳しさの程度には差があるが、4)以外は趣旨や制度の大枠が類似している(英国及びオランダは4)を支持)。
  その他、庇護審査手続の迅速化・合理化の施策として、EU庇護国の多くは、庇護申請を願い出た最初の段階で庇護申請を受理する事案か否かの事前審査(pre-screening)を導入し、入国の水際での選別を行い、地域条約であるダブリン条約及びシェンゲン条約適用事案となった場合には、EU加盟国は、庇護申請手続は1ヶ国のみの条件のもと庇護審査手続の責務のある他のEU諸国へ送還することができる。こうした庇護申請受付の選別は難民の受入れや庇護申請が1カ国に集中することを避け、更には、EU加盟国の増加により東欧・中欧諸国へと庇護審査及び難民の保護を他国へ転嫁する策(diversion policies)となっている[12]

■ おわりに


  以上、難民受入国側にみる庇護申請者の減少傾向の主な原因は、一般出入国管理の強化に組み込まれた難民流入防止策や庇護審査手続の簡素化・合理化にある。そして、ヨーロッパの主要庇護国は、入国前段階或いは庇護審査手続の迅速化に力を注ぎ、既に入国した「難民」や庇護申請者よりも如何に難民の入国をブロックするかに力点を置いている。こうした施策は、自由と民主主義の名の下で、既に入国した庇護申請者については、「難民」の権利を認め異議申し出を含め十分に審査を受ける機会を提供する必要があるために、適正な庇護審査手続の簡素化や迅速化には限界があると判断した結果であろう。

1. UNHCR, ASYLUM LEVELS AND TRENDS IN INDUSTRIALIZED COUNTRIES, 2005 OVERVIEW OF ASYLUM APPLICATIONS LODGED IN EUROPE AND NON-EUROPEAN INDUSTRIALIZED COUNTRIES IN 2005 (17 MARCH 2006) p3: see the UNHCR website
2. Ibid.
3. Ibid., p.9.
4. Ibid., p.3,p.9
5. John Salt, Current trends in international migration in Europe, Council of Europe (2005), pp.38-39.
6. Commission of the European Communities, COM (2001) 743 final (Brussels, 05.12.2001): EU Commission Working Document, The relationship between safeguarding internal security and complying with international protection obligations and instruments, Ch.1. Morrison J. and Crosland B., "The Trafficking and Smuggling of Refugees: the end of game in the European Asylum Policy?", 39 UNHCR Working Paper (Apr 2001).
7. 2003年3月時点で129カ国+3地域(東ティモール、パレスチナ自治区、台湾)である(European Council Regulation (EC) No 851/2005 amending Regulation (EC) No 539/2001of 15 March 2001: listing the third countries whose nationals must be in possession of visas when crossing the external borders and those whose nationals are exempt from that requirement: O.J. E.C., L 081, 21/03/2001 P.0001-0007)。
8. Erika Feller, 'Carrier Sanctions and International Law', 1 IJRL (1989), 50-52. As to Germany, see Auslandergesetz 1965: 1965 BGBI.I, 353, as amended in Art. (4), (5) effect from 1 January 1987, ibid., 48; UK, Anne Ruff, 'The Immigration (Carriers' Liability) Act 1987: its Implications for Refugees and Airlines', 4 IJRL (1989), 481; UNHCR position paper on 'Visa Requirements and Carrier Sanctions': EC/GC/01/2 (12 Feb 2001).
9. 庇護請求者が増加すると即座に流出国に対し入国査証を課した一例として、ベルギーが2002年にロマ少数民族に流入を阻止するために経由地国としてポーランド、ハンガリー、チェコ共和国、スロバキア共和国へ入国査証を課し、流入防止の効果があった(USCR, 2002 World Refugee Survey, Country Report - Belgium, 196)。
10. 筆者による現地調査(1997年~98年と2004年11月実施)。(財)アジア福祉教育財団 難民事業本部『スウェーデンにおける第三国定住プログラムよって受け入れられた難民及び庇護申請者等に対する支援状況調査報告』2005年1月。
11. (財)アジア福祉教育財団 難民事業本部『デンマークにおける第三国定住プログラムよって受け入れられた難民及び庇護申請者等に対する支援状況調査報告』2005年7月。
12. UNHCR, The Status of the World's Refugees (2000), p.161