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国際人権ひろば No.64(2005年11月発行号)

アジア・太平洋の窓

カンボジアのトラフィッキング防止に向けた取り組みの実態

前川 実 (まえがわ みのる) ヒューライツ大阪総括研究員

  2005年は、戦後60年、ベトナム戦争終結30年だが、カンボジアではベトナム戦争が終結する直前の1975年2月に、クメール・ルージュ(のちのポル・ポト派)が、アメリカが後ろ盾となっていたロン・ノル軍事政権を打倒して首都プノンペンに入城し、ポルポト政権(のちに三派連合政府と改称)を樹立して30年である。列強の植民地支配、戦後の東西冷戦、中ソ対立などの複雑な国際情勢に振り回されたカンボジアの60年の歴史と日本の責務を思い起こしつつ、05年の4月と8月に、トラフィッキング(人身売買)の実態と旧クメール・ルージュ(ポル・ポト派)の人びとの暮らしぶりを現地調査した。
  カンボジアの現状については、本誌62号の手束耕治論文に詳しいが、アジア経済研究所が刊行した天川直子編『カンボジア新時代』(研究叢書539、04年11月)は、カンボジアの最新事情を鋭く分析している。特に同書所収(3章)の四本健二論文「カンボジアにおける社会問題と法?トラフィッキング取締法制の展開を中心に?」は、今回の現地調査の実施に当たって、大変参考にさせていただいた。カンボジア政府は、国連諸機関や海外NGOの協力を得て、一定の取り組みを進めているが[注1]、トラフィッキングの送り出し国であり、受け入れ国であり、中継地でもある実態は深刻だ。
  四本さんは、カンボジアにおけるトラフィッキングは、カンボジアの市場経済化(92年)と東南アジア地域への経済的社会的統合(98年にASEANN加盟)とともに拡大し、深刻化してきたと指摘している。長期にわたる内戦と国際的孤立の下で貧困と荒廃が深刻化した農村を舞台に、就職の斡旋をするとだましたり、家族の債務の肩代わりのため女性や子どもを都市部へトラフィッキングするケース以外に、ベトナム南部各省から陸路や水路でプノンペンやカンボジア南部に移送するケースや、他国からカンボジア西部国境を経由してタイや他の国に移送させるなど、トラフィッキングの国際化が進む実態も紹介している。また、トラフィッキングの取締りを困難にしている要因として、法律の不備やそれを執行する公務員の汚職の実態もするどく指摘し、国際的な協力体制の中で、政府のトラフィッキング取締法制とトラフィッキング取締対策の強化を進めるべきだと結論付けている。
  そこで、さる8月29日、JICA長期専門家(法整備支援担当)の坂野一生さんの協力を得て、カンボジア政府のトラフィッキング取締法制を担当する司法省の2人の次官補?イット・ラディさん、チャン・ソティアディさん?から、トラフィッキング防止に向けた司法省の取り組みをうかがった。

トラフィッキング防止に向けた法律の整備過程


  93年に憲法が制定され46条で人身取引禁止を規定した。UNTAC時の暫定刑法にも規定(35条)があるが、96年に特別法「人身売買、人の搾取防止に関する法律」を制定した。しかし、人身売買の定義や人身売買防止措置の不備があるため、03年に「人身売買および性的搾取防止に関する法律」を起草し、現在、閣僚評議会に諮っている。この起草作業には、日本の弁護士も協力した。また、公聴会を開き、NGOの意見も聴取した。
  また日本の法整備支援により編成された民法の中でも、養子縁組などでトラフィッキング防止に向けた新しい規定を盛り込んだ。さらには、フランスの支援で起草されている刑法の中でも新しい罰則規定を盛り込む予定。

「人身売買および性的搾取防止に関する法律」の内容


  この法律案については、女性省がトラフィッキングの定義(子どもと女性の性的搾取に限定)について異議をとなえ、国連の選択議定書の定義にそろえるべきとの意見が出されたが、まずはこの法案を成立させて、その後にさらに包括的なトラフィッキング防止・被害者救済法制を整えたい。主な点は、第1に、新しい民法・民事訴訟法でのトラフィッキング防止に向けた規定と整合性を取ったこと。第2に、養子縁組が人身売買の隠れ蓑にされる恐れがあるので、その防止措置を盛り込んだ点。第3に、89年制定の婚姻および家族に関する法律では、養子縁組許可の基準があいまいであったので、養子縁組の要件と手続きを明示し、縁組には裁判所の許可が必要と改定した点などである。
  トラフィッキング防止に関連する新しい民事訴訟法は、8月30日から国会で委員会審議が始まる予定で、民法も9月中に各省会議が始まる予定。

政府としての取り組み


  現在、司法省の主催で2法案(人身売買および性的搾取防止に関する法律と新しい民事訴訟法)を解説するワークショップを開催したり、裁判官、検事の養成機関である王立法曹養成校で教育プログラムを実施中。政府としては、国連諸機関とも協力し、司法省以外に内務省、社会福祉省、労働省、女性省がそれぞれの権限の中でトラフィッキング防止に取り組んでいる。しかし省庁横断的な組織はまだなく、現在、省庁間の連絡会議はあるが、役割分担が明確でない。次のココンでの事例にみられるように、予算措置および省庁間の連携・役割明確化が課題となっている。
<タイ国境沿いのココンでの事例>
  情報提供に基づき警察が人身売買の現場を摘発したが、その子らを一時保護する施設がなく、困ってしまった。警察には収容施設がないし、NGOでもシェルター施設はなく、親元に戻すこともできなかった。現在、社会福祉省が中心となって全州に(箇所の救援センター作りを計画しているが、実施のめどはたっていない。

カンボジアにおけるトラフィッキング裁判の実態


  政府の実態把握の統計資料はないが、司法省としては、裁判になったケースの情報収集に努めている。04年にトラフィッキングに関すると思われる48件の裁判があったが、内訳は、ア)公然わいせつ 28件、イ)売春強要 8件、ウ)人身売買 12件、となっている。
  被告・被害者は、カンボジア人のケースがもっとも多いが、ベトナム人のケースも多い。また、中国人のケースも若干ある。現在は、刑事事件の判決内容は、当事者以外には公開していない。トラフィッキング裁判の判例を公表するかどうかは、情報公開の手続きの定めもなく、今後の課題。

トラフィッキングの実態(形態分類)


  カンボジアでのトラフィッキングの形態としては、「国内都市への就労あっせん」がもっともポピュラーだが、その他に「婚姻」、「外国への就労あっせん」、「脅迫・強要」、「養子縁組」、「薬物使用による略取」、「国境を越えた不法な移送」などがある。国境を越えた不法な移送の実態では、最も多いのは、タイへの不法な移送で、西部タイ国境沿いからと推測。タイ以外では、ベトナムからの不法な移送も多い。歴史的事情から国境越えが比較的容易で、不法な移送が絶えない。また、メコン流域のラオスからの不法な移送についてもあるが、十分把握していない。
  トラフィッキングの被害者は、男性、子ども、女性、老人などで、「男性」の場合は、漁業労働者、建設労働者、薬物の投与などが多い。また、「子ども」のケースでは、物乞い、花売り、強制労働などがあり、「女性」のケースでは、売春強要が多い。「老人」のケースでは、物乞い、花売りが多い。

2国間および多国間協力の取り組み


  タイとは04年に2国間協定(MOU)を結び、取り組み中。両国間協議は、司法省、労働省と社会福祉省が担当し、定期的に行っている。また、ベトナムとも05年9月に2国間協定(MO)を結び、取り組む予定(その後、10月にフン・セン首相がベトナム訪問時に正式調印)。
  メコン流域6カ国の多国間協定(MOU)も05年4月に締結され、多国間協力の取り組みも進みだした。この中で、人身売買によって連れ出された被害者は、いずれの国でも不法入国者として取り扱われないことを明記している点は、意義がある。現在、アクションプランを策定中で、この協議には司法省も参加している。

国境の町ポイペトとマライ


  プノンペンでの司法省のヒヤリングのあと、国境の町ポイペトとマライで実態視察と関係者からのヒヤリングを行った。ポイペトには5度目の訪問となるが、来る度に町の人口と性風俗店が増え、店の前にトラフィッキングの被害者と思しきベトナム人やカンボジア人の若い女性が数多くたむろしている。また国境ゲート付近では、物乞いが増え、子どもたちが重い荷車を引く光景が目に付く。
  ポイペトとマライがあるバンテイアイミアンチェイ州は、旧クメール・ルージュの人々が多く住む地域で、K5と称される濃密地雷原のひとつである[注2]。特にタイ国境沿いのマライは、最大の濃密地雷原で住民の多くは、98年まで現政権に武装抵抗してきたため、道路や橋、電気、水道、学校建設などの社会インフラ整備が、他の地域より大きく立ち遅れている。
  また、最近は、土地を失った他地域の農民たちが地雷原に住みつき、地雷や不発弾を掘り当て、その火薬や鉄を売って収入を得ようとしたり、そこを開拓し作物を栽培するための土地を確保しようとするため、地雷や不発弾によって被害を受けた人々が絶えないという。背景には、カンボジアで広がる経済格差と貧困の問題が存在している。
  また、若者が毎日、タイへ出稼ぎにいく実態や、国境ゲートを通らない不法な国境越えの実態も、関係者から数多く聞き取り調査をした。カンボジアは、トラフィッキングの送り出し国であり、受け入れ国であり、中継地でもある実態は深刻で、さらにひどくなっていると実感した。

注1:米国務省『トラフィッキング報告書』2004年版では、カンボジアは「トラフィッキング撲滅のための最低基準を満たすべく努力している国(第2層)」と格付けされている。
注2:濃密地雷原のK5とは、バッタンバン州、オーダーミェンチェイ州、プレビへール州、パイリン特別市とバンティアイミェンチェイ州である。

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