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国際人権ひろば No.63(2005年09月発行号)

特集 「第7回アジア太平洋地域エイズ国際会議」を振り返る Part1

アジア・太平洋の市民社会にとって痛かった4年間のブランク ~自立に向けたリーダーシップ再確立の必要性~

稲場 雅紀(いなば まさき) (特活)アフリカ日本協議会 HIV/AIDSコーディネイター

■ 4年ぶりの「アジア太平洋エイズ会議」


  梅雨末期の2005年7月1日から5日にかけて、神戸で「第7回アジア太平洋地域エイズ国際会議」(以下、「神戸会議」)が開催された。この会議には、アジア・太平洋地域だけでなく、アフリカや中東なども含め約3,000人が参加した。
  この会議は難産だった。前回の会議がメルボルンで開催されたのは2001年。本来2003年に開催される予定だった神戸会議は、SARSへの懸念により2年延期され、結局、4年ものブランクがあいてしまった。
  その間、世界のHIV/AIDSへの取り組みは大きく進展していた。2002年には世界エイズ・結核・マラリア対策基金が設立され、2003年には世界保健機関(WHO)が、2005年末までに300万人に抗HIV治療を供給するという「3×5(スリー・バイ・ファイブ)プラン」を打ち出した。また、米国ブッシュ政権が、世界のエイズ対策に5年間で150億ドルを拠出する「大統領エイズ救済緊急計画」を打ち出すなど、援助国によるコミットメントも進んだ。
  一方、この4年間でアジア・太平洋地域のHIV/AIDSの状況は深刻化の度合いを深めてきた。アフリカに次いでHIV/AIDS問題が深刻だといわれるアジア・太平洋地域における4年のブランクは、地域全体の対HIV/AIDS戦略形成の面で大きな打撃をもたらしていた。神戸会議の開催で判明したのは、その打撃を最も被ったのは誰だったのか、ということである。

■ 新たな組み直しの必要が浮き彫りになった市民社会ネットワーク


  1990年代後半以降、アジア太平洋地域エイズ国際会議は、この地域全体の市民社会のHIV/AIDSに関わる運動の枠組みを作り出す上での一つの軸となってきた。
  95年のチェンマイ会議(第3回アジア太平洋地域エイズ国際会議)には、当時この地域でHIV/AIDSに関わる活動を始めたばかりの各地のゲイ・レズビアンの活動家が集まった。しかし、この会議には、ゲイ・レズビアンのための場所はあまりなかった。97年のマニラ会議では、この点が大きく改善された。ゲイ・MSM(Men who have sex with men:男性とセックスをする男性)やその他の性的マイノリティに関わる数多くのセッションやシンポジウムが、当事者のイニシアティブにより開催された。99年のクアラ・ルンプール会議では、ゲイ・MSMやレズビアン、その他性的マイノリティの地域ネットワークの形成が進み、またドラッグ・ユーザーや移民、セックスワーカーなど、その他のヴァルネラブル・コミュニティ(HIV/AIDSへの社会的脆弱性に晒されているコミュニティ)の地域規模のネットワーク形成も進んだ。
  これが2001年のメルボルン会議に向けて、7つのコミュニティによる「アジア太平洋HIV/AIDS地域ネットワーク」(通称セブン・シスターズ)[1]へと発展し、アジア・太平洋地域はコミュニティの地域レベルのネットワーク化とその連携がもっとも進んだ地域となったのである。
  問題はその後の4年間に生じた。この4年間、HIV/AIDSに関わる世界的な戦略枠組みが新たに次々と形成され、援助国や国際機関のHIV/AIDSに関する活動や資金提供も拡大した。また、2001年の国連エイズ特別総会で採択された「HIV/AIDSに関するコミットメント宣言」に従い、各国のHIV/AIDS対策も進展した。これらの進展はアジア・太平洋地域においても生じたが、それは、より狭い地域・分野レベルで必要に応じた形で展開され、広大で多様性のあるアジア・太平洋地域全体を対象とすることはなかった。
  一方、地域レベルでの市民社会の組織化は、2001年まで「アジア太平洋地域エイズ国際会議」の開催を軸に行われていたが、その後4年間にわたって会議が開かれなかったため、地域全体のレベルでの変化に対応し、これらを自らのネットワークに組み入れていく機会が与えられなかった。結果として、4年ぶりに開催された神戸会議が図らずも明らかにしたことは、国際機関や援助国の援助機関の隆盛ぶりと、コミュニティ・ネットワークの衰退であった。神戸会議はセブン・シスターズの活動家たちがプログラム作りのイニシアティブをとり、ヴァルネラブル・コミュニティに関わるセッション、シンポジウム等が多く持たれた。しかしこれらの企画は概して十分な参加者を集められなかった。多くの参加者を集めたのは援助機関等が開催するサテライト・シンポジウムなどであった。
  実際には、ヴァルネラブル・コミュニティにおけるHIV/AIDS対策の必要性は以前よりもずっと高まっている。国連合同エイズ計画(UNAIDS)は神戸会議で実施した記者会見や発表資料などにおいて、アジア・太平洋地域全体で、移民、ドラッグユーザー、セックスワーカー、ゲイ・MSMなどのヴァルネラブル・コミュニティでの予防・治療対策をこれまで以上に徹底させるべきだと主張している。アジア・太平洋地域におけるヴァルネラブル・コミュニティのネットワークは、今こそ強いリーダーシップをもって存在しなければならないのである。
  一つの問題は、欧米を中心とする国際NGOによる事業展開の活性化や、各種援助機関による資金の流入が、これらコミュニティ・ネットワークの形成やリーダーシップと連動しない形で動いていることである。ネットワークの役割はアドボカシーと政策形成であるが、これらを地域レベルで行うべき人材が、逆に、国際機関や国際NGOに高給で引き抜かれ、狭い地域のプロジェクト実施活動などに吸い取られてしまう傾向がある。
  神戸会議でこうした傾向が明らかになった以上、アジア・太平洋地域のコミュニティ・ネットワークには新たな再編が必要である。2007年にスリランカで開催される次回のアジア太平洋エイズ国際会議に向けて、コミュニティのリーダーシップの再確立が望まれる。

■ 日本政府のHIV/AIDSに関するリーダーシップの欠如も露呈


  一方、神戸会議は日本のHIV/AIDS問題への取り組みの拙劣さも明るみに出した。この会議には、スリランカの保健大臣やコートジボアールのエイズ省大臣など、各国の閣僚級が参加したのに対し、厚生労働省は、開会式の直前になって、尾辻厚生労働大臣の出席をキャンセルした。同省は、今年の世界エイズ・デーのスローガンを「エイズ...あなたは『関係ない』と思っていませんか?」と決めたが、その厚生労働省自身が、エイズを他人事と認識していることがはからずも明らかになった。
  日本は、1985年以降20年間、HIV感染数が恒常的に増大を続けている唯一の先進国である。また、日本が位置する東アジア地域は現在、HIV感染率の上昇割合が世界最大となった。こうした状況にあって、日本にHIV/AIDSに関する国家のリーダーシップが欠如していることは、大きな懸念材料である。
  UNAIDSが今年の世界エイズデーで設定したスローガンは、先に紹介した、エイズ拡大の責任を一般の人々に転嫁しようとする厚生労働省のスローガンとは正反対の方向を向いている。「約束を守れ」(Keep the promise)がそれである。各国は、2001年の国連エイズ特別総会で採択した「HIV/AIDSに関するコミットメント宣言」の誓約を守り、国家のリーダーシップに基づいた強力なHIV/AIDS対策を実施すべきだ、というのがその精神である。2006年の9月には、この「コミットメント宣言」の履行状況を評価する新たな国連特別総会が開催される。日本がHIV/AIDSとの闘いに勝利できるか、それとも敗北するのか。それは、日本がHIV/AIDS対策に国家の政治的責任をとりリーダーシップを確立できるかどうかにかかっている。

1. セブン・シスターズを構成するのは、薬物使用者とHIV/AIDSの問題に取り組むアジア・ハーム・リダクション・ネットワーク(Asia Harm Reduction Network: AHRN)、エイズ・サービス組織の連合体であるアジア太平洋エイズ・サービス組織評議会(Asia Pacific Council of AIDS Service Organizations: APCASO)、HIV陽性者のネットワークであるアジア太平洋HIV陽性者ネットワーク(Asia Pacific Network of PLWHA: APN+)、セックスワーカーの連合体であるアジア太平洋セックスワーカーネットワーク(Asia Pacific Network of Sex Workers: APNSW)、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの連合体であるアジア太平洋性的少数者ネットワーク(Asia Pacific LGBT Network: AP-Rainbow)、アジア太平洋エイズ学会(AIDS Society of Asia Pacific: ASAP)、移民とHIV/AIDS問題に取り組む「エイズと人口移動に関する行動調査調整機構」(Coordination of Active Research on AIDS and Mobility Asia: CARAM-Asia)の7つ。