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国際人権ひろば No.62(2005年07月発行号)

国際化と人権

タイにおける人身売買に対する取り組み

斉藤 百合子 (さいとう ゆりこ) 恵泉女学園大学教員

  人間を騙して移送させ、搾取して人権を著しく侵害する人身売買という犯罪行為は、現代社会において活溌に行われている。人身売買者による人の移送が国境を越えて行われる場合、国は、送り出し国と中継国、そして受け入れ国に分類される。日本は人身売買において多国籍のおもに女性の移送目的国となっており、受け入れ国、とくに受け入れ大国とも呼ばれる。
  警察庁の人身取引[1]被害者統計によると、人身売買の受け入れ大国の日本で、人身売買で被害を受けた女性の国籍はタイがもっとも多い。タイは人身売買の文脈において、近隣国のマレーシアやシンガポール、そして日本や台湾、韓国およびヨーロッパやアメリカなどタイよりも開発が進んだ国に対する送り出し国である。また、タイに比べて開発が遅れているとされている近隣のメコン河流域諸国(ビルマ、中国雲南省、ラオス、カンボジア、ベトナム)や、ウクライナやロシアなど東欧諸国からの受け入れ国である。同時に、タイ以外の国から移送されてタイを経由し第三国に再移送される中継国でもある。2005年6月に発表された人身売買禁止ネットワーク(JNATIP)とお茶の水女子大学の共同調査研究報告書[2]においても、コロンビア人女性が日本に移送されるまでタイの首都バンコクを経由していたことが報告されていた。
  タイ国内での人身売買は、女性や子どもを対象とした強制売春などの性的搾取だけに限定されない。女性や子どものほかに、男性やトランスジェンダー、性転換者や高齢者、乳児など幅広い年齢層や性別の人々に対して、性産業や農業、家内工場、また物乞いなど強制労働の形態をとることがある。また人身売買の被害に遭う人はタイ以外の国から移送されてきた人以外に、タイ国籍を付与されず脆弱な状態にある山地民 [3]や難民[4]、またタイ近隣諸国から流入した移住労働者の子どもなども出生届や身分を証明する書類もなく諸権利を行使できない脆弱な状態にあり、人身売買の対象とされやすい。

人身売買対策までの経緯


  タイで性的搾取を目的とした人身売買が最初に社会に意識され始めた時期は1984年であるとタイの女性と子どもの人権擁護について取り組んでいる識者のサイスリーさんはタイの国別人身売買報告書に記している[5]。この年、観光の島プーケットのある商店街で火事が発生し、焼け跡から鎖につながれて鉄格子の部屋に監禁されたまま焼死した少女たちが発見された。タイの民間女性団体らはこの事件を追跡し、被害少女はタイ北部出身の少女たちであることを判明させ、少女等を性的搾取の対象とした人身売買加害者の告発を支援し、長期の実刑に追い込んだ。この事件は全国に報道され、タイ国内で人身売買が発生していることが社会に認識されたという。
  次に国を超えた性的搾取を目的とする人身売買がタイでクローズアップされたのは1991年のことだった。この年、タイ南部のラノン県の売春宿で国境を越えてタイ側に移送されて、性的搾取と強制労働をさせられ、暴力をふるわれていた150人のビルマ人女性が救出されたことが報じられたのである。
  タイ国内の人身売買が1984年に認識されてから20年。その間にタイ政府は、女性が性的搾取の対象とならないよう、教育の機会拡充や職業訓練、啓発キャンペーンなどを実施してきた。その甲斐あってか、タイ国籍をもつ農村の少女や女性が性的搾取の人身売買の被害に遭うことは激減した。
  しかしその一方で、タイ国内で国籍を得られない山地民の女性が人身売買の被害に遭うケースや、タイとその近隣諸国の経済格差の情報による格差の下位国から上位国へとよりよい暮らしを望んで移住労働をめざす人々を餌食とする国と国の間での人身売買が増加している。国と国の社会経済格差、また政治的自由を求めて移動する人々を食い物とする人身売買の横行は、格差を縮小し、平和的安定を構築するという遅々とした動きに比べてはるかに迅速に行われている。

整備が進む法制度と国際協力


  タイは、アジア諸国の中では、他国に比べて人身売買対策を先進的に取り組んできた国である。その国内的な背景をみると、皮肉なことに過去20年間タイで児童労働と児童買春問題が既に深刻化していたこと、またこうした問題解決に関わるNGOが被害者保護・支援経験を蓄積し、政府が協働する姿勢を維持してきたことも挙げられる。この官民の協調路線は、旧売春防止・禁止法制定以来、36年ぶりの1996年に売春防止・禁止法を改正させ、加害者の重罰化を定めた刑法も改正させた。そして翌1997年には、はじめて女性と子どもの人身売買を禁じた「子どもと女性の人身売買禁止法」が制定された。
  国際的な圧力も、タイの人身売買対策を後押しした。2000年に国連で採択された国際組織犯罪防止条約に付帯する人身売買禁止議定書には、タイは署名のみ行ったが、批准するべく国内法等をさらに整備する必要があった。
  さらにタイも一員であるメコン河流域諸国での人身売買の課題が深刻化するにつれて、国連機関や国際NGOやローカルNGOが国や民族を超えて人身売買の課題に取り組み、人身売買者の摘発に留まらず、地域格差を是正する貧困削減や住民のキャパシティ・ビルディング(能力開発)の促進、および被害に遭った当事者の意識啓発活動への参画などの事業が功を奏してきたと言うこともできるだろう。
  そのためタイ政府は2003年に、人身売買対策でタイ国内に活動拠点を置く政府機関や国際機関、また国際NGOやローカルNGOが協力しながら効果的に進めていくために、国内に4つの協定書(MOU)と二国間協定(MOU)をカンボジアとの間に締結した。
  初めに締結された協定書「子どもと女性の人身売買対策の関係政府機関間の協定書[7]」は、まず人身売買被害者は身分を、(1)タイ国民、(2)合法的にタイに入国した外国人、(3)非合法的手段でタイに入国した外国人、(4)国籍をもたずタイ領土に居住している人、と4つに分類される。(3)の非合法的手段でタイに入国した外国人は、未だに入管法違反者として取り扱われるため、シェルター出所後に退去強制処分されると明示している。
  協定書は、さらに被害者保護と支援において官民の協力体制を具体的に記した「人身売買における政府機関とNGOの協定書」のほか、国際NGOやローカルNGOの協調を唱えた「子どもと女性の人身売買問題に関わるNGOの協定書[8]」がある。そのほか、外国で人身売買被害を受ける女性にタイ北部出身の女性が多いことから、とくに帰国後の被害者の保護・支援を具体的に示した「タイ北部9県における人身売買被害者の子どもと女性の扱いに関する協定書」がある。

今後の課題


  タイにおける人身売買対策は、「子どもと女性の人身売買禁止法」を制定し、売春防止・禁止法や刑法を改正し、数々の協定書を関係機関と結び、政策を明確にするなど制度面では東南アジア地域の中でも先進的であると言える。しかし、人身売買被害者の帰国後の生活再建を図る施設が、売春防止・禁止法違反者を拘束して収容する再教育施設と同じであること、帰国後に生活を再建するためのトレーニングを希望する場合、単身で数ヶ月間入所しなければいけないため、家族がある人にはアクセスしにくいなどの課題がある。また人身売買の被害者が外国人であった場合、タイ滞在期間中に、恋人ができたり、子どもが生まれたりする場合もあるだろう。しかし非正規にタイに入国した外国人は原則として全員退去強制処分という措置がとられる。
  これら一連のタイにおける人身売買対策において実際に人身売買が抑止され、被害者保護・支援が必要な当事者にアクセスしているかどうかは、モニタリングや中間評価の結果を待たなければならないだろう。
  また、タイだけではないが人身売買対策がどれだけ先進的であっても、人身売買の形態の中でもっとも多い買売春ビジネスにおける需要する側、つまり買う側に対するメスはいっさい入っていない。市場での需要がある限り、品を変えて需要商品が供給されるので、あらたな形態の人身売買や被害者が発生することが懸念されるのである。

(注)
1. 警察庁や外務省など公式には英語のTrafficking in Personsは「人身取引」と訳された用語が使用されている。しかし人身売買は日本語として定着しているため、本稿では「人身売買」を使用する。
2.「日本における人身売買の被害に関する調査研究」報告書 2005年、人身売買禁止ネットワーク(JNATIP)、お茶の水女子大学21世紀プログラム「ジェンダー研究のフロンティア」(F-GENS)発行 p63.
3. タイにはタイ国に長く居住し、タイの国籍を有しているタイルー族などのタイ諸族系の諸民族と、近隣諸国から移住してタイに居住しタイ国籍を必ずしも有しているとは限らないタイ系あるいは非タイ系のカレン族、リス族、ヤオ族など山岳民族。またタイ系ではないがタイ国籍を有するインド系、クメール系、マレー系、ヴェトナム系の住民や先住民族のモン族住民もいる。[参考「タイを知るための60章」綾部恒雄、林行夫編 明石書店 2003年p120-p124]
4. タイの難民には、1980年代後半のビルマの政治不安から流入しているビルマ難民のほかに、1950年代初頭にベトナムからタイに流入したベトナム難民(主に東北地方)や、1940年代後半に流入した中国国民党残党に代表される中国難民(主にチェンマイ県)がいる。難民などの「タイの外国人政策」は以下に記されている。
 http://www.ipsnews.net/jp/09/05.html
5. Saisurii Chutikul, Phil Marshall (2004), "Summary Thailand Country Report on Combating Trafficking in Persons",Office of the Permanent Secretary Office of the Prime Minister, Ministry of Social Development and Human Security p5.
6. 同上 p5.
7. 最初に締結された同協定書に署名した政府機関は、省庁レベルでは社会開発および人間の安全保障省(日本の旧厚生省にあたる)、外務省、保健省、検察庁、警察庁である。またNGOとは国際機関と国内のNGOがあり、主な国際機関は国連児童基金、国際移住機関(IOM: International Organization for Migration)、国際労働機関(ILO: International Labour Organization)のほか、国連メコン地域における人身売買対策班(UNIAP:UN Inter-Agency Project on Human Trafficking in The Greater Mekong Sub-region)が名を連ねている。
8.「子どもと女性の人身売買問題に関わるNGOの協定書」に署名し、タイに活動拠点を置くNGOは25団体あり、主な団体名は以下の通りである。子どもと女性の人身売買禁止ネットワーク(GAATW: Global Alliance Against Trafficking in Women),児童権利擁護財団(CPCR)、児童開発財団、FACE、ECPATインターナショナル、少女と地域のための教育開発センター(DEPDC)などである。

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