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国際人権ひろば No.60(2005年03月発行号)

アジア・太平洋の窓

マイクロファイナンスとその貧困削減効果の測定について

伊藤 成朗 (いとう せいろう) アジア経済研究所

マイクロファイナンスとは?


  貧困解消にマイクロファイナンス(以下、MF)が役立っている、という話はよく聴くが、MFとはいったい何だろうか。それはどのくらい役立っているのだろうか。
  MFとは小規模金融のことである。貸出相手は家計や個人が大半で少額である。運営主体はNGOであったり、政府の末端機関であったり、さまざまである。MFは低利で貸し出す点が町や村の金貸しと異なり、銀行が避けがちな少額無担保でも貸す場合が多い。MFが金貸しよりも低利で貸せるのは、MFは地域を越えて展開することが多く、規模の経済性やリスク分散によって収益を増やせること、MFは非営利団体が多いこと、しばしば補助金を受けていることなどが理由である。ただし、こうした相違の多くは程度問題でしかない。なぜならば、低利とはいえ調達費用以上で貸し出して、費用回収することがMFの主流だからである。また、MFの多くが貯蓄その他も取り扱い始めており、近代的な金融仲介機関としての性格を持ち始めてもいる。
  MF機関の代表的な例としては、高いローン返済率で知られたバングラデシュのグラミン銀行がある。グラミン銀行は借り手5人を一つのチームとして組織し、各人のローンは5人の連帯責任で返済する形式を取っている、といわれてきた。経済学者は、連帯責任制によってチーム内の規律が緩まないので返済率が高い、と解釈してきた。しかし、近年ではグラミン銀行のユヌス総裁自らが「連帯責任制など一度も採用してこなかった」と否定するなど、連帯責任制の見方は分かれている。世界各地のMFは各地固有の事情に応じた運営方針をとっているため、連帯責任制の採用もまちまちであり、「万国共通の典型的なMF」というものは存在しない。
  こうしたMFはどのくらい普及しているのか。2003年の資料によると、全世界でMF利用者は約7,000万人とされる。1997年の国連総会決議(52/194)では2005年までに1億人に増やすことが宣言されている。ただし、全世界的な傾向を集計する団体もないので、全世界的な利用者数は正確には知られていない。

MFの貧困削減効果-個人への影響


  MFの貧困削減効果とは、ある個人や家計がMFに参加した場合と参加しなかった場合の貧困度の差で示される。それでは、何をもって貧困であるというのだろうか。これには所得水準だけでなく、健康状態、就学、社会参加、所得リスクの低減など、さまざまな中身があり得よう。貧困をどう定義するかは、それだけでも膨大な文献があるので、ここでは所得水準で考えていく。いずれの中身を想定しても、MFの効果が認められれば重要な発見となる。
  なお、貧困概念で注意すべきは、貧困は個人単位で考えなくてはならないことである。たとえMFの借入が家計単位であっても、貧困の計測単位を家計にする理由にはならない。同じ家計でもとりわけ貧しい人とそれほどでもない人がいるためである。たとえば、所得が減ったとき、女子が真っ先に消費を削られることが多い。就学についても、男子は継続するのに女子は断続的になることが多くの国で確認されている。開発経済学ではその理由として、女子の賃金が男子よりも低いので、女子に教育を与え健康に育てることの利点が少ないことが挙げられている。逆に、厳しい肉体労働をする成人男子は、所得が減っても栄養摂取で優遇されやすい。これらを踏まえると、MFに貧困削減効果があるならば、同じ家計内でも個人によって大きさが違うであろう。多くのMFが女性を顧客にしていることは、家計内の女性の立場を強めている可能性がある。成人女子の交渉力が強い家計では、子どもが健康で就学率も高いことが知られており、MFには間接的に子ども、とくに女子の厚生を高める効果も期待されている。

MFの貧困削減効果-その測定法


  それでは、MFの貧困削減効果はどのようにして測るのだろうか。計測で最も犯しやすい過ちは、MFを受けた人たちの平均所得と受けていない人たちの平均所得を比べ、その差がプラスだったら「MFには貧困削減効果がある」と結論することである。
  これが誤りなのは、個人が多様なためである。個人によってはMFの支援する零細事業に向いているためにMFで所得を増やす人もいれば、そうではない人もいる。MFへの参加は自発的なので、参加する人はMF借入に向いた人、(村にMFがあるのに)参加しない人は向いていない人、と考えてよい。すると、参加者と不参加者の差には、純粋なMFの効果のほかに、個人の向き不向きによる差も含まれてしまう。よって、参加者と不参加者の平均所得を比べる計測方法は、MFの貧困削減効果を過大評価してしまう。この計測値の歪みを「サンプル・セレクション・バイアス」という。
[表1]MFの効果計測の数値例
[表1]MFの効果計測の数値例
  簡単な数値例で考えてみよう(表1参照)。サンタ村にはMFに向いているa1、a2の二人からなるAグループ、向いていないb1、b2の二人からなるBグループがいる。MFに向いているのは商才のためと考え、貸出前の所得はAは200円、Bは100円とする。貸出を受けると、a1は100円、a2は80円、b1は20円所得を増やし、b2は変化なしとしよう。AグループはMFに参加し、BグループはMFに参加しないとすると、MF後の両グループの平均所得は290円と100円であり、その差の誤った計測値は190円である。MFの効果(average treatment effect, ATE)とは、同じ個人が参加した場合と参加しなかった場合の(仮想的な)差の平均値なので、各個人別にはa1=100円、a2=80円、b1=20円、b2=0円であり、4人全体ではこの平均値の50円となって140円の過大評価となる。誤った計測値190円のうち100円はMF以前からある差、90円はMFに向いたAグループだけの所得増(average treatment effect of the treated, ATE1)である。
  MFが注目を集めた1990年代初頭においては、この誤った計測方法を用いて過大な賛辞を与えてしまう議論も少なくなかった。過大な期待を与えると、MFに向かない地域や人々にもMFを適用し、より有効な予算の使い方ができなくなって貧困削減を阻む可能性すらある。
  とはいうものの、実は正しい計測方法は物理的に不可能である。MFを受けた個人が仮に受けなかった場合の所得などデータとして存在しないし、受けなかった個人が仮に受けた場合の所得データも存在しないからである。
  このための解決策は、サンタ村のBグループに参加してもらうこと、MFのない地域からA、Bに似たグループの所得を得ることである。理想的な状況として、MFがないということ以外は、何から何までサンタ村と全く同じのバンタ村があるとしよう。すると、バンタ村の各グループの個人の所得はMF以前のサンタ村の所得と同じなので、サンタ村でMFを受けない場合の所得データを実質的に揃えることができる。MFの効果推計に際し、MFのある「トリートメント」村(ここではサンタ村)とMFのない「コントロール」村(ここではバンタ村)が必要なのも、こういう事情がある。
  ただし、この方法はサンタ村とは異なる特徴の村での効果を正しく知らせるものではない。MF機関が事業の成功しそうな村を選んで展開しているとすれば、村に関するサンプル・セレクション・バイアスが発生する。たとえば、遠隔地の村で零細事業は成功しづらいので、都市近郊の村で計測した値よりも貧困削減効果は小さいかもしれない。よって、異なる特徴の村におけるMFの効果を知るためには、MFのある村とMFのない村からさまざまな特徴の村を対で選ぶ。こうすると、どのような特徴のトリートメント村にも同じ特徴のコントロール村が対としてデータに含まれるので、特徴の異なる村ごとに効果が計測できるためである。残念ながら、この考え方に基づいてデータが集められることはまだ少ない。

マイクロファイナンスの課題


  最後に、MFの課題として最貧困層が参加していないことを指摘したい。参加しない理由は十分に知られていないが、最貧困層は収益の高い事業を始められないので参加しない、という見方がある。最貧困層は健康や教育などの人的資本に乏しく、差別によって社会参加ができず、さらには公的サービスも受けづらいので、市場で競争する条件が整っていない。このため、救援目的の福祉政策、新事業促進の技術訓練政策、社会参加のための宥和政策による対処も考えられる。仮にMFを提供するにしても、人的資本・社会関係資本やセーフティネットの増強政策、宥和政策などが同時に必要であるように思える。