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国際人権ひろば No.56(2004年07月発行号)

特集:性に対する暴力 Part1

暴力をなくすこと、「性(生)」を考えること

~内閣府「女性に対する暴力についての取り組むべき課題とその対策」について

松島 京 (まつしま きょう) 立命館大学衣笠総合研究機構 ポストドクトラルフェロー

■ はじめに


 2004年3月、内閣府男女共同参画会議「女性に対する暴力に関する専門調査会(以下調査会と略す)」は「女性に対する暴力についての取り組むべき課題とその対策」を発表した。女性に対する暴力は、女性の人権を著しく侵害する行為であり、女性に対する暴力の根絶は、男女共同参画基本計画の中でも重点目標のひとつとして設定されている。調査会は、これまで、ドメスティック・バイオレンス(DV)防止法施行に関わりDV問題を中心とした女性に対する暴力に対して検討をしてきた。今回の報告書は、DV問題に焦点を定めるのではなく、近年特に増加している、性犯罪、買春(子ども買春)、セクシュアル・ハラスメント、ストーカー行為等に着目し、これらの女性に対する暴力に対する課題とその対策とを検討したものである。この報告書の特徴および課題について述べてみたい。

■ 女性に対する暴力とは


 1993年のウィーン世界人権会議を経て「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」が国連で採択された。その後、北京世界女性会議で採択された「北京行動綱領」及び「北京宣言」により、女性に対する暴力の根絶は、官民が積極的に取り組むべき国際的な課題となった。日本では、この国際的な趨勢の下、男女共同参画基本法および基本計画を制定した。その中の重点目標のひとつとして、女性に対する暴力の根絶が掲げられている。
 女性に対する暴力は、それがどのような形態であれ、女性の人権を著しく侵害するものである。そもそも暴力とは、対象者が誰であれ決して許されるべき行為ではない。しかし、女性に対する暴力は、女性であるからこそ受けやすく且つ可視化しにくいという特質を持っている。それは、ジェンダー(社会的につくられた男らしさや女らしさ)が、社会的規範として、男女間の力の差に影響を及ぼしているからである。力の差とは、単なる身体的な力の差だけではなく、社会的(経済的)な力の差も含む。そして社会的規範が男女間の力の差を構造的なものとする。この構造により、女性に対する暴力的行為は、単なる私人間のトラブルとして捉えられ、且つ可視化しにくく矮小化される。さらに社会的な無理解や偏見は、被害者が被害を訴えることを封じてきた。
 また、女性に対する暴力は、性的な要素を根底に持つものでもある。加害者による性的な支配や搾取は、被害者の人権を強く踏みにじり、身体的にも精神的にも多大なダメージを与えることになる。性を基盤とした暴力は、いっそう人権を侵害する行為となる。それは、セクシュアリティは人が自由に持つものであり、それが人格と結び付けられて考えられていることによる。一方、セクシュアリティの持つ自由度は、性的な支配や搾取が個人の性的な自由という文脈にすりかえられて解釈されるという危険性を孕むものでもある。

■ 「課題とその対策」の論点


 調査会は、これまでにDV防止法の検討を重ね、3回にわたり報告書をまとめてきたが、今回の報告書の焦点はDV問題ではない。近年増加している、性犯罪、売買春、セクシュアル・ハラスメント、ストーカー行為等の4つに焦点を絞り、それぞれの女性に対する暴力について検討し、その課題と対策とを提案するものとなっている。それぞれの項目ごとの特徴は次の通りである。
 (1) 性犯罪
 レイプ、盗撮、痴漢等の性犯罪の増加や、女性を略取(暴行や脅迫により連れ去ること)・監禁する事件の多さを指摘した上で、加害者に対して現行法よりも重い刑罰を処するべきだとしている。また、家庭内における子どもに対する性的虐待についても言及しており、被害者である子どもが自分の被害を訴えることの困難性について指摘した上で、問題の顕在化を促すための施策の実行と子どもの保護の必要性について述べている。
 加害者への厳罰化とともに重要視されているのが、被害者への配慮とケアである。暴力や虐待を受けた被害者は、身体的にも精神的にも大きな傷を負っている。警察や裁判所や医療現場等で二次被害を受ける危険性もあるため、こうした配慮は必要である。
 (2) 売買春・子ども買春・人身取引
 売春を、性を商品化し女性の性的な人権を損なうものとして定義づけた上で、対象の多様さと問題性について言及している。具体的には、搾取を伴うもの、暴力団が介入するもの、外国人女性を対象とするもの、子どもを対象とするもの、などである。
 近年、特に子ども買春・ポルノ禁止法の違反者が増加しており、この問題に対するより積極的な対策も必要であるとしている。また、子どもによる援助交際や、出会い系サイトの利用から派生する子どもへの被害の増加、そして人身取引問題から、子どもの人権について社会的・国際的に考えることの必要性を述べている。いずれも厳罰化により、これら暴力を根絶しようとするものである。
 (3) セクシュアル・ハラスメント
 セクシュアル・ハラスメントは、雇用関係のもとでのみ発生するのではなく、あらゆる生活の場で発生するものであるとした上で、職場と教育の場とで発生するものとについて言及している。職場におけるセクシュアル・ハラスメントは、男女雇用機会均等法により啓発の徹底や相談窓口の設置などが雇用主に義務づけられているが、さらなる周知徹底が必要であるとしている。同時に、被害者への配慮とケアの必要性についても言及している。
 また、教育機関におけるセクシュアル・ハラスメント対策も必要である。セクシュアル・ハラスメントによる懲戒処分を受けた教員数は年々増加しており、こうした現状からも徹底した防止対策が必要となる。
 (4) ストーカー行為等
 ストーカー規制法は、ストーカー行為の阻止を図るために制定されたが、ストーカー行為がエスカレートし凶悪な犯罪へと発展するという事件が多発しているこうした現状をふまえ、発生の防止と被害者の保護について言及している。具体的には、当該法の存在と、それにより規制されるストーカー行為についての社会的な認知を高めることや、被害者を保護する為の関係機関等の連携を図ることなどである。
 また、DV防止法との連携を強化し、DV加害者による被害者の親族や知人等への危害を防止するために活用されることの必要性を述べている。

■ 暴力のない社会をめざして


 調査会による今回の報告書の強調点は、加害者に対する厳罰化、被害者のケアの充実、子どもに対する性的犯罪対処の推進、人身取引への国際的な観点からの対処、である。いずれも女性に対する暴力を根絶するためには、早急に取り組むべき課題である。しかし漏れ落ちた課題もある。
 ひとつは、女性に対する暴力を一括して議論をすることの限界点である。女性に対する暴力の共通点は、ジェンダーによる構造的な性質を持つ、性を基盤とした搾取や支配の形態ということである。しかし、家庭内での暴力や虐待、セクシュアル・ハラスメント、ストーカー行為等は、関係性の問題としても捉える必要がある。それらの暴力は突発的に発生するものではなく、人間関係上のやりとりの上に築かれた二者関係のひずみが暴力や虐待というかたちで顕在化したものとして捉えるということである。だからこそ、問題は発露しにくく介入も困難なのである。また、性そのものを一括してしまうことは、人の多様性を否定しセクシュアル・マイノリティへの暴力を見過ごすことにもなる。
 もうひとつは、問題の対処方法を加害者に対する厳罰化に依拠することの限界点である。加害者に対する厳罰化は、その問題の深刻さを社会的に認知させ犯罪を抑止する効果を持つ。しかし、暴力を防止することを考えるならば、女性に対する暴力の持つ特性を理解し、それがなぜ問題とされるのかということも同時に考えていかなければ、根本的な解決にはならない。
 報告書ではその手だてとして「女性自身が女性に対する暴力について認識」することを促しているが、女性だけではなく社会全体で認識すべきことのはずである。そのためには、暴力の問題性について考えると同時に、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」、「セクシュアル・ヘルス/ライツ」についても考える必要がある。それは、性にまつわる事柄を有害なものとして規制し排除するのではなく、性の多様性や自己決定権なども併せて、人とのつながりとして、性と生殖に関する健康と権利について社会全体で考えるということである。そのためには、このような社会環境の構築が必要となるだろう。

編集注 国際文書などでの英語表記は人身の "trafficking"であるが、日本語では「取引」とも「売買」ともいわれる。