MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.53(2004年01月発行号)
  5. 遺伝資源利用と伝統的知識の保護をめぐる企業の社会的責任

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.53(2004年01月発行号)

遺伝資源利用と伝統的知識の保護をめぐる企業の社会的責任

 ヒューライツ大阪では、03年10月30日に、(株)ノルド社会環境研究所の研究員である薗巳晴(その みはる)さんを講師に招いて「遺伝資源利用と伝統的知識の保護をめぐる企業の社会的責任」をテーマに研究会を開催しました。薗さんの報告要旨を以下の通り紹介します。

1.遺伝資源の利用と伝統的知識の保護


(1)生物多様性条約
 遺伝資源の利用と伝統的知識の保護について、重要な国際的議論の場を形作っているのが1992年にリオの地球サミットで採択された生物多様性条約(以下CBD)。一般的にリオ宣言や気候変動枠組条約の蔭に隠れがちだが、CBDは、単なる自然保護条約ではなく、分野的広がりとしては、経済問題、食糧問題、社会問題などと密接に関連している。
 CBDの目的は、生物多様性の保全、持続可能な利用、利益の公正かつ衡平な配分の3点で、特に、遺伝資源アクセス、技術移転、資金供与を通じて実現しようとするもの。注意するべきはCBDが、諸刃の条約であるということ。つまり、生物多様性の保全にインセンティブを付加するため経済的メカニズムを採用するという、経済的誘導による環境保護条約を目指したゆえに、国を主体とする条約交渉の中で手段が目的化し、「利益配分」が前面に押し出され、遺伝資源確保による利益配分条約の性質を有する。

(2)遺伝資源アクセスと利益配分
 CBDにおいて、遺伝資源アクセス・利用の問題は、「自国資源に対する主権的権利」「事前の情報に基づく資源提供国の同意」「資源提供国との利益の公正かつ衡平な配分」について規定される。技術移転と知的財産権についても、技術移転の円滑化、移転の際の知的財産権の保護が規定される。
 遺伝資源の提供国と利用国とを考えると、大雑把にわけると遺伝資源の多い途上国が提供国となり先進国が利用国となる。単純化すれば、先進国側は、資源に自由にアクセスでき、技術アクセスは制限したい。一方で、途上国側は、資源アクセスを制限し、技術に自由にアクセスしたいという基本的なニーズがある。そして、CBDではそれぞれの主張を取り込んだ妥協的規定となっている。遺伝資源アクセスや利益配分の条件については相互に合意する条件で行うこととされ、具体的には国際交渉と国家実行によって決めることになる。

(3)遺伝資源アクセス問題と伝統的知識の保護
 先住民・地域社会にとっての遺伝資源や伝統的知識は、リオ宣言22原則やCBD前文にあるように、本来、先住民・地域社会の権利と環境問題のリンクとして扱われ、権利保護の観点から8条(j)号が書かれている。CBD8条(j)では、生物多様性の保全や地域社会の保全のためにはまさに土地や資源と一体となって暮らしていた先住民や地域社会の参加と保全慣行の適用促進が必要であり、そしてその権利保護と保全などを促進するために、利益還元をしていかなければならないという観点に立っている。その理念的なところは失われていないが、CBDで遺伝資源アクセス問題が前面にでてきて、8条(j)の伝統的知識の保護も遺伝資源アクセスの要件へとニュアンスが変化してしまった。
 つまり、8条(j)は、先住民社会の権利保護のために経済的インセンティブを高めようという文脈であったのが、途上国側による遺伝資源アクセスの規制の一環としての制度という文脈に置き換わり、アクセス前の先住民・地域社会の同意、先住民・地域社会の知的財産権の特別の保護制度による「利益配分の媒介」「遺伝資源存在の明確化」「遺伝資源への知識という価値付加」の意味合いになっている。そして、先住民・地域社会の参加による伝統的知識の適用促進についても、そのような意味での国際的な制度枠組み作りへの先住民や地域社会の参加というニュアンスに変質している。

2.遺伝資源の利用と企業の社会的責任(CSR)


(1)ボンガイドライン
 ボンガイドラインとは、2002年4月にCOP6で採択された指針であり、国内措置、各国間の協定、企業が遺伝資源や伝統的知識にアクセスする際の契約など、法的には非拘束であるが、各方面への自発性をもとめる指針である。その中に遺伝資源アクセス時の伝統的知識への配慮、先住民・地域社会の事前同意、利益配分についても規定されている。ガイドライン採択は、先進国と途上国の妥協の産物で、利用者側(国のほか企業、業界も)措置の形態として自主規制、認証、法的規制などがありうるが、途上国側はガイドラインでは安心できないので議定書化を求めている。

(2)遺伝資源の利用と「企業の社会的責任(CSR)」
 「企業の社会的責任(CSR)」の観点から遺伝資源利用を考えると、一義的には、例えばボンガイドラインを参照しながら、遺伝資源のアクセス・利用の際に伝統的知識の保護や利益配分を行うことで責任ある行動をとることである。しかし利用者側措置(特に自主規制)へもたらす意味合いが何であるかを考えると、遺伝資源アクセスに際しての指針や考慮すべき項目というより、より積極的なステークホルダーとの良好な状態の確保であり、また、遺伝資源アクセス問題というより、遺伝資源アクセスを伴う活動を通じて、どのような状態を築くのかという問題である。つまり、ボンガイドラインの規定にあるようなものは、アクセス条件というよりも、アクセスして何をするかの道しるべにすぎない。

3.CSRとしての先住民・地域社会の権利配慮


 CSRとは何か。基本的に企業の差異づけのバリエーションと考えるが、企業が一体何者として振舞うかを考える問題であると言い換えられる。企業自らが他者による規定を伴って存立していると認識すること、そして規範を守るのではなく、規範を乗り越えて自ら創造していくことが必要だ。
 CSRは実は新しい問題ではないが、企業とステークホルダーなどといった関係性の重視、諸問題のリンクの総合的包括的認識、単なる規範遵守から実質的な良好状態の確保といった含意があると言える。これらは、重要な観点だが、議論の宙吊り化、変質、錯覚といった危険性もあることに注意することは重要である。
 結局シンプルな結論になるが、先住民・地域社会の権利配慮とは、先住民、地域社会とともに何をやっていくかを企業自ら考えることでしかない。そのための企業の選択能力性を問題化することが重要であると考える。CSRに関する指針や指標が「遵守」されるべき「規範」と化し、CSR気分にくるまれることが一番危険である。企業は、先住民や地域社会、その他のアクターとの役割の交換可能性を考えて、いかに「社会的責任を果たす」ことが可能なのかを不断に考え続ける必要がある。

(構成:野澤萌子・ヒューライツ大阪研究員)