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国際人権ひろば No.49(2003年05月発行号)

特集1・国際的な民主主義と人間の安全保障を考えるPart 1

国際政治からイラク攻撃を検証する

初瀬 龍平 (はつせ りゅうへい) 京都女子大学教授・ヒューライツ大阪企画運営委員

 米英軍は、30万人の兵士と、3万7千回の空爆、2万3千発の精密誘導爆弾、750発のミサイルをもって、イラクを攻撃した。攻撃は、3月20日に始まり、米軍は4月9日に首都バクダットを制圧した。イラク側の犠牲者は兵士1万人、市民2千人で、米英軍の犠牲者は159人であった(朝日新聞4月21日)。米英軍の軍事的優位を支えたのは、制空権の圧倒的優位、精密誘導兵器の目標限定攻撃、および強力な爆撃・破壊力であった。この結果、イラクのサダム・フセイン政権は消滅した。政府要人はどこかに消えてしまった。
 米英のイラク攻撃の目的は、はじめはイラクに、その大量破壊兵器(化学兵器、生物兵器、核兵器、長距離ミサイル)を廃棄させることにあった。しかし、次第に目的は、抑圧的なフセイン政権そのものを排除することに移行した。米英が、国連の同意なしにイラクへ軍事攻撃を開始したとき、その関心は、大量破壊兵器の存在の検証よりも、フセイン政権の崩壊の実現にあった。戦争終結後、大量破壊兵器の検証は、あまり問題とされていない。

■ 内政不干渉の原則


 近代国際政治では、外国で、どのような政治が行われていても、その国の内政に干渉しないのが、基本原則である。しかし、今回の戦争で、米英は正面から「内政不干渉の原則」を無視した。米英は、イラクの内政に干渉し、その政府を軍事的に打倒することを、まったく当然とした。そこには、イラクの反政府グループから軍事介入の要請があった、という弁明もなかった。これまでにも、他国に内政干渉するのは、大国の特権であった。しかし、これまでは、内政干渉は、隠然として行われるか、あるいは当事国からの要請という見せかけのもとに行われた。
 今回の米英は、公然と内政干渉をしている。これが、これまでとの大きな違いである。国際政治は、まったく新しい時代に入っている。
 従来、「内政不干渉の原則」が尊重されてきたのには、それなりの理由があった。第1に、これまで相手国の政府・軍事関係者を国民から切り離して、軍事攻撃の目標とする軍事技術がなかった。第2に、相手国に軍事介入した場合、最後の結果はどうであれ、介入する軍の兵士に、かなりの犠牲者が出ていた。第3に、内政干渉をすれば、相手国の国民の反感を買うことになった。これは、相手国のナショナリズムとの問題である。第4に、内政干渉をして、自分たちの好まない政権を打倒できても、その後に好みの政権を樹立できる見通しは、立ちにくかった。

■ 内政への軍事介入


 イラク攻撃についていえば、上記の第1点は、これまでとまったく違う展開となった。米英軍は、この軍事能力をもっていた。第2点についても、米英軍は、自国の兵士の犠牲者を極端に少なくする軍事技術をもつようになった。第3点は、微妙である。米英軍に対して、イラク国民から積極的支持も積極的反対もないようである。第4点は、現状で、まったく不透明である。フセイン政権とバース党がなくなれば、すべてのイラク人が集結できる国民的統合が、急速に出来上がるのであろうか。南にシーア派、北にクルド人が分離している状況であるから、介入側は、国民統合までを実現しなければならない。介入された側が分裂していれば、介入側は、国民統合を目指すか、あるいは分割支配でいくか、である。分割支配となると、それは、かつての植民地統治の常套手段である。
 米国は、日本占領の経験をもって、自らの好みの政権を導入できる例と考えている。しかし、米国は、たとえば、かつて韓国で李承晩大統領に手を焼き、南ベトナムでゴ・ジンジェム大統領に手を焼いてきた。米国は本当に、サダム・フセイン政権が抑圧的であるから、これを排除したのか。それとも、フセイン政権が米国の思い通りにならないから、これを排除したのか。答えは、後者であろう。イランと戦うフセインを支援したのは、米国であったことは、周知の事実である。そのとき、米国にとっての最大の敵は、ホメイニ師のイランであった。このように、敵の敵は味方という戦略は、これからも続くであろう。
 今回のイラク攻撃は、イラク以外の第3国に対して、政治的効果をもっている。多くの国は、外交戦略として、勝ち馬(米国)に乗る、という方針を取っている。「悪の枢軸」とされた国でも、米国を刺激しないようにとの配慮が、働くであろう。あるいは、外交でもっと慎重になるであろう。
 しかし、かえって、対米対決の姿勢を強める国もあるかもしれない。大量破壊兵器をもつ国が、国際社会がなんと言おうと、大量破壊兵器を保持し続ける可能性は、否定できない。それは、あらかじめ大量破壊兵器を、武装解除させられると、使えなくなるからである。攻めこんでくる外国軍に対して、自国の領土内で大量破壊兵器を使えば、どうなるのか。無数の自国民を殺すことになるであろう。しかし、「侵攻」軍に壊滅的打撃を与えることも、間違いない。究極的に自国民を抑圧する政権であれば、この究極の手段を取るかもしれない。フセイン政権も、そこまでのことはしなかった。

■ 米国の世界支配


 米国は,世界を直接に支配しようとしている。米国は、かつて国内で先住民を抹殺し、中南米で反米勢力を抹消してきたと、同じことを世界大で展開しようとしている。米国は、包括的核実験禁止条約(CTBT)、対人地雷禁止条約、京都議定書、国際刑事裁判所などに反対し、自国を核兵器や弾道弾迎撃ミサイル(ABM)で守ろうとし、大量破壊兵器を大量にもっている。戦争は、自衛のためのものではなく、世界支配のためである。その戦略が先制攻撃である。しかし、現在、世界中のどの国も、米国の本土に対して、本格的に軍事攻撃を加えて、米国の先制攻撃を阻止することはできない。
 米国が自制することがあるとすれば,それは、米軍の犠牲者が一定の域を越えたときである。イラク攻撃で、攻撃側は、ほとんど犠牲者を出さないで、侵攻した。そのうえ、かなりの誤爆があるにせよ、軍事目標に爆撃の対象を一応限定できた。このようなことは、近代の軍事戦略では、ありえないことであった。ベトナム戦争の犠牲者は、ベトナム側が戦死傷者300万人(これ以外に市民の犠牲者400万人)、米国側は戦死者5万8千人、戦傷者30万人であったが、米国民にとって、自国の5万8千人の犠牲者は、耐えられなかった。都市でゲリラ戦が展開されなかったのは、今回の戦争で救いであった。ブッシュは煽り、フセインは煽った。しかし、戦争で死ぬのは、両方の側で一般兵士であり、攻められる側の一般市民である。

■ 米国とイラクの民主化


 米国の軍事行動を止めるには、非軍事的な方法しかない。イラク戦争に対しても、欧米と中東で広範な反戦運動が展開された。米国は、軍事的に他の追随を許さないとしても、国際社会のすべての側面を支配している訳ではない。各国を民主化し、国際機構を民主化することで、米国の行動の自由を押さえこむ可能性は、残っている。さらに、ブッシュ大統領は、一応選挙で選ばれた大統領であり、次の選挙で国民の審判を受けることになる。現在の時点で、ブッシュ人気は高い。しかし、米国の世論が、国際的民主主義の方向に揺れ動く可能性がないとはいえない。
 最後に残る問題は、イラクの民主化である。米英軍のイラク攻撃がなかったなら、いまでもフセイン政権は、抑圧的なまま、存続している。しかし、イラク攻撃後に生まれてくる暫定統治機構から、民主化が進展するとも思われない。イラク人のなかから、国民統合を実現し、民主化を進める勢力は、どのように出現するのであろうか。イラクが民主化するとすれば、それは、イラク人自身から生まれる以外に、可能性はない。それには、数年、数十年かかるかもしれない。残念ながら、この問題について、即効薬はない。

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