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国際人権ひろば No.43(2002年05月発行号)

Human Interview

「多文化共生」はこれからの日本にとって「生き残る方法」

松尾 カニタさん
FM CO・CO・LOプログラム・スタッフ

プロフィール:

 タイのバンコク市出身。タマサート大学政治学部卒業後、慶応大学大学院法学研究科修士課程・博士課程を修了。京都大学東南アジア研究センターの研究助手を経て、FM CO・CO・LOプログラム・スタッフに。現在、ジャーナリストとして国や関西地区の自治体の人権問題や街づくり関連などの数多くの委員会の委員を務め、多方面で活躍。在日22年。

 ヒューライツ大阪と大阪府、大阪市の3者で2001年12月12日にクレオ大阪中央で開催したイベント『国際人権を考えるつどい~世界と私をつなぐキーワード』のなかの座談会「世界の中の一人、と感じるとき」のパネリストも務めていただいた。

聞き手:前川 実(ヒューライツ大阪総括研究員)

前川 実: 松尾カニタさんとは、ずうっと以前からボランティア活動などで親しくさせていただいているのですが、今年からヒューライツ大阪の企画運営委員に就任していただけることになり、とても喜んでいます。そこで紙面を一新した『国際人権ひろば』のインタビュー欄にさっそく登場いただこうと考えた次第です。まず、FM CO・CO・LOに勤めるようになったいきさつを話してください。

松尾 カニタ: 「アジアの言語を使った新しいFM局を開局する」。そんな見出しを使った小さな記事が、日本経済新聞に掲載されました。もうかれこれ7年前の話になりますが...

 「タイ語がなければつくってもらおう」。そんな思いで勝手に履歴書を送りました。以来、CO・CO・LOでしゃべり手として、仕事をしています。

前川: FM CO・CO・LOは、95年11月に大阪で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力)閣僚会議を前にして開局されたと聞いていますが。

カニタ: その前から検討されていました。その年の1月に、阪神淡路大震災が起きたこともあったので、計画が急遽具体化されるようになったと聞いています。開局のタイミングは、確かにAPECに間に合うようにというのが大きかったようですね。

 私は学生時代にNHKの「ラジオ・ジャパン」の放送に携わっていました。マイクに向かってしゃべればいいんだと思ってCO・CO・LOのスタジオに入ったら、とんでもない。番組でしゃべるどころか、取材から収録、編集などとにかく全部、自分たちでやらなければなりませんでした。話すだけでも難しいのに、タイマーで時間も計りながらなんて、もう焦ってしまいましたね(笑)。APEC 直前の95年10月のことでした。最初の半年は、これが放送局なのかといった感じで、てんやわんやの状態でした。

前川: 15カ国もの国別番組があるんですね。

カニタ: 当初、言語別か国別かのどちらにしようかという話があったのですが、APECにちなんで国別の番組作りをしようということに落ち着きました。結果論でいえば、それぞれの特徴を出せるということで、国別でよかったと思います。例えばペルー、メキシコ、チリなどの南米諸国は、スペイン語圏で同じようにみられがちですが、それぞれ異なる文化があります。

前川: FM CO・CO・LOの番組作りは、阪神淡路大震災後の教訓や対応を明確に意識していると思いますが。

カニタ: 震災後5年間くらいは、とりわけ1月17日前後には、震災特番やそれぞれの言葉で地震に備えてどうすればいいかなどを特集してきました。近年は、地震対策だけでなく、ふだんから外国人が欲している生活情報を流しています。

前川: 例えばどんな情報でしょうか。

カニタ: 各番組では毎回、学校、出産、年金、賃貸契約、DV防止法などの共通テーマによる日本で必要な生活情報や、その国および日本のニュースなどを各国語で伝えています。最近、ペイオフに関する情報を提供しました。

 また、昨年9月のアメリカでの同時多発テロ事件や、その前の1月のインド西部大地震など、番組の対象国で緊急事態が発生した時、その国の言語ができるスタッフが特別に態勢を組んで緊急放送をしたりしています。

前川: 日本人のリスナーの反応はどうですか。

カニタ: リスナーの7割は日本人。タイの番組は、滞在や旅行に行ってタイのとりこになり、たまたまFM CO・CO・LOを聞いて気に入っていただいたという人が多いようです。

 音楽を流すだけでも、リスナーにとっては家にいながら、その国の言葉や音楽、雰囲気など、いわば異文化に慣れ親しんでいただけるかなと思っています。

 最近、街を歩いた時、タイ語をしゃべっていても、周りの人から変な顔でみられなくなりました。「タイ語ですか?」と尋ねられることもあるほどです。

 FM CO・CO・LOは、日本にいて異国の文化を味わうことのできる媒体だと思います。型にはまらない生活、考え方がごく自然であるアジアなどは、とくに日本の若い世代にとっては、魅力のようですね。これをいい加減な生活だと言ってしまえばもともこもないけれど、ステレオタイプではない、ありのままの自分が認められる雰囲気に、きっとリスナーの皆さんが、とても興味を持ってくれているのではないでしょうか。

前川: FM CO・CO・LOは、多文化共生社会の推進に一役買っていると思いますが、その実現のために日本社会で何がいま求められていると思いますか。

カニタ: ああでもない、こうでもないという議論はもう時間切れだと思います。単純労働者も含めて徐々に受け入れの体制を具体化していくことですね。ハード・ソフト両面で。例えば、住環境から働く場、法整備などなどすべての面で。

 違う文化を持つ人が集まれば、コミュニケーションをするのに一生懸命努力しなければならないと思うのです。一言や二言ではとてもわからないことだらけでしょう。コミュニケーションを重ねていくなかで、分かり合うと同時に、創造力や新しい発想が生まれてくるものだと信じています。そして、新しい発想や商品、普遍性の備わった考え方や文化も生まれてくるはずです。

 「多文化共生社会」の実現はこれからの日本にとって「生き残る方法」だと思っています。FM CO・CO・LOで生活情報を流すのは当分続くでしょうが、そのうち日本人も外国人も同じような情報でよくなればいいんですね。でも、現実はまだまだです。4月になれば子どもをどうやって学校に入学させればいいのか、外国人は戸惑ってしまうという状態です。

前川: 在日タイ人など在日外国人の日本社会との関わりについてどうみていますか。

カニタ: 「日本のここがいけない」とかいう外国人はたくさんいます。私も、日本人にはなれないし、ならないけれど、私のように長く住んでいると、胸を張って「〇〇町の地域住民」だと思っています。だから、ただ批判しっぱなしでは終わってはいけないと思います。

 いつまでたっても「ゲスト」であり続けるのではなく、企画段階から、実行段階に参加させていただき、失敗すればいっしょに責任もとる、いわば「ホスト」にならないといけないでしょう。そう思っている外国人は増えていると思います。私は、幸いにもここ数年そういう機会を得ていますが、そのような場が提供されずにいる外国人は多いはずです。国籍が違っていても、自分たちが住む地域が良くなることを願わない人はいないと思いますが...

前川: 今後の抱負を聞かせてください。

カニタ: 私は、FM CO・CO・LOの番組作りに関わってもう7年目となりました。正直言ってマンネリ化したと自覚するときもあります。けれども、辞めたいと思ったことはありません。日本人だけではなく、タイ人そして本国に向けても情報を発信していることは、長年日本に暮らしているからこそ、しないといけないこと。そして、とても大切なことのように感じています。FM CO・CO・LOが存在する限り、おばあさんになっても続けていきたいですね。

(構成:藤本伸樹・ヒューライツ大阪研究員)