MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.39(2001年09月発行号)
  5. 社会権規約からみた被災と女性の人権~日本政府報告書審査に向けたNGOレポートから

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.39(2001年09月発行号)

国連ウォッチ

社会権規約からみた被災と女性の人権~日本政府報告書審査に向けたNGOレポートから

もりき かずみ
ひょうご国際人権問題研究会

私たちの人権保障を国際人権法で

 日本には基本的人権を守る憲法がある。ところがこの基本的人権の解釈をめぐって意見の対立があり、「合理的な理由」を理由に差別が正当化されたりする場合がある。参政権を例に取れば、1946年までは「女性の無能力」を理由に参政権が認められなかった。現在、日本に永住している外国人には「外国籍」という「合理的理由」で選挙権が認められていない。しかし、この様な「合理的な理由」は、国内法や日本の社会的慣習や時代の制約におのずと左右されるため、普遍的な基準ではありえないのである。国家が「合理的な理由」を掲げて引き起こした戦争は多大な人権侵害をもたらし、犯された人権がいまだに回復されていない現実を私たちは目の当たりにする。

 国内レベルの人権保障では不十分であるという教訓から、国際社会で人権保障が検討され、国連において世界人権宣言や、人権規約をはじめ種々の人権条約(国際人権法)が採択されるに至った。日本政府は、1979年6月21日に国際人権規約(自由権規約と社会権規約)を批准し、効力が発生している。憲法では日本が締結した条約や国際法規については誠実に守ることが規定され、国際人権法は国家の意思を拘束する上位規範だという意見さえある。特に主要な国際人権法には、締約国の実施状況を定期的に報告する「報告の義務」が規定されており、その報告内容が条約委員会で審査される。

政府報告書とNGOレポート

 今年の8月21日、ジュネーブの国連社会権規約委員会において、国際人権規約の一つ、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約あるいはA規約)」について日本政府の履行状況が審査される。その判断資料として、政府は、第2回報告書(1998年)、およびそれを受けて社会権規約委員会から出された質問事項に対する政府回答(2001年)を提出しているが、日本のNGOが提出したカウンターレポートやその他の情報も貴重な参考資料とされる。

 もう一つの国際人権規約である「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約あるいはB規約)」のほうは、1998年に自由権規約委員会で日本政府の第4回報告書に対する審査が行われ、その審査に基づいて勧告(最終見解)が出された。つまり、日本の人権状況が国際レベルで審議され、チェックされているのである。今回、兵庫のNGOとして「ひょうご国際人権問題研究会」は、社会権規約委員会にレポートを提出した。本稿では地域の人権が国際人権法で守られる可能性について考えてみたい。

「ひょうご人権問題研究会」のたちあげ

 多大な犠牲者を出した阪神淡路大震災を経験した兵庫県神戸で、国際人権法を根付かせ、地域の人権から世界の人権問題まで幅広く取り組んでいこうと、2000年12月に「ひょうご国際人権問題研究会」が市民によって設立された。この背景には、国際人権法という有効な手段を持ちながら、法律の専門家でさえも関心が薄く、十分活用されていない実態があり、国連の人権委員会などから政府に勧告が出されてもなかなか実施に至らないということがあった。また、被災地では震災後も孤独死が相次ぎ、未だに復興から取り残された人々がその不満のやり場を失っている現実がある。

 そのような地域の人権課題を解決するために、「ひょうご国際人権問題研究会」のはじめての取り組みが、社会権規約委員会にレポートを提出することだった。社会権規約委員会は、日本政府に対する質問事項のなかで、社会権規約第11条「相当な生活水準への権利」に関して「阪神淡路大震災の被災者の復興のため日本政府がとった措置に関する情報を提供されたい」と情報提供を求めていた。これに対する政府の回答では、6ページにわたって支援策が述べられていたが、被災地で今も取り残されている問題についての報告はなかった。「ひょうご人権問題研究会」は、被災した社会的弱者(被差別部落住民、老人、貧困家庭など)の居住権、生活権の問題、被災者自立支援金制度の世帯主条項による女性差別、緊急医療から外された外国人についてレポートを作成し、委員会に提出した。

「被災者自立支金」の世帯主条項

 これらの問題はよく言われるように、日本社会の現実を反映したもので震災時の特殊な問題ではけっしてない。私が関わったレポートでは、「被災者自立支援金」の世帯主条項を問題にしているが、社会保障が家族単位であるために女性の自立を阻む結果になっていることは、多くのところで指摘されている。支援金制度のこの規定は、既婚世帯の9割以上が男性世帯主であるなかで、女性が対象から排除され、女性に対する間接的な差別を作りだしている。

 支援金制度とは、被災者には公的支援がなく、自助努力による生活再建が非常に困難であるなかで、1998年に制定された「被災者生活再建支援法」に基づき兵庫県が「被災者自立支援金」制度を定め、被災市町に業務を委託したものである。

 ところが、「被災者生活再建支援法」は、支援金支給対象を被災世帯の「世帯主」とし、兵庫県および神戸市の「被災者自立支援金」の場合は、さらに「世帯主」が「被災していること」という条件を付け加えた。その結果、受給資格者は被災者個人ではなく、被災した世帯主(家族の生計維持者)と限定されてしまった。

 そうしたなか、被災した当時は仕事を持ち、独身で世帯主であったものの、その後結婚したため世帯主でなくなったということを「合理的な理由」に、神戸市から支援金支給申請を拒否された女性がいた。現在の日本社会では女性が仕事を得ることが難しく、家父長制の影響から男性世帯主が当たり前とされる中で、このような措置は不当であるとして、当事者のひとりが1999年8月神戸地方裁判所に訴えた。2001年4月の判決では、この世帯主被災条項は憲法の平等原則、公序良俗に違反し、無効であると判断され勝訴した。ところが、支給する側の「阪神・淡路大震災復興基金」がこの判決を不服として控訴し、結論は持ち越されてしまった。

 「自立支援金」における世帯主条項を社会権規約の条文に照らしてみれば、社会権規約2条2項「性の平等」、3条「男女の権利の平等」及び、9条「社会保障に関するすべての者の権利」について反するのではないかと思われる。日本政府の報告書には自立支援金制度の設立についての言及はあるが、この制度を利用できない被災者が存在し、しかも女性に対する間接差別であるという疑いについては全く触れられていない。そうした事情について「ひょうご国際人権問題研究会」からNGOレポートを社会権規約委員会に提出した。このようにして、日本政府を審査する委員たちは政府報告以外に詳細な情報を得ることができるのである。

社会権規約委員リーデル氏の来日

 社会権規約委員であるアイデ・リーデル教授が今年7月に来日されたとき、神戸の被災地を訪れ、実際に被災者やNGOの訴えを聞かれた。社会権規約委員会は、様々な分野の専門家で国籍も違う18人の委員によって構成されている。社会権規約に批准・加入している国は148カ国に及び、各締約国は5年に一度の報告義務がある。委員たちの仕事は膨大なものになるにちがいないが、最終的には締約国に対して勧告(最終見解)が出される。ジュネーブにおいて、8月13日に日本のNGOによる委員に対するプレゼンテーションが行われ、21日の審査ではNGOも傍聴できる。

 国家に対して「即時的義務」を課している自由権規約に比べると、社会権規約は、「漸進的実現義務」、つまり努力義務を課す程度のものとして軽視されてきたと言われる。しかし、このように社会権規約を不可欠な人権としてとらえない一般的風潮に対して、リーデル教授は社会権規約の重要性を指摘し、「自由権と社会権はいずれも、1948年の世界人権宣言では同じレベルで語られているように、不可分のものとして考えなければならない」と強調された。8月の終わり頃に出される勧告が日本の人権状況の改善に役立つものとなるように、ジュネーブでは日本のNGOが委員たちへ熱い思いを伝えることになる。

(2001年8月15日記)