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国際人権ひろば No.36(2001年03月発行号)

ヒューライツメッセージ

2000年度市民セミナー報告「大切に育てたい、アジアと日本の人権文化~人権文化をはぐくむ教育を~」

事務局

 人権文化の土壌、そこに種をまき、水や肥やしを与え花を咲かせ、大切に育てるためには、教育は大きな力となり希望を与えるものになるはず。
 今年度のヒューライツ大阪市民セミナーは「大切に育てたい、アジアと日本の人権文化~人権文化をはぐくむ教育を~」をテーマに、アジアと日本における人権文化をはぐくむ教育について参加者のみなさんとともに考える取り組みとして三回シリーズで行いました。

 第一回目は2000年11月25日、「厚仁の信じたもの、追い求めたもの、そして残していったもの~カンボジア・平和を希求する心を伝える小学校~」と題して、国連ボランティア名誉大使の中田武仁さんにお話いただきました。1993年、国連ボランティアとしてカンボジアで選挙支援の任務遂行中に殉職した愛息・厚仁さんの遺志を引きつぎ、中田さんは32年にわたる貿易商社での仕事を退職し自らも国際ボランティアの活動とその支援活動を始めます。お話では厚仁さんの誕生時の思い出、海外生活を送った子ども時代、アウシュビッツを訪れた機会、国際関係を学んだ学生時代、国際貢献の現場で関わる決意してカンボジアへ旅立った息子の青年時代を振り返りました。そして、厚仁さんの死の知らせを聞いたときの悲しみ、自らボランティア活動に関わる決意に至るまでの過程、息子のたどった道、考えを知っていく過程などを語られました。厚仁さんの活動したカンボジアの村では、彼の精神を尊び伝えようと地元の人々によってナカタアツヒト村がつくられ、そして彼を記念する学校が建設されました。中田さんはボランティア支援の活動の中で今後も厚仁さんの精神を広めていきたいと語りました。

(参照:ニュースレター第33号、肌で感じたアジア・太平洋)

 第二回目は、2000年12月9日、「体を使って教育を考えよう~フィリピンの演劇ワークショップを用いて~」と題して、大阪府立松原高校の山口裕子先生に進めていただきました。山口さんはフィリピンの演劇を用いた参加型のワークショップと出会って衝撃を受け、以来それらを自らの学校での教育実践に取り入れています。演劇での体をつかった表現、自らの経験や想像力による表現、集団での創造、その中で一人ひとりが力づけられ、力を引き出されていく参加型学習。セミナーでは実際にいくつかのアクティビティ(歌やゲームやグループでの表現など)を参加者自身が共に取り組み、また、アクティビティの合間には演劇ワークショップの手順や理論などの説明も加えられました。参加型学習を取り入れた人権学習という視点でも示唆を与えられるものとなりました。

(参照:ニュースレター第34号、コラム・人権教育)

 第三回目は2001年1月20日、「チベットからのメッセージ~すべての人が幸せに」と題してバイマーヤンジンさんにお話いただきました。バイマーヤンジンさんは苦学の末、中国国立四川音楽大学に入学、1994年、日本人との結婚を機に来日して以来、声楽家として活躍する傍ら、学校訪問やイベント、講演などでチベットの文化、習慣を積極的に紹介しているほか、チベットでの学校建設の運動も進めています。お話では、チベットでの暮らし、日本との習慣や住環境の違いをユーモアいっぱいに語っていただきました。そして、数少ないチベット人として入学した大学でクラスメートから受けたいじめ、チベット人への偏見や差別に対してどう考え、どう行動してきたか、体験を語るとともに、日本の子どもたち、学校や教育についての思いや願いを、チベットでのそれらと対照させながら話されました。文化や習慣の違いはある、違って当たり前、違うからこそおもしろい、違いを越えて人間の気持ちは通じるはずだというメッセージを最後に強調されました。 また、途中には歌も披露していただきました。

(参照:ニュースレター第34号、ヒューマンインタビュー)