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国際人権ひろば No.35(2001年01月発行号)

人権の潮流

インターネット

情報技術と人権~功と罪

北口 末広(きたぐち すえひろ)
近畿大学教授

はじめに

 情報に関連するテクノロジーは、過去において予想もつかないような変革の口火を切ってきた。 それは今日においても同じである。 情報化にともなう社会の急速な変化によって世界観が変わり、世界観の変化がさらに情報環境を変え、ますます世界観も変わるということが起こっている。
 今日、電子工学・情報工学の急速な進歩とともに情報化社会が加速し、10年前には語られることもなかったインターネットが国際社会に大きな影響を与えている。
 これまでの機械工学による技術革新が人間の肉体的能力を限りなく増幅してきたように電子工学・情報工学を中心とする飛躍的な技術革新が情報革命をもたらし、人間の知的能力や意識を限りなく増幅しようとしている。 機械文明の最大のマイナスの一つが戦争であり、もう一つが交通事故である。 情報文明も同じようなマイナスを持つ。
 インターネットをはじめとする情報の社会的基盤が整備されることによって、多方面でコストと時間が驚異的なまでに圧縮されようとしている中で、その功罪が社会に大きなインパクトを与えている。 その「罪」の重要な一つが差別扇動等の人権侵害である。 これらの「罪」を克服し、「功」の面を推進するためにも電子空間内で発生している人権侵害に対して、電子空間内外での法的、技術的、社会的、教育的な取り組みが必要であるとともに、国際化、ボーダーレス化する人権侵害に対応した国際人権保障システムが求められている。

インターネットの消極面・積極面

 インターネットの特色は、時間的・地理的無制約性、不特定多数性であり、匿名性や無証跡性である。また、情報発信や複製・再利用の容易性であり、場所の不要性等である。

 こうした特性を縦横に利用したインターネット環境下の人権侵害に対しては、現実空間を前提としたこれまでの取り組み方では不十分であり、これらの特性をふまえた新たな取り組み方が求められている。

 また、広範性や不特定多数性を持つインターネットの特性は、個人がマスメデイア的機能を持つにもかかわらず、責任ある管理者がいないということである。そのことがインターネットの重要な積極面であることは言うまでもないが、インターネット上の人権侵害に対する取り組みを難しくしている大きな原因でもある。

 情報武装した差別的な個人が、情報機器を使って、差別煽動していることをどのように防止するかは今後の人権侵害・差別事件に対する取り組みの根本をなすといえる。

 一方、インターネットは人権の伸長や人権侵害を克服する取り組みを展開する上で積極的な役割も果たす。先に述べたインターネットの特色は、それを積極的な方向で活用すれば人権侵害克服に向けた取り組みの幅を大きく広げる。

インターネット上の人権侵害事件の特徴

 まず第一に、匿名性が保証されている現在では、差別表現・差別煽動の内容に抑制的意識が働かず、ストレートな表現で過激で悪質なものになり、再犯性が高まっている。

 第二に、国際性を持っていることによって、情報発信のサイトが国外である場合も存在し、これまでの人権侵害のように国内だけの取り組みではほとんど効果がなく、法的には司法管轄権の問題も発生している。それだけではなく、即時性が加わることによって、人権侵害に対する取り組みにこれまで以上のスピードが求められる事態になっている。

 第三に、複製・再利用の容易性が集積性を生み出し、差別表現・差別煽動が大量なものになってきている。

 第四に、不特定多数性、広範性によって多くの人に見てもらえるということで、単なる差別表現ではなく、差別煽動性が高まっている。それに双方向性が重なることによって差別討論が激化し、より一層差別意識を深化させた内容になっているものも見られる。

 第五に、今後より重要になってくる問題であるが、マスメディア性や動画性、ゲーム性が進化することによって、動画やゲームで差別意識を植え付けたり、煽動したりするインターネット差別放送局的なものができてしまう可能性も存在する。

 第六に、インターネット上での商売の仕方が「ビジネスモデル特許」として米国などではブームになっているが、あのような方法が差別と結びつくと差別商法が電子空間内で横行することになってしまう。

 さらに、インターネットは急激に成長しており、既存の価値観の崩壊を伴いつつ進化し、差別行為と結びつく形でプライバシーの侵害や人権機関をターゲットにしたコンピューター犯罪を仕掛けることも考えられないこともない。

インターネット上の人権侵害事件をふまえた課題

 インターネット上の人権侵害や差別煽動の克服に向けては上記のような特性を有することから困難な多くの課題が存在する。 これらの課題は、インターネットに関わる多岐にわたる課題とも関連する。

 例えば、インターネットの特性を利用した不正行為は、人、もの、金の動きを把握することを前提に構成された従来の刑事法では十分な対応ができないように、インターネット上の人権侵害もこれまでの事件の形態と大きく異なることから、法的規制を求める場合においても国際的に妥当する規制根拠、規制の形式と内容を備えることが強く要請される。

 このような視点に立ってインターネット上の人権侵害事件克服のための課題について要約する。

 第一に、インターネットの匿名性が人権侵害事件克服の大きな壁になっていることをふまえ、この匿名性を一定の条件のもとで克服する必要がある。

 第二に、具体的な法規制の可能性を早急に検討し、具体化する必要がある。インターネットを対象とした新法の制定、電気通信事業法の改正、インターネット上の差別表現に係わる法規制等である。上記の「匿名性の規制緩和」のためにも電気通信事業法の改正が必要である。

 また、インターネットやパソコン通信をはじめあらゆる電子ネットワークでは、基本的にはユーザーをIDとパスワードで識別している。他人のIDを盗用した不正アクセス行為は、電子ネットワークの信頼性を根本から揺るがす危険性を持っている。ネットワーク社会になればなるほど、不正アクセス行為の影響は大きいと言わざるを得ず、このような観点からもインターネット等を対象にしたサイバー新法の制定は不可欠であるといえる。

 第三に差別表現・差別煽動情報の発見・解決システムの構築や被害者救済システムの構築など実効的な解決システムの構築が必要である。そのためにもプロバイダー等の情報流通に関する責任者の責務の明確化や事業者による自主規制の促進が必要であり、そのトータル的なものとしての行政の課題を明確にし、具体化が必要である。

 以上のような課題を遂行していくためにもインターネット上の特性をふまえた人権教育が徹底されなければならない。どのような表現をもって差別表現や差別煽動とするかは人々の人権感覚と密接に結びついている。また、どのような社会的システムを構築するかも人々の意識と切り離せない。インターネット上の人権侵害事件を克服するためにも人権教育の徹底は重要な課題である。

 また、人権教育とともにインターネットの積極的活用をより一層考えていく必要がある。

 先に述べた差別情報の発見・解決・救済システムを構築する場合においてもインターネットや進化するコンピューターシステムは大きく貢献する。インターネットを活用した人権教育システム、差別事象に対抗する人権ネットワークの構築、サイバー人権相談システム等、可能性は無限大に広がっている。これらの可能性をNGOや行政機関が力を合わせて追求していくことが求められている。