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国際人権ひろば No.34(2000年11月発行号)

コラム人権教育

フィリピンの演劇ワークショップから学ぶこと

山口 裕子(やまぐち ひろこ)
大阪府立松原高等学校教諭

 皆さんは「演劇」と聞くとどんなことを連想されるだろうか。あらかじめ脚本があり、役者はそれを自分なりに解釈して演じ、観客はそれを見る。私の以前の「演劇」に対するイメージはそのようなものでしかなかった。そのような既成概念を根底から覆したのが、フィリピン教育演劇協会(PETA) の行っている演劇WS (ワークショップ)である。日本でPETAのファシリテーター、デッサ・ケサダを招いて行われたWSに参加した私は、参加者の経験や想像力をもとに作り上げていく演劇WSの手法にすっかり魅せられてしまい、一九九七年にフィリピンで行われたファシリテーター養成のためのPETAツアーに参加した。そこでファシリテーターの持つ役割、演劇の手法を用いて構成的に組み立てられたワークショップ、そしてその背景にしっかりと「教育」に対するゆるぎない理論と信念があることにますます魅了されてしまった。さらにそこから日本の教育の問題点なども見えてくるようになったのである。

 演劇WSでは、まず私たちは体を動かすゲームなどを行う。自分の名前をアクションを付けて紹介したり、ジェスチャーをつけて歌を歌ったり。これは、様々なゲームをすることで自分を解放すること、自分の体の持つ可能性に気づくことが目的である。 PETAは、「抑圧されている人々は体も萎縮してしまっている。人から見られて恥ずかしいというような自分を表現することへの恐れを取り除くことによって、行動への自信が生まれる」と明言している。つまり、体を解きほぐすことにより、抑圧された感情や自分自身に対する自信、信頼感を目覚めさせるのである。また、このようなアクティビティを行った後は、必ず輪になって座り、振り返りを行う。そこでは無理に発言させたりしない。「今の気分はどうか」「体について何か感じたことはないか」などの簡単な振り返りであるが、ここにも大切な理論が隠されている。

 PETAのファシリテーター、アーニー・クロマは言う。「ブラジルの教育学者パウロ・フレイレが言っているように、『生徒は空っぽの入れ物ではない。』いつも自分達が輪になって丸く座るのは、教える側と教えられる側という考えに対抗するためである。 人はだれでも光り輝くものを持っている。教育とは、それを掘り起こし、引き出す仕事である。私たちはこれを『金塊理論』と呼んでいる。私たちファシリテーターの仕事は人々の経験や体験を共有し、その中からその人の持っている願いやこうありたいという思いを引き出すことである。そしてそのことによって、人々は社会を変革していくことができる。なぜなら、抑圧された人々は既存の社会システムの犠牲者だが、より良い社会をクリエイトする力を持っているからだ」

 ここには人間に対する絶対的な信頼が根底に流れている。これこそ人権教育に欠かせない考え方ではなかろうか。PETAとかかわっていつも感心するのは、ファシリテーターがいつも明るく、オープンマインドなこと、非常に精力的であること、そして、きっと社会はよくなっていくという強い信念を持って活動していることである。それは人間の可能性を信頼しているからに他ならないと思う。私はいつも彼らの姿勢から「教育者」として必要な態度を教えられている気持ちである。

 実際にPETAは、フィリピンの各地に出かけていき、コミュニティに入り込み、演劇WSを通して、多くの市民グループを作って、社会を変革してきている。例えばスモーキーマウンテンに住む子ども達とWSを行い、子ども達の手によって「子どもの10の権利」という歌を作り、子ども達を励まし、将来への希望や夢を育てている。また、別の貧困地域では、お母さん達のコミュニティを形成し、DV(ドメスティックバイオレンス)についての劇を作り、それをその地域で上演することによって、女性の意識の覚醒を促している。児童労働、性的虐待などについても、演劇の手法を用いて多くのグループが作られ、そこから社会に働きかけが行われている。

 もちろんフィリピンの演劇WSをそのまま日本に持ち込めるものでないことは、教員である私自身もよくわかっている。しかし、私たちが行っている授業は主に知識の注入が中心であり、どうしても教員は生徒よりも多くのことを知っているのが当然という立場に立ってしまいがちである。また、体を動かし五感を働かせて教育が実践されている機会は少ない。私はPETAの行う演劇WSが、今の日本の「閉塞している」と言われる教育を変えていく大きな可能性を持っていると思っている。日本の実状に合う形で演劇WSを広めていけないものか。PETAは「誰でもちゃんとトレーニングを積めば、演劇WSのファシリテーターはできる。日本でもぜひ広めてほしい」と言う。この文章を読まれて、少しでも演劇WSに興味を持つ人が増え、実践していっていただければ嬉しい。