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国際人権ひろば No.117(2014年09月発行号)

人権さまざま

人権は「思いやり」のないところから

白石 理(しらいし おさむ)
ヒューライツ大阪 所長

「みんなで築こう人権の世紀 考えよう 相手の気持ち育てよう 思いやりの心」 
(法務省 人権週間ポスターの標語)

世界人権宣言
第8条
すべて人は、憲法又は法律によって与えられた基本的権利を侵害する行為に対し、権限を有する国内裁判所による効果的な救済を受ける権利を有する。

 
 「理想の社会」。それは、人それぞれが持つ価値観、世界観で異なる。しかし、だれにも共通するところは、「人が人として大切にされる社会」ではないか。弱肉強食がまかり通り、不正や理不尽が当り前の社会が理想であると言ってはばからない人を私は知らない。「相手の気持ち」を考えて、「思いやりの心」を持って人に接することが、当り前の社会であれば、争いはなく、弱い者いじめもない。それは理想の社会かもしれない。聖書に出てくるイザヤ、この紀元前8世紀のユダヤの預言者が描いた理想の国では、正義と信頼が根付き、弱肉強食ではなく共生と平和がある。「狼は子羊とともに宿り、豹は子山羊とともに伏し、子牛、若獅子(ライオン)、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを追っていく」(イザヤ書11章6節)と言う。
 
 しかし現実はそうはいかない。
 
 ジュネーブで3人の子を抱えて共働きをしていたころの出来事である。民間のある社会福祉の支援団体から電話があった。国際機関の職員が自国から連れてきた「家事使用人」をしばらく預かってほしいという。あまりにもひどい待遇に耐えられず逃げ出したが、行くところがないということであった。その人を預かることになって、子どもの世話と家事を手伝ってもらった。
 
 生活を共にした数カ月の間に、問わず語りで事情を知ることになった。その人は、国際機関に仕事が決まった人に連れられてジュネーブに来て、家事と子どもの世話をすることになった。初めての外国生活。雇い主から外出を制限され、仕事は、決まった家事と子どもの世話のほかに、必要なとき必要なだけ24時間待機という状態。サービス残業は当り前。同じ国から来た同じような境遇の「家事使用人」と連絡を取ったり、会ったりしないように言われ、旅券を取り上げられた。自分の部屋は与えられずに夜は子どもと一緒に寝た。給料は「国元のお前の口座に振り込む」と言われたが、一度も振り込まれなかった。
 
 たまたま教会で出会った人に話したことで支援団体につながり、相談しているうちに、スイスでの最低賃金、労働条件、福利厚生など国際機関の職員でも尊重し、守らなければならないことがあり、外国籍ではあっても「家事使用人」としての権利があることを知った。しばらく躊躇していたが、決心して逃げ出したということであった。私のところにいる間に、支援団体の助けもあって、簡易裁判所に訴えた。雇い主が裁判所に呼び出されて、ジュネーブの最低賃金で計算した給料と帰国のための旅費の支払いを命じる判決があった。裁判所で雇い主と顔を合わせた時には、ひどいことばでなじられ、「国に帰ったら何が待っているか憶えていろ」と脅されたという。また、「あれほど面倒を見て、手をかけてやったのに、反抗した。恩を仇で返すやつだ」とか、「飼い犬に手を咬まれる思いだ」と雇い主は苦情を口にしたそうである。しかしこの雇い主は、しぶしぶではあっても、裁判所の判決に従わざるを得ず、旅券を返し、命じられた額を支払ったのである。この「家事使用人」は、やっと安堵し帰国した。
 
 この出来事でいくつかの点に気が付く。まず、世の中には人を人として尊ばない人がいることである。強いものが弱いものを搾取し、こき使うのが当り前。力(権力や財力)があれば何でもできると考える人たちである。
 
 次に、ひどい扱いを受けていた人が、自分が持つ権利を知って行動を起こしたということである。泣き寝入りをしないで裁判に訴えられることを知った後、この「家事使用人」は雇い主の脅しに屈することはなかった。
 
 そして、人間の平等な関係を受け入れない、人を見下すことが当り前という人が、全ての人が持つ人権を認めるのは至難の業であるということである。このような場合、裁判所の判決や権限ある行政機関の執行が人権保障を実のあるものとする。
 
 人権は、多くの場合、人としての尊厳を護り、理不尽な状況を変える最後のよりどころとなる。人権は、全ての人が平等に持つものではあるが、特に社会で弱い立場に置かれた人や集団にとっては、欠くべからざるものである。