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国際人権ひろば No.110(2013年07月発行号)

人権の潮流

障害差別解消法 -理想には遠いが、重要な一歩-

浅倉 むつ子(あさくら むつこ)
早稲田大学教授

 立法の経緯

 
 2013年6月19日、第183回通常国会において、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(以下、「差別解消法」とする)が、全会一致で採択された。本法の内容を紹介する前に、立法の経緯について述べておきたい。
 2006年12月に、国連で障害者権利条約が採択されてから今日に至る6年余りの間に、日本の政権はめまぐるしく交代した。2009年9月に誕生した民主党・国民新党・社民党の3党連立政権の下で、構成員の半数以上を障害当事者が占める「障がい者制度改革推進会議」(以下、「推進会議」とする)が設けられたことは、画期的なできごとだった。推進会議は、障害者権利条約の「私たち抜きに私たちのことを決めるな(Nothing about us without us!)」という基本精神にたって、精力的に議論をすすめ、今後の障害者政策の強固な礎となる意見や提言を次々に公表し、2012年7月に、改正障害者基本法にもとづく障害者政策委員会へと承継された。同年9月には、推進会議時代から設けられていた「差別禁止部会」(棟居快行部会長)が、「『障害を理由とする差別の禁止に関する法制』についての差別禁止部会の意見」(以下、「差別禁止部会意見」とする)を公表した注。当時は、日本初の「障害差別禁止立法」は、この差別禁止部会意見をベースとして立案されるものと期待されていた。
 ところが、2012年末の選挙で、再度の政権交代が行われ、自民党新政権の下では障害者政策委員会は開催されなくなった。それまで同委員会が熱心に論議してきた新たな障害者基本計画案(2013年度からの長期計画)も、2012年末に政府に手渡されて以来、2013年4月まで公表が見送られていた。そのような状況下で、障害差別禁止法制定も夢と化したかと思っていた矢先に、「差別解消法案」が、水面下での与野党調整によって急速に浮上し、4月26日に閣議決定されたのである。
 

 差別解消法の概要

 
 採択された差別解消法は、本則6章26条、附則9条からなる法律であり、その内容は、おおむね、以下の通りである。
 第一に、本法は、「障害を理由とする差別の解消」を推進することによって、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることのない共生社会を実現することを目的とする(1条)。
 第二に、内閣総理大臣は、障害差別解消の基本的な方向、差別解消措置に関する基本的な事項等を含む「基本方針」を、障害者政策委員会の意見を聴いて策定し、閣議決定し、公表する(6条)。
 第三に、行政機関等(独立行政法人等が含まれる)および事業者は、「障害を理由とする不当な差別的取扱い」によって障害者の権利利益を侵害してはならない(7条1項、8条1項)。また、障害者から社会的障壁除去の必要性が表明された場合、その実施に伴う負担が過剰でないときは、行政機関等は「必要かつ合理的な配慮」を「しなければならない」(7条2項)。他方、事業者は「必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない」(8条2項)。合理的配慮義務はこのように、行政機関等には義務づけられた一方、事業者には努力規定にとどまった。
 第四に、行政機関等は、基本方針に即して、差別禁止および合理的配慮に関する「職員等対応要領」を策定する義務を負う(9条1項)。また、主務大臣は、事業者の適切な対応に必要な「対応指針」を定め(11条1項)、その実施に関して、事業者の報告聴取、助言、指導、勧告を行う(12条)。
 第五に、行政機関等および事業者は、必要かつ合理的な配慮を行うための「環境の整備に努めなければならない」(5条)。この条文は、不特定多数の障害者にあらかじめ行われる事前的改善措置(施設のバリアフリー化など)や、障害に係る欠格条項等の見直しなどを、「環境整備」として努力義務化したもの、と考えられる。
  第六に、本法は、差別解消のために独自の救済機関を設ける規定をおいていないが、国および地方公共団体は、差別に関する紛争の防止・解決のための体制整備を図り(14条)、関係行政機関は、差別に関する相談や差別解消の取組のために、障害者差別解消支援地域協議会を組織できる(17条1項)。
 なお、雇用分野に関しては、障害者雇用促進法の定めによる(13条)とされているところ、本法成立の6日前(6月13日)に、衆議院本会議で、改正障害者雇用促進法が可決、成立した。
 差別解消法の施行は3年後の2016(平成28)年4月1日であり(附則1条)、施行後3年の見直し規定がおかれた(附則7条)。
 

 差別解消法の意義と課題

 
 差別解消法は、多くの課題を残しつつも、障害という事由に基づく「あらゆる分野の差別」の解消を図る初めての具体的な立法、という意義をもつ。目的規定には、障害者が、「その尊厳にふさわしい生活保障の権利を有する」ことや、前述のように「障害の有無によって分け隔てられることなく」という一文も盛り込まれた(1条)。解消されるべき差別として、「不当な差別的取扱い」という作為のみならず、「合理的配慮の不提供」という不作為が位置づけられたことの意義も大きい。さらに、基本方針の策定にあたり、障害者政策委員会の意見聴取が定められていること(6条4項)、対応要領・対応指針の策定にあたり、障害者の意見の反映措置が要請されていること(9条2項、10条2項、11条2項)も、当事者参画という意味において、きわめて重要である。
 一方、差別解消法は、差別禁止部会意見が提案した障害差別禁止立法の理想からは、かなりかけ離れた内容の不十分な法律でもある。その理由としては、以下の3点を指摘したい。
 第一に、障害差別とは何かという定義がなく、禁止される「不当な差別」の意味があいまいだという点である。差別禁止部会意見は、欧米各国の立法例を分析したうえで、禁止されるべき差別概念の類型化の議論を深め、最終的には「障害に基づく差別」を、「不均等待遇」(直接差別、間接差別、関連・起因差別)と「合理的配慮の不提供」としてとりまとめた。しかしこの提言は、差別解消法には反映されないままであった。
 第二に、同法が、民間業者に対する合理的配慮を努力義務とした点である。そもそも合理的配慮義務は、負担が過剰である場合には行わなくてよいものであるから、あえて努力義務にする必要はなかったはずである。
 第三に、同法においては新たな救済機関が設けられず、既存の紛争解決の仕組みを利用することとされた点である。とくにこれまで紛争が多かった教育分野や交通機関の利用に関しては、本法に基づいて、いかにすれば効果的な紛争解決が図れるのか、大きな課題が残されている。
 以上のような限界のある法律ではあるものの、差別解消法が今国会で採択されたことを私自身は否定するものではなく、むしろ評価すべきだと考えている。法案の採決を先延ばししたとしても、政治状況からみて、近い将来に今よりもよい法案が採択される可能性は低い、という消極的な理由ばかりではない。差別解消法の成立によって、障害者権利条約が批准されれば、締約国としての条約遵守義務はより明確になり、国際機関と協力して障害当事者がなすべき監視活動の舞台が整うことにもなるからである。また、当初はどのような限界性のある法律であっても、障害差別は解消されるべきものだという規範を社会に定着させる努力を続けることによって、さらなる法改正の実現は必ず可能になるはずである。この法をツールとして、一刻も早く、法の欠缺を埋めていく活動に取り組むべきではないだろうか。
 幸い、参議院内閣委員会では、12項目の附帯決議がついた。この中には、権利条約の早期批准や、条約の趣旨にのっとり障害女性や障害児に対する複合差別の現状認識を図ることなどが含まれている。また、今後、障害を理由とする差別的取扱いの具体的相談事例や裁判例の集積を図るなどして、必要性が生じた場合には、施行後3年を待つことなく見直しをするということなど、きわめて重要な内容も盛り込まれた。とにもかくにもこの法を生み出したことによって、障害差別をなくすという壮大な道程への第一歩が、間違いなく刻まれたのである。
 
(注) 差別禁止部会意見は、内閣府のHPから障害者政策委員会→差別禁止部会を検索して読むことができる。