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国際人権ひろば No.110(2013年07月発行号)

特集 日本の人権条約の実施

実現が進まない社会権、経済権 -日本の社会権規約の実施に関する第3回報告の審議-

岡田 仁子(おかだ きみこ)
ヒューライツ大阪

「社会的、経済的および文化的権利に関する国際規約」(以下、社会権規約)は、労働の権利、社会保障の権利、衣食住を含む生活水準の権利、健康の権利、教育の権利などの権利を実現することを加盟国が約束する主要な人権条約の一つで、日本は1979年に批准している。規約にあげられている権利を確保するための制度として、加盟国は定期的にその権利の実現のためにとられた措置や実際の状況について報告を提出しなければならない。その報告をもとに、各国の規約の権利が実現されているかをモニターするために加盟国が選んだ専門家による社会権規約委員会が、それぞれの政府代表との対話を経て、その国の権利の実現状況についての問題点や勧告を含む総括所見(最終見解、最終勧告ともいう)1を公表する。
 

 第3回報告の審議

 
 日本の第3回報告の審議が2013年4月から5月にかけてジュネーブで開催された社会権規約委員会の第50会期で行われた。前回の報告審議が行われたのは2001年8月であり、12年近くも前のことである。その間、男女雇用機会均等法は何度か改正され、障害者基本法に差別禁止条項が含まれたことに加え、高校の無償化が進み、社会権規約の中等教育の無償教育の漸進的な導入に関する条項(13条2項 (b)及び (c))について付されていた日本の留保は2012年に撤回された。一方、国内人権機関の設置に関わっては、人権擁護法案が2003年、人権委員会設置法案が2012年に廃案になっている。
 委員会は、加盟国の報告審議にあたって政府からの報告だけではなく、NGOなどからの情報も参考にできるとされており、今回の審議についても、日本のNGOなどから多くのレポートが送られていた。審議の前日にあたる4月29日には日本から行ったNGOなど16団体が、委員に対してブリーフィングを行い、日本の社会保障、雇用、教育や東日本大震災・福島原発事故後の復興策などについて情報を提供した。ブリーフィングの機会は2度あったが、1団体がプレゼンテーションできるのが1?3分と非常に限られた時間しかなかった。しかし参加した委員からは、日本の貧困状況や震災・原発事故後の政府の対策などについて、さらにNGOに対して質問があった。
 翌30日の審議は、まず日本政府代表団長として上田秀明人権人道担当大使が冒頭説明を行い、各委員から規約の条文にもとづいて質問やコメントが出され、それに対して各省庁から構成される政府代表団が回答する形で進められた。その審議を経て、会期の最終日に総括所見が採択された。12年前の同所見が63段落に渡って懸念事項や勧告をあげていたのに対し、今回は37段落と絞られていたが、前回懸念されていた問題が引き続き指摘されたものもある。
 

 総括所見でとりあげられた問題      規約の国内裁判所での適用

 
 まず委員会が懸念を表明したのが、規約の国内法上の地位である。規約の権利が実現されている、というためには、権利が侵害された人は、その侵害されたことを訴えることができて、権利が回復されなければならない。そのためには、国内の裁判所は、規約に基づいて判断できなければならない。しかし、実際にはこれまで最高裁判所が規約の9条が「政治的責任を負うことを宣明したものであって、個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではない」と述べたことをはじめ、日本の裁判所では年金や生活保護などの社会保障や最低限の生活水準の権利について、規約に基づいた権利の保障ができていない。
 そのことに対して、審議の際にも複数の委員から質問があった。上記のような日本の裁判例にふれ、裁判で規約が適用できるかどうかを判断する基準があるのかということや委員会が権利の解釈について採択する一般的意見の法的効果などについても質問があった。日本政府は、社会権規約が権利を直ちに実施しなければならないという義務を課しているのではなく、漸進的に実現する義務しか課しておらず、規約の第一義的解釈について加盟国が権利を有していると反論していた。委員会は、規約を直接適用できないと考える場合は必要な法律を制定することも含め、規約を国内法の中で使えるように必要な措置をとるよう勧告した。
 

 差別禁止

 
 規約は2条1項で規約の権利について差別を禁止するほか、3条については男女平等の権利をおいている。委員会は、日本に規約が禁止する差別を十分に反映した法律がないことを指摘し、形式的な差別だけでなく実質的な差別を撤廃する包括的な差別禁止法を制定するほか、規約の権利の享有に関して直接的、または間接的な差別が起らないよう、現行の法律を見直し、必要があれば改正するように勧告した。
 男女の平等について、日本が取組みを続けているにも関わらず、進展があまりないことや男女共同参画社会基本計画の数値目標が十分ではないことに懸念を表明し、より意欲的な目標を設置する他、コース別人事制度などを廃止することなどを勧告した。特に雇用の分野では、男女の賃金格差に懸念を表明し、同一価値労働に対して男女で賃金が異なることが違法であることについて啓発を行うことや、セクシュアル・ハラスメントを違法とし、処罰規定を設けることなどを勧告している。
 また、障害のある人について、審議の際、政府は障害者差別解消法案が国会に提出をされたことを報告し(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律は、5月19日に成立)、多くの委員が歓迎を表明したが、一方で授産施設や作業所などで保護的就労につく人が労働基準法などの保護が及ぶ労働者とみなされていないことを指摘し、そのような人たちに労働基準を適用することや、生産的で有給の就労の機会の促進などを求めた。
 

 東日本大震災、 福島原発事故後の対策・復興政策

 
 報告審議に先立って委員会から加盟国にさらに情報提供を要請する事項について検討が行われた2012年5月の作業部会では、震災や原発事故後の政府の対応に関して質問が出されており、今回の報告の審議の場でも、大震災後の政府の対策や原発事故の際の対応に関して質問があった。第2回報告審議後の総括所見のなかで、原発施設の安全性に関して住民への情報提供と透明性の向上、原発事故対策計画の準備などを勧告していたことが指摘された上で、日本のエネルギー政策、原発の安全策、住民の健康や安全の確保、復興支援における人権の確保や住民の参加など多くの質問が出された。総括所見では、災害対策や危機管理、復興政策について人権を基盤としたアプローチをとるよう、特に災害管理計画が差別となったり、差別につながったりしないようにすることを勧告している。また、原子力発電施設の安全について、透明性を高め、住民にリスクや予防措置、対策に関して信頼できる、正確な情報を提供するほか、事故の際にはすべての情報を直ちに開示するよう勧告した。
 

 朝鮮学校の無償化からの排除

 
 前述のように日本は社会権規約を批准するにあたり、13条2項の中等教育(b項)と高等教育(c項)の機会をすべての人に提供することについて、「特に、無償教育の漸進的導入により」という文言には拘束されない、という旨の留保を付していたが、高校教育の無償化や奨学金の拡充などが進んだことから、2012年9月にその留保を撤回し、そのことは審議でも委員に歓迎されていた。一方、朝鮮学校は高校無償化の対象とされず、2013年2月に省令によって正式に排除が決まっていた。委員会は、排除は差別にあたるとして、規約の差別禁止は漸進的ではなく、直ちに実施しなければならないと述べ、朝鮮学校に通う生徒を無償化政策の対象とするよう求めた。
 そのほかにも、「慰安婦」制度の被害者に対するヘイトスピーチなどから守るために一般の人の教育を行うこと、生活保護の申請者が尊厳をもって扱われるよう確保すること、福祉手当の受給に関するスティグマを解消するために教育を行うこと、有期雇用の濫用を防止し、不公正な雇い止めを防止するよう労働契約法の監視を行うことなど多岐にわたる勧告を行っている。
 

 経済権、社会権の実現に向けて

 
 規約の報告制度では、総括所見が出されれば、それで完結というのではない。次の審査には、今回出された問題に対して、どれだけ対応できているか、勧告がどのように実施されているかということが問われる。それまでには一つでも改善が見られるよう、まずできるだけ広く今回の総括所見が共有されることが重要である。
 
1: 社会権規約第3回政府報告、総括所見(外務省)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/index.html