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国際人権ひろば No.100(2011年11月発行号)

特集2 日米シンポジウム「ハーグ条約」への加盟をめぐる課題

「子どもの最善の利益と親の権利から、国境を越えた子の連れ去りを考える」〜「国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約」への加盟をめぐる課題

 ヒューライツ大阪は、大阪弁護士会との共催で2011年8月5日に大阪国際交流センターで、日米の専門家をパネリストに招いて日米シンポジウム「『子どもの最善の利益と親の権利から、国境を越えた子の連れ去りを考える〜『国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約』(以下、「ハーグ条約」)への加盟をめぐる課題」を開催しました。
 3人のパネリストの報告、質疑応答、大阪弁護士会の取り組みの報告などのプログラムで構成した2時間半を超えるシンポジウムとなりました。本号では、紙面の制約上、パネリストによる報告の要点を紹介します。
 シンポジウムは、それに先立つ2011年5月に日本政府が「ハーグ条約」を締結すると閣議了解したばかりのタイミングでの開催となりました。「ハーグ条約」は、国際結婚の破たんを機に、一方の親が国境を越えて16歳未満の子どもを連れ去った場合、その子どもを元にいた国に速やかに返還させることを、国どうしが約束し実現するための取り決めです。1980年に採択され1983年に発効しており、2011年9月現在の締約国は86カ国。

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日時:2011年8月5日(金) 午後2時〜4時30分
場所
:大阪国際交流センター
パネリスト

・大谷 美紀子(弁護士、日本弁護士連合会・ハーグ条約ワーキンググループ副座長)
・小田切 紀子(東京国際大学教授、臨床心理士、心理学博士)
・Nancy Zalusky Berg(ナンシー・ザルスキー・バーグ) (弁護士、国際家族法弁護士アカデミー米国支部会長)
コーディネイター:谷 英樹(弁護士)
報告:浜田 雄久(弁護士)大阪弁護士会の取り組み報告(注1)
主催:ヒューライツ大阪、大阪弁護士会

「ハーグ条約」と子の最善の利益
大谷 美紀子

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「ハーグ条約」の目的

 「ハーグ条約」とは、一方の親が国境を超えて子どもを不法に連れ去ったとき、締約国が協力して子どもを元の国に迅速に戻すということについて定めた条約である。そのなかで最も大切な視点は、条約の前文に明記されている「子どもの最善の利益」である。条約は、連れ去りから生ずる子どもへの有害な影響から子どもを保護することを一番目に据え、そのために子どもがもともと生活していた所に迅速に返還することを定めている。さらに、面会交流権の確保について述べている。
 この条約は、子どもの権利保護そのものを目的としたものではないが、子どもがそれまで住んでいた国から親の一方によってであれ、突然他の国に移動させられ、元の生活における人間的、文化的なつながりから引き離されることが子どもの利益に反するという考え方が根底にある。
 一方、子どもの返還が、子どもを返すことで子どもにとって精神的・肉体的に害を及ぼすような危険がある場合、つまり子どもの利益に反すると思われる場合を、条約は返還例外事由としている。
 子どもを返還するかどうかの判断は、子が連れ去られた先の国の裁判所で行う。それに対して、子どもが今後、父母のどちらと住むのか、今いる国と元いた国のどちらで住むのかなどを審理する裁判所は子どもが元にいた国の裁判所である。連れ去られた先の国の裁判所はこれら監護権の本案に当たるような判断は行わない。そうしたシステムにより子どもの利益の調整を行っている。
 子の利益の内容についての考え方を示したのが、欧州人権裁判所大法廷の2010年7月の判決である。この判例では、国境を越えた子の連れ去りの問題には、両親の利益、子どもの利益、公の秩序という対立する利益や関係があるが、子どもの利益を最も重要視するということを明言した。さらに、子の利益には二つの柱があると述べている。一つは、家族との絆である。子どもが連れ去られると断ち切られがちな残された親と子どもの絆を回復し、維持するためには、返還の方向に子の利益という考慮が働く。しかし、子どもを連れて帰ってきた親が、一緒に元の国に帰りたくない、あるいは帰れない事情がある場合には、子どもを元の国に返すことは、今いる親との関係が断ち切られることにもなりかねない。それも家族との絆という要素の中の一つである。二つ目は、子どもの安定した環境における発達である。子どもが新しい環境に馴染んでしまった場合には元の国に返すということに問題がある。あるいは、子どもを主として世話してきた親から離れる事態になる場合にも、子どもの安定した環境における発達が損なわれる。経済的な安定、安心できる環境という観点から考えることも重要である。この二つの柱を考慮して子の利益というものを考えたときに、条約の子どもの迅速な返還という原則はありながら、場合によっては返還例外事由を認めて、子どもを返さない場合があると述べたのがこの判決である。

子の利益とは

 日本では「ハーグ条約」について様々な議論があるが、例えば日本弁護士連合会がまとめた意見書では、条約を子どもの権利条約に沿って運用することが大事だという意見を述べている。その一番大事な点とは「子どもが父母のいずれとも交流を維持する権利がある」という子どもの権利条約に述べられた考え方だと思う。「ハーグ条約」の根底にある、子どもの連れ去りによって生じる、子どもが父母のそれぞれと交流する権利を断ち切られることから子どもを守ろうという考え方を出発点とするというのが大変重要であると考えている。特に国際結婚の子どもにとって、父母が違う国に住む場合、父母と交流するということは両方の文化や言語を学ぶという可能性を子どもが持つこと、その子どもが父母の両方の国を自由に安心して行ったり来たりできるような環境で育つことということが含まれる。そのためにも、「ハーグ条約」というのは、一方の親が一方的に子どもを返さない、あるいは何処かに連れて行ったときには、迅速に返して適正に裁判所が判断するという制度を守るための国際ルールであるという理解が重要だと考える。
 そのほか、子どもの所在の特定、子どもの虐待からの保護、子どもを返すなど条約の実施のあらゆる場面において、できるだけ子どもに害を与えないような方法をとり、そうした一連のプロセスにおいて、子どもを暴力や虐待から守り、子ども自身の意見が聞かれる権利や子どもの参加を尊重し、子どもを、あくまでこの手続きにおいて権利の主体者としてみる考え方、子どもの視点というものを大切にするという考え方が大切である。

子の利益と母親(女性)の人権

 日本において、子どもと一緒に帰った母親がDVなどの被害に遭っていた場合はどうするのかについて懸念が多く示されている。母親に対するDVや、子どもがそうした環境に置かれ、母親に対する暴力を目撃したり、そのようなストレスのある環境で生活しているということ自体が子どもに対する暴力や虐待になるという考え方から、子どもを返すことが好ましくないという判断がなされることがある。しかし、条約自体は女性の人権そのものについて定めた内容ではない。この問題については、子どもの利益や人権の確保と、女性の人権の確保の両方を保障する必要があるという形で議論していくことが重要だ。
 残念ながら、女性に対するDVは、日本だけでなく世界中の問題である。重要なことは、DVからの女性の保護と、子どもの保護と同じ重要な問題としてどうこれを根絶していくかということを世界中の取り組みとしていくことである。さらに、結婚などが理由で他の国に住むことになった女性をどのように保護していくのか、このような移住女性に対する支援やエンパワメントということを一緒に考えていくことが必要である。
 今後の日本における議論に関して、三つの点を提言したい。一つ目は、「ハーグ条約」についての様々な議論のなかで、この問題を子どもの利益の視点から議論すること、特に子どもが両親と交流する権利の重要性について、認識を高めることが大変重要である。二番目に、条約の実施のための担保法の議論が現在なされているが、その議論に子どもの権利条約の内容をどのように取り込んでいくのかということにも配慮すべきである。三番目に条約の問題は、法律家だけの議論ではないということである。子どもの保護、子どもの利益という観点から、子どもに関わるすべての関係者(当事者であった子どもを含む)、特に児童心理や臨床心理の関係者、法律家などが、積極的に議論に参加し、日本が「ハーグ条約」に入った場合に、どのようにして子どもに害を与えず、子どもの利益にかなうような運用ができるのかということを一緒に議論していきたい。

子どもの視点から面会交流と「ハーグ条約」を考える
小田切 紀子

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面会交流の意味

 私は臨床心理学を専門とし、同僚の児童福祉の専門家とともに、離婚家庭の親と子どもの自助グループを20年ほど運営しており、この取り組みを通して、子どもの視点を重視するようになってきた。最近は、親が離婚した子どもとの関わりに特に力を入れている。子どもたちに対して実施したインタビューおよび質問紙調査の結果からお話しをする。
 まず、子どもにとっての面会交流であるが、面会交流を行っている子どもは、非常に自己評価が高い、非常に精神的に安定しているといった好ましい調査結果が多く出ている。このことから、子どもの健全な成長と人格形成には、面会交流は重要だということが分かる。
 子どもにとって、面会交流はまず、親の愛情を確認できる。つまり、多くの場合父親である別居親が離れて住んでいても、親は自分のことを愛しく思ってくれていると理解することができるのだ。二番目に、青年期の発達課題である親離れを促進するために、両方の親と心理的にも物理的にも等しい距離をとることが極めて重要である。たとえば父親と会うことができず、母親だけと暮らすという母子密着型である場合、好ましい親離れが阻まれてしまう。三番目は、もう一つの発達課題であるアイデンティティ、もしくは自分らしさを見つけるということに関連する。それらは、自分のルーツを知ることによって、親とは異なる自分らしさを見つけることにより、初めて確立することできる。面会交流には、このような子どものアイデンティティの確立を可能にするという意味がある。
 面会交流は、親と子どもの双方の権利ではあるが、究極的には子どもが親を知る権利、つまり、親を知ることを通して自分自身を知る権利であるといえる。よって、面会交流は、子どものこのような権利を保障することを目的として行われるべきなのである。
 面会交流で大切なことは、子ども主導で行われること。年齢が低い場合は、両方の親が回数や日時を定めるといった親主導型になろうが、子どもの意思を尊重することが大切である。第二に、子どもが面会交流を拒み、親に暴言や拒絶する態度を示したとしても、親は「大切に思っているよ」といったメッセージを送り続けることが大切だ。第三に、子どもが面会交流の前後に不機嫌や無口になっても、親は長期的視点に立って子どもを見守ること。5〜10年といった長いライフスパンを見据えて、子どもを見守るという姿勢が大事である。
 日本では、離婚した場合、親権を取得し子を養育する親の約8割は母親である。これには、母子関係が優先されるという文化的背景、および父親の育児参加率が低いという社会的背景がある。たとえば国際結婚をして離婚した場合に、日本人の女性にとって子どもを日本に連れ帰るというのは、割と自然な発想であろう。しかし、このような行為は、国際的には認められていない。

「ハーグ条約」締結後の課題

 ハーグ条約締結後に懸念される問題についてみると、まず、片方の親による国外への連れ去りと、返還請求の結果、元の常居所国に戻ることによって、子どもの日常生活がどうしても中断されてしまう。子どもたちに面会交流について聞いてみたところ、子どもは毎日の生活パターンを崩さず、ストレスなく離れて住む親に会うことができることを強く望んでいることが分かった。また、年齢によっては、離れて暮らす親に会うよりは、友人に会ったりクラブ活動に参加することのほうが大切だと答えている。日本国内であれば、そのことの配慮はある程度可能であるが、国外の別居親との面会となれば、生活パターンの変更や中断は避けられない。
 第二に、連れ去りや返還を通して受ける喪失体験がある。慣れ親しんだ家や学校や地域などの生活環境と、片方の親や祖父母、友人との関係を失うことになるからだ。
 第三は、DVにまつわる不安である。DVの問題は、日本でも広範な議論があるが、離婚後も父親から母親に対する暴力が再発する可能性や、子どもに暴力が向く危険性も考えなくてはならない。たとえ、子どもに対する暴力がない場合でも、子どもが夫婦間の暴力を目撃するといった緊張に満ちた家庭環境に置かれているということは、広い意味での虐待とみなされる。そうした状況において、父親のもとに戻されるということは、子どもにとっては非常に大きなストレスとなる。

課題解決に向けた提案

 最後に、これらの問題の解決策を、子どもの立場から、そして心理学の立場から提案する。まず、「親教育プログラム」の受講の義務化である。米国の多くの州において、子どもがいる夫婦が離婚する場合、それが義務とされ受講証明書がなければ離婚届けを提出することができない。プログラムの目的は、子どもの健全な成長には両方の親と交流を持つ必要があることを理解すること、親の行動が子どもに与える影響について知ること、元配偶者への否定的認知を変えることである。
 二つ目は、「子ども代理人制度」の導入である。子どもの意思を尊重することが大前提といっても、面接交流や別居親に対する子どもの意向を把握することは非常に難しい。子どもが別居親に会いたいという場合は、それなりにすぐ受け入れられ面会交流が円滑に進むことが多いが、会いたくない場合、同居親から否定的なことを吹き込まれたから拒否しているのではないか、つまり、片親疎外症候群(PAS)ではないかと指摘されることがある。
 子どもが、別居する親に会いたくないと言っているため、面会交流を中断するということが日本では非常に多い。しかし、時には教育的配慮から、子どもの将来を考えて、子どもを励まし面会交流を続けさせるということも必要である。子どもの言葉にならない気持ちを理解するためには、研修を受けた心理の専門家が様々な手法を用いながら、子どもの様子を丁寧に観察し、気持ちをくみ取り、意向を代弁する制度を導入することが急務だ。
 三つ目は、子どもの知る権利を認めることである。親は、今はどのような状況にあり、今後どういう可能性があるかということを、親の知っている限り誠実に子どもに伝えていく必要がある。
 最後に、国内法の整備である。「ハーグ条約」は、元配偶者が許可なく子どもを国外に連れ去った場合、その子を常居所国に返還することを目的とするので、子を一方的に連れて帰ることは無駄であることを広く周知することが必要だ。また、この条約は、子どもが海外に住む別居親との間で円滑に面会交流ができるようにすることを目的とするものでもある。よって、「ハーグ条約」の締結に伴って国内法を整備し、面会交流と養育費について規定し、離婚後も安定した別居親と子どもの交流ができるよう、支援体制を整えるべきである。

「ハーグ条約」の実施に関する米国の経験
Nancy Zalusky Berg(ナンシー・ザルスキー・バーグ)

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子の返還拒否をめぐる議論

 米国は、子どもの保護や監護権などの問題について長い議論を積んできた。従来は母親優勢の原則にそって、母親の影響力が子どもの健康な成長のためには重要だと言われていた。1970年代になると、子どもの最善の利益の確保というアプローチが、これにとって代わった。この考え方は、米国の女性運動の展開と一致しており、家族法に関する問題において、あるいは財産分与、配偶者の扶養、そして何より養育に関して、「子どもの最善の利益アプローチ」ということが言われるようになった。
 「ハーグ条約」については、それを実施する法律が非常に重要となる。米国には連邦レベルと州レベルの裁判所があるが、「ハーグ条約」の手続きは一般的に州よりもまず連邦裁判所に申し立てるのがよいとされている。「ハーグ条約」の手続きにおいて一番重要なことは、管轄権を決定することであって、監護権の決定ではないからである。
 子の連れ去りに対して抗弁(返還拒否の理由)として使われている理由について紹介したい。この抗弁こそが、日本のこれからの議論の中心になるからだ。
 条約13条は、司法当局が子どもが返還に異議を申し立てた場合、その子どもの意見を考慮に入れることが適当である年齢および成熟度に達したと認める場合には、その子の返還を命ずることを拒むことができると定めている。裁判所は子どもの情況をよく観察し、その表現や希望をよく聞くことが必要だ。子どもが誰かに操作や発言を阻止されていないかどうか、根拠のある発言であるかどうか、子どもがおもちゃなどで買収されてはいないか、などについて精査することになる。
 条約13条bにおける「重大な危険」についての話を進めていきたい。「ハーグ条約」を起草した人たちはもっと明確な定義を使うこともできただろうが、裁量や解釈の余地を残すためにあえてそうしなかったのではないか。それは、それぞれの主権国家が自由に自分の文化あるいは自国のニーズにあって解釈できるようにするためであったと考える。
 「ハーグ条約」では、子どもが身体的もしくは精神的な害を受け、または他の堪え難い状況に置かれることとなる重大な危険がある場合は、子どもの返還要請を拒否することが認められている。しかし「ハーグ条約」は子どもをすみやかに返還させるということを目的としていることから、この抗弁においていったい何をもって精神的、身体的な重大な危険とするのか、どのような証拠に基づき本当に危険が重大であるかを検討するのかが問題となってくる。この点、「重大な危険」という、極めて解釈の裁量の幅広い言葉が使われている。米国の州法においても、重大な危険の抗弁に関する解釈は幅広い。我々の相談者に提供できるような、確固たる定義を示している判例は米国にはない。
 もう一つここで重要になるのは、立証責任は連れ去った親にあるということだ。つまり連れ去った親側が、子どもが返還されると重大な危険があるということを立証しなければならない。
 「ハーグ条約」に関する事件で、DVが関係している件数を、はっきり述べることはなかなか難しい。DVの定義によって変わってくるからだ。被害者自身が意識していないことも多い。ある相談者は、実際には夫に拳銃を突きつけられたことがあるにもかかわらず、DVがあったかという質問には、まだ病院には行くようなことはなかったのでDVはないと答えたことがあった。中には、離婚のときに有利なようにDVがあったと言ってしまう「誇張されたDV」もあるというのも事実だ。米国には、男性のDV被害者もいるが、女性が被害者になる場合が多いのが事実である。概ね、「ハーグ条約」に関わる事件の三分の一にDVが関わっていると考えている。
 では実際の米国の判例について見てみると、ほとんどの裁判所において、過去の虐待、および申立人が子どもを虐待するということは、十分な重大な危険の抗弁になると示されてきた。なお、ここで申立人というのは裁判所に行き、子の返還を求める人のことである。連邦高裁の判例では、条約が求めるのは子どもに対する危険が重大であるということだけで、差し迫っている必要はないということが述べられている。また、別の判例においては、DVがあったときには、重大な危険の抗弁のもとで返還を妨げるということもあり得るということも認められている。

アンダーテイキング(約束)は有効か

 次に、「ハーグ条約」の中でも使われている、アンダーテイキングについて触れたい。アンダーテイキングというのは、約束だと考えるのがいいだろう。たとえば、DVがあり返還すると重大な危険があると主張された場合、申立人の弁護士は、常居所地にはDVに対応できる法制度や精神的ケア、加害者セラピーなどの制度があり、重大な危険が生じないよう確保することができると主張することである。
 しかし、アンダーテイキングは、スムースに実行されない場合がある。たとえば、DV法に基づいて裁判所が命令を発しても、夫が従わないことがある。警察が本当に執行するかどうか分からないというようなこともある。したがってアンダーテイキングというのは、議論だけではあてにならないものなのである。つまり実行するためには、弁護士も含め関係者と広く連携して情報を集めるということが必要になってくる。
 また、アンダーテイキングが難しいのは、裁判官が他の国の法制度や事情について判断するということになるからである。アンダーテイキングが関わる事件では、お互いにコミュニケーションをよくとって、双方が考えるプロセスの相違点を理解することによって、子どもをより適切に守っていくということが必要なのだ。

DVと児童虐待への対応

 最後に「ハーグ条約」に関わる事件を弁護士として担当するにあたっての提言を述べる。子どもの異議への対応については、子どもが成熟しているか、そして親の影響を受けていないか、心理学の専門家たちが代理となって子どもの状態を明らかにすることが必要である。子どもは、父親も母親も非常に愛しているのに、二人の喧嘩の板挟みになるということは最悪の悲劇である。
 DVについては、申立人を代理する場合、弁護士が最初の面接においてDVまたは児童虐待が返還要請に対する抗弁として出される可能性があるかどうかを判断することが必要である。過去に、DVや児童虐待があったときには、重大な危険の抗弁が出されたときにどのように対応するかということを考えていかなければならない。さらに常居所国の、このような問題に関するあらゆる法律に関する文書を入手することが必要だ。そしてアンダーテイキングを行って、どのように返還を確保するかといったことを考えていかなければならない。また、弁護士もしくは心理の専門家から宣誓供述書などをとっておくことも必要であろう。
 被申立親を代理する場合も同様である。必要な記録を収集し、連れ去り国において医療または精神鑑定を受けることができるか、その裁判所においてそれらが認められるかどうかを確認しなければならない。また、日程が限られるため、あらゆる手続きを迅速に行うことを念頭におかなければならない。またアンダーテイキングについて、その実効性を考慮しなければならない。
 「ハーグ条約」を見ると、文言自体は非常によくできていると思う。もちろんすべての問題に対して一つの解というものはなく、文化的な差を考慮して、その文言をどう解釈するのかということを考えていただきたい。

(文責:岡田仁子、藤本伸樹・ヒューライツ大阪)

注1:大阪弁護士会は2011年2月25日、「国際的な子の奪取の民事面に関する条約の批准についての意見書」を発表しています。
全文は、大阪弁護士会のウェブサイトに掲載されています。(http://www.osakaben.or.jp/web/03_speak/iken/iken110225.pdf

(※編集注:法務省と外務省は2011年9月30日、「ハーグ条約」の加入に向け、国内法整備に関する中間案をまとめた。今後の議論を経て2012年の通常国会に法案が提出される予定だ。)