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国際人権ひろば No.95(2011年01月発行号)

人権の潮流

生物多様性条約と人権-名古屋・第10回締約国会議での成果と課題

上村 英明 (うえむら ひであき)
市民外交センター代表・恵泉女学園大学教授

国際環境法の発展としての 「生物多様性条約」 と名古屋会議の重要性
 

 国際環境法の発展では、 国連が設定した2つの会議がその契機となっている。 ひとつは、 1972年、 ストックホルムで開催された 「国連人間環境会議」 である。 この背景には、 水俣病に代表される公害による人間や環境への悪影響が、 日本ばかりでなくカナダやスウェーデンなど複数の国家で明らかとなり、 国際的な協力が必要となったためだが、 当時の 「公害」 は、 健康の権利、 医療を受ける権利など人権とも密接な関係にあった。 この動きと関連して、 1971年 「ラムサール条約 (湿地の保護)」、 1973年 「ワシントン条約 (絶滅危惧種の国際取引の規制)」 が採択された。 もうひとつは、 地球環境問題を背景に、 1992年、 リオデジャネイロで開催された 「国連環境開発会議」 であった。 「持続可能な開発」 という概念が国際的に確立されたこの会議を契機に、 「気候変動枠組条約 (FCCC)」 と 「生物多様性条約 (CBD)」 が採択された。 国際人権法でいえば、 FCCC と CBD は、 国際人権規約の自由権規約・社会権規約とも比肩される国際環境法の二大条約である。 FCCC は、 地球環境の悪化を、 CO2を中心とするあるいはそれに換算される温室効果ガスの増加で測定し、 他方、 CBD は、 この悪化を生物の多様性 (生態系・種・遺伝資源の多様性) の減少で測定する。
 名古屋では、 この CBD の第10回締約国会議 (COP10) が2010年10月18日〜29日に開催されたが、 その主要な議題は、 以下の3つであった。
①CDB 採択以来の念願であった 「遺伝資源へのアクセスとその利益の公平かつ衡平な配分 (ABS)」 に関する議定書を採択すること
②2002年に採択された 「生物多様性条約戦略計画」 (2010年までを目標) に対し、 新戦略計画 (2011年〜2020年) を採択すること
③こうした生物多様性保全のための新たな資金メカニズムを創設すること
であった。
 地球環境保全の問題は、 原則的に言えば、 市場競争あるいは経済成長至上主義のイデオロギーの下、 国家や多国籍企業によって行われる大規模開発事業とのバランスの問題、 あえて簡略化すれば、 こうしたイデオロギーや大規模開発事業を抑制・転換する闘いである。 その点、 1995年に、 人権分野の拠点であるジュネーブの国連欧州本部の近くに 「世界貿易機関 (WTO)」 が創設され、 強力に 「自由貿易体制」 を拡大していったことは記憶に新しい。 WTO は、 ブッシュ政権を中心とする新保守主義によって支持され、 またグローバル経済危機後もかえって人々の不安感を煽ることで、 その体制を強化してきた。 そのため、 2009年12月にコペンハーゲンで行われた FCCC ・ COP15は、 ポスト京都議定書などの重要問題で一切の合意文書を採択できずに失敗し、 もし、 この CBD・COP10が続けざまに失敗すれば、 国際的な環境運動は、 大きく後退し、 経済成長至上主義が世界を席巻することが大きく懸念される状態であった。

国際人権条約の視点からみた CBD
 

 さて、 FCCC と CBD とでは、 どちらが国際人権条約に近いだろうか。 答は、 圧倒的に CBD である。 しかし、 日本政府は、 CBD・COP10を 「国連地球生きもの会議」 と別称し、 地球上の人間以外の 「生きもの」 とくに 「絶滅が危惧される希少動物や植物など」 を人間が守るための会議だという印象を与え、 メディアもこれに無批判に追随した。
 やや話は飛ぶが、 昨今、 人権理事会でも、 経済や開発に関連する議題が取り上げられる機会が少なくない。 2008年5月、 第7回特別会期では 「世界食糧危機」 と人権が議論され、 2009年2月、 第10回特別会期は 「グローバル経済・金融危機」 と人権がテーマとなった。 また、 「特別手続き」 と言われる特別報告者や独立専門家の中でも 「食糧」 や 「安全な飲料水」 の権利が取り扱われている。 単純化していえば、 CBD は、 これらの問題を 「生物多様性」 という視点から議論する条約だと言ってよい。 例えば、 零細農民が在来種の農作物の栽培と維持・管理を行う権利、 沿岸漁民が大規模な沖合・遠洋漁業者に資源を根こそぎ収奪されない権利、 あるいは彼らの入会権や入浜権が奪われず、 一方的に森林が伐採されず、 海岸が埋め立てられない権利などを CBD は扱うことができる。 その点で、 CBD は、 人と人の関係を扱う条約であって、 ただ 「希少動物や植物」 を守る条約ではない。 ABS に関して、 公平で衡平な利益配分を 「大航海時代」 に遡るかどうかが論点になったことを考えても明らかだろう。 これは、 2001年ダーバンで開催された 「反人種主義世界会議」 で焦点となったテーマでもある。
 具体的に言えば、 「生物多様性」 は、 人類の 「文化的多様性」 と密接に関連しており、 その重要な主体は国家ではなく、 「先住民族・地域共同体 (indigenous and local communities=ILCs)」 とその 「伝統的知識 (traditional knowledge=TK)」 である。 もともと、 CBD の採択は1992年で、 当時の状況下、 アジア・アフリカで 「先住民族」 という概念が否定されることを恐れて、 ILCs という用語が使用されたようだが、 これまで ILCs は実質 「先住民族」 であった。 しかし、 アグリビジネスやアクアビジネスに対抗する零細農民・漁民組合や一定の地域に根差したマイノリティが 「地域共同体」 であることや TK の保有者であることを主張するようになれば、 この概念はさらに拡大する可能性もある。 具体的には、 ILCs の役割は、 CBD の条文上第8条 j 項、 第10条 c 項・d 項、 第17条2項、 第18条4項に規定されているが、 とくに ILCs の ABS への参加などを規定した第8条 j 項は、 CBD の中ばかりでなく、 WTO などでも議論される重要な条文である

名古屋における CBDCOP10の成果と日本の課題
 

 名古屋では、 会期中さまざまなサイドイベントが行われ、 CBD の重要性が改めて確認された。 その中には、 他の国際プログラムと人権に関する問題も少なくなかった。 例えば、 「ミレニアム開発目標 (MDGs)」 があり、 この目標のひとつが 「普遍的初等教育の達成」 である。 しかし、 これが主流社会の言語や価値を教える国民教育であり、 その中で共同体の小さな学校が解体され、 大きな学校に統合されることを先住民族は批判してきた。 こうした一方的な国民教育の普及は、 CBD の観点からも伝統的知識を否定し、 その慣行の排除するプロセスである。 また、 FCCC は、 住民を強制移住させた土地に新たに行われる商品価値の高い外来種の植林をもってこれを気候変動に対する緩和政策とみなしてきた。 しかし、 CBD は、 外来種による植林でも、 生物多様性は回復されないことに警鐘をならしている。
 さて、 CBDCOP10は、 10月28日を越え翌29日未明、 49の成果文書をすべて採択し、 閉会した。 これらの中に、 念願であった 「ABS 議定書」 (名古屋議定書)、 「新戦略計画2011−2020」 (愛知ターゲット)、 「資金メカニズム」 に関する文書があったことから、 COP 10は成功裏に終わったと評価されている。 名古屋の失敗が、 国際環境運動の崩壊と経済成長至上主義による新たな開発、 公共事業の跳梁跋扈をもたらす可能性があったことを考えると、 その評価は間違いではない。
 また、 ILCs の役割は、 国際環境法の特徴ともいえる 「国内法令に従って」 などの制約付きであったが、 「ABS 議定書」 の本文36条中、 11条で言及された。 さらに、 「新戦略計画2011−2020」 では、 20の目標の内、 2つの目標が ILCs に関係するもので、 とくにターゲット14は、 生態系サービス2 が、 女性、 先住民族・地域共同体、 貧困者、 弱者のニーズから回復、 保全されることを求めている。 その他、 海洋保護区の設定、 第8条 j 項に関連する 「倫理行動規範の要素」 では、 さまざまな国際人権条約やその他の規準文書、 UNESCO 条約・宣言の尊重が言及されている。
 国家により多くの主体性を認める国際環境法では、 こうした合意は、 さらに国内文書に落とし込まれなければならない。 例えば、 議長国を2012年まで務める日本も、 2007年の 「第3次生物多様性国家戦略」、 2008年の 「生物多様性基本法」 の見直しが図られるべきであり、 さらに新たな立法である 「生物多様性保全活動促進法」 の制定などの検討も始まっている。 こうした規準設定には、 環境 NGO ばかりでなく、 人権の分野の NGO からも大きな参画が期待されている。
 (名古屋での合意文書は、 以下の URL を参照。
http://www.cbd.int/nagoya/outcomes/

注釈
1. 上村英明 「WTO 体制と先住民族の権利保障—自由貿易・開発主義と闘う人権・環境権」 『法律時報』 日本評論社、 2010 年 3 月号、 参照。
2. たとえば、 森はその存在自体で保水能力を持ち、 これによって、 水害防止というサービスを社会に提供している。 (これに関し、 最近は、 同じ水量をダムで保水したとすれば、 ダムの建設・維持費がいくらかかったかをもって、 森の価値を経済的に計測しようという試みもある。) また、 同じ森は、 リクレーションの場として提供するサービス、 薬剤の原料となる菌類を提供するサービス、 CO2 を吸収するサービスなどと密接に関係している。 こうしたひとつの生態系が提供するサービス全体を、 CBD の分野では 「生態系サービス」 と呼ぶ。