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国際人権ひろば No.87(2009年09月発行号)

人権の潮流

消えぬNGOの心配 ―アジア・太平洋国内人権機関フォーラム(APF)第14回年次会議にオブザーバー参加して

山下 梓 (やましたあずさ)
人権市民会議事務局

 2009年8月5日~6日の2日間、アジア・太平洋国内人権機関フォーラム(Asia Pacific Forum of National Human Rights Institutions、以下APF)の第14回年次会議が、中東では初めて、ヨルダン・アンマンで開かれた。APFとは、アジア・太平洋地域における人権の保護と促進を目的として、同地域の国内人権機関が互いの経験を共有し、活動を強化し合おうと、各国の国内人権機関が集まって1996年に設立された組織。現在、「正会員」1と「準会員」2を合わせて17の国と地域の人権機関が参加している。
 2日間の会議には、この17の国と地域の国内人権機関の他、10カ国3と1政府間フォーラム4の政府代表、そして、オブザーバーとして、中東のNGOの59人を含む100人を超える人権NGO関係者が出席した。
 会議では、各国内人権機関が2008年の活動に関して報告5した他、人権と腐敗、人権と宗教という2テーマに関する議論が行われた。最終日の6日には会議の成果文書が公表され、ビルマ、イラン、被占領パレスチナ地域における「腐敗の結果としての深刻な人権状況」に言及した他、移住に関するワーキング・グループの設置を歓迎した。
 以下、第14回APF年次会議に参加して見えたものを、オブザーバー参加したひとりとしてお伝えしたい。
 なお、8月3日~4日、中東の9の国と地域6の参加者を含むNGO関係者は、自分達の声をAPF年次会議の議論や成果に反映させようと、NGO会議を開催した。そのことにもふれたいと思う。

ANNIレポートの影響力―消えぬNGOの心配


 アジアの26のNGOからなる「国内人権機関に関するアジアNGOネットワーク(Asian NGOs Network on National Human Rights Institutions(ANNI)」は、APF会議に合わせて、『ANNI2009アジアにおける国内人権機関の実行と設立に関するレポート』7を公表した。レポートには、2008年7月にウランバートルで起きた暴動で逮捕された200人を収容した施設をモンゴル国家人権委員会委員長が視察した際、逮捕者が収容施設で拷問や栄養失調に直面していたにも関わらず、人権侵害はなかったと発表したこと。タイの国家人権委員会の新たな委員が元政府職員や警察官ばかりであること。マレーシア国会がSUHAKAM(マレーシア国家人権委員会)の委員選任に関する法律を改正したが、選任プロセスは透明性を欠くもので、改正前と変わらないこと。2009年3月、韓国政府が国家人権委員会のスタッフを20%削減し、委員会内の部署も統廃合したことなど、国内人権機関にとって非常に重要な要素である独立性、実効性、NGOとの協働・信頼関係に関わる懸念される状況が挙げられている。
 しかし、NGOの心配の種はANNIレポートに記されたこれらの出来事に留まらなかった。レポートが、ICC8での格付けの際に参考資料として採用されるなど影響力を持つようになり、ANNIを「私たちに対抗している(against us)」と見なす国内人権機関が見られたのだ。SUHAKAMは、APF会議の質疑応答時間を使って、SUHAKAMがICCでの格下げの危機に直面していることについて「困難な状況に置かれている。私達に対抗する動きがある」とANNIやANNIレポートを煙たがった。モルディヴの人権委員会委員も、同委員会がICCでの格付けがBに留まっていることについて、委員の多様性がパリ原則の基準に沿わないことが理由であるにも関わらず、ANNIレポートが原因だと批判した。

否定された「女性の権利と宗教の自由の衝突」


 「失望した」、「腹立たしい」―会議最終日のランチ・タイム、私が座ったNGOのテーブルでは女性達の怒りがしばらく収まらなかった。理由は、この日の午前中の「宗教の自由と人権」に関するセッションに登壇したヨルダンの男性大学教授の発言にある。
 宗教が人種差別の扇動に使われることがあること、表現の自由が宗教を冒涜するケース、宗教の自由の尊重には宗教間対話が重要なことなどを述べた後の質疑応答の時間。元・国連女性差別撤廃委員会委員の申蕙秀さん(韓国)が「宗教的慣習が女性の権利を制限するなど、現実を見ると、女性の権利と宗教の自由が衝突することがあるように思う」と述べた上でスピーカーに意見を求めた。これに対しこの大学教授は「今のご指摘は間違っている。コーランにおいて、男性と女性は平等とされる。イスラム教において、女性の権利は尊重されている」と指摘を一蹴した。

抜け落ちた「性的指向と性自認」


 今回のAPF会議では、会議の成果文書にレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)の人達の人権に関する「性的指向と性自認」に関する文言が盛り込まれることが期待されていた。今年5月にAPFの一部メンバーがインドネシア・ジョグジャカルタ9で、人権と性的指向・性自認に関する会合を持っていたからだ。
 ジョグジャカルタでの会議をふまえ、NGOはAPFに対し、APFがジョグジャカルタ原則の普及に取り組むことなどをNGOからAPFに対する勧告のリストに盛り込んでいたが、無視される形となった。
 性的指向と性自認は、宗教的理由や政治的背景により立場の分かれるテーマで、自身の年次活動報告書の中でジョグジャカルタ原則にふれたインドネシアの人権委員会のスタッフによると、APF内にもこの問題については大きな対立があるという。

すべての人の人権の実現に向けて―NGOネットワークの果たす役割


 NGO会議に参加した中東のNGOは、向こう3カ月を目安に、中東版のANNIのようなNGOネットワークを立ち上げることで合意した。ANNIの活動がアジアの国内人権機関の活動に影響を持ち、異なる国のNGO間で経験や戦略が共有されているのを目の当たりにし、「私達も自分達の国や地域の国内人権機関を監視することで現状を変えたい」と刺激されたためだ。
 現在、NGOが地域的にネットワークをつくって国内人権機関の監視・評価を行っているのは、アジアのANNIだけ。上述のように、NGOを敵視する「政府の代弁者」のような国内人権機関からの批判によりANNIはその存在意義を問われており、各地域にANNIのようなネットワークができれば、「政府の代弁者」も「アジアの自分達ばかりがNGOのせいで辛い目に遭わされる」と批判できなくなるだろう。
 実は、今回の会議で年次会議の開催は最後となった。今後は、組織事項の協議のために毎年会合(annual meeting)が開かれ、これまでの年次会議(annual conference)は隔年となる。これには、NGOから、これまでなんとか年1回確保できていたNGOのAPFの活動への介入のスペースが減ってしまうとの懸念の声が上がった。新たな心配の種である。具体的な対応策はAPF会議、NGO会議が終わった現在も検討中だが、独立した実効性ある国内人権機関の実現と、上述のように議論が分かれるとして避けられる問題の議論を前進させるため、NGOが果たす監視や提言の役割は、今後さらに拡大することが予想される会議となった。


1.アフガニスタン、インド、インドネシア、オーストラリア、カタール、韓国、タイ、ニュージーランド、ネパール、パレスチナ自治区、東ティモール、フィリピン、マレーシア、モンゴル、ヨルダン。パレスチナ自治区とカタールは昨年の年次会議時点では準会員だったが、今回正会員に格上げされた。
2.スリランカ、モルディヴ。スリランカは昨年の年次会議時点では正会員だったが、今回準会員に格下げされた。APFでの格付けは、世界各国の国内人権機関からなる「人権の促進と保護のための国内機関に関する国際調整委員会(以下ICC)」での格付けによる。ICCは、各国国内人権機関について、その基礎となる法律や実施が「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」に沿っているかどうかによってA~Cに格付けする。
3.インドネシア、オーストラリア、サモア、スリランカ、タイ、ナウル、ニュージーランド、フィリピン、マレーシア、ヨルダン。
4.コモンウェルス。
5.インドネシア、オーストラリア、スリランカ、ニュージーランド、ネパール、東ティモール、マレーシア、モルディヴ、モンゴルの国内人権機関の報告書は、APFホームページに掲載されている。
6.イェメン、イラク、イラン、サウジアラビア、シリア、パレスチナ自治区、バーレーン、ヨルダン、レバノン。
7.2008年中と2009年初めにかけてのアジア15カ国における国内人権機関の活動に対する評価と、同機関設立準備段階にある国での議論の進捗状況をまとめたもの。
8.上記(脚注2)参照。
9.2006年11月、29人の国際人権の専門家らが、ジョグジャカルタで「性的指向と性自認の問題に対する国際法の適用に関するジョグジャカルタ原則(ジョグジャカルタ原則)」を採択した。