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国際人権ひろば No.83(2009年01月発行号)

特集「日メコン交流年」と持続可能な社会づくり-私たちの課題 Part 1

ベトナムにおける開発と人権-現状と日本の役割

香川 孝三(かがわ こうぞう)
大阪女学院大学教授・副学長

問題点

 「ベトナムにおける開発と人権」というテーマはベトナム共産党およびベトナム政府にとっては、もっとも触れてほしくない問題である。2007年6月1日ハロンで開催された対ベトナム中間CG会合(支援国会合)の席で、フランス、スイス、カナダ、アメリカの代表がベトナムの人権や信仰・言論の統制に対する懸念を表したのに対して、ズン首相は内政にかかわる問題について外から干渉しないでほしいと言い切ったと伝えられている。その理由として、歴史的社会的背景の違いから一概にドナー側の論理を押し付けるべきでないと述べていた。これは欧米から発展してきた人権に対して、「アジア的人権」や「アジア的価値」を強調して、欧米の人権論がベトナムに適用されることを拒否したものと思われる。その背景には人権や宗教や言論の自由を規制せざるを得ないベトナム国内の事情があるためである。ベトナム共産党の一党独裁体制によって国内を統治しており、それに反対する勢力を抑えることによって国内の統一を維持している。その結果、人権や言論の自由を規制せざるをえない状況にあるからである。
 ただ人権といってもその範囲は広く、ベトナム共産党や政府が懸念をする人権は政治的活動の自由や思想・信条の自由で、現体制を直接危うくするおそれの強い人権である。現在でも政治犯は獄中におり、年に2回恩赦によって出獄することが報道されていることで、政治犯の存在が確認されている。本を出版する場合、テレビやラジオで情報を流す場合や映画を製作する場合にも、文化情報省の許可が必要なことはよく知られている。検閲によって修正を余儀なくされる場合があることも知られている。
 一方、人権の中でも直接治安を悪化させる事態をまねかない人権には寛大な態度がみられる。たとえば、人身売買によって女性や子どもの人権が侵害されることへの救済には政府は反対していないし、HIVやエイズによって命が脅かされ生存権を危うくする事態を救済することには積極的に協力している。貧困は生存権にとって最大の問題であるが、これは包括的貧困削減成長戦略によって貧困層を減らす政策が実施されており、このための支援をベトナム側は歓迎している。
 ただ人権の中でベトナム共産党や政府が懸念する人権がなになのか、事前に明確ではない。それは政治的状況によって変化する可能性を持っている。そこに怖さが潜んでいる。

日本側の対応


 日本はベトナムの開発と人権に対して、どのような対応をしているのであろうか。日本のODAと日本のNGOの2つを見てみよう。

(1) 日本のベトナム国別支援計画(2005年4月)
 この計画を読むと、経済開発支援に比重がおかれていることは容易に読み取れる。人権とか言論の自由の確保という表現はどこにも記述されていない。
 ドイモイ政策による市場経済化を促進するために、経済開発の支援を実施することを中心に支援計画が立てられているが、社会開発にも注意をむけており、貧困削減や地域間格差の是正にも支援することが明記されている。貧困層の9割が地方に居住し、中・北部の高原山岳地帯に貧困層が増大しており、そこから都市への人口流入も増大している。この貧困問題を放置しておくことは、経済発展への不満を助長し、政治的安定を損なうおそれがあると指摘している。貧困は生存権をおびやかす最大の要因であり、貧困の撲滅は人権論の視点からも重要な論点である。しかし、この計画では貧困問題を人権の立場から記述したようには読めない。経済開発を妨害しないように、バランスのある経済開発のために貧困削減や地域間格差がふれられている。
 この計画が作成された時期には、開発を人権と結びつけて議論することが必ずしも一般化されていなかったことも考慮することが必要であろうが、日本政府側には、ベトナム側を刺激したくないという意識が働いていることも否定できない。
 外務省総合外交政策局には人権人道課があり、人権外交をすすめ、人権を普遍的価値としてその擁護を進めており、内政干渉ととらえるべきでないと、日本の基本的立場をはっきり明記している。しかし、個々の事例では基本的立場とは別の配慮が優先するようである。
 ドナー国の中では最大の国である日本が、もし人権や言論の自由について積極的に発言すれば、大きな影響をベトナムに与えるかもしれないが、外交関係をまずくする可能性がある。現在日本とベトナムは戦略的パートナーシップの関係できわめて友好的な関係を築いている。もし、人権問題を正面から提起すれば、ベトナム側が第二次世界大戦中の日本軍による200万人餓死事件を取り上げ、日本の戦争責任を持ちだす恐れがある。中国でおきた日本排撃運動とおなじことがベトナムでおきるかもしれない。中国での工場立地をやめてベトナムに移動してくる日本企業が増加している中では、そのような結果を招くことは、日本にとって外交上、経済上大きなマイナスになる。以上の配慮から人権や言論の自由にはふれないという対応がとられているものと思われる。
 しかし、人権の中でも人身売買によって犠牲になる女性や子どもの人権保護や、貧困撲滅の政策として山岳少数民族の子ども達の教育を受ける権利を促進するために、学校建設にODAを提供している。さらにHIV予防や上水道や下水道の建設にODAを提供して、ベトナムの人々の健康を保持する権利や環境を保護する権利のため支援を実施している。それらはあえて人権という言葉で表現してはいないが、同じ効果をもたらしている。

(2) 日本のNGOの活動
 日本政府の対応に対して、日本のNGO側からは、ベトナムの市民社会の状況や人権の状況に対して、日本政府としてどのような認識を持っているのか明らかにすべきであるという意見がある。しかし、NGO自身にも一定の制約が存在する。それはベトナム共産党の一党独裁体制下のもとでのNGOの課せられた制約である。
 日本も含め海外からベトナム支援のために出かけているNGOは具体的に人権にかかわる活動に多く従事している。農村や山岳部少数民族の貧困層の救済や、女性のエンパワーメント、社会的に排除されている人々(たとえばストリートチルドレン)の救済のための活動を実施している。その際に、地域住民、特に女性に参加してもらい、将来自律して活動できるように配慮して参加型の開発戦略をたてている。地方自治の拡大がベトナムでも実施されており、海外からのNGOはパートナーとして地方自治体や、ベトナム共産党の活動を支える祖国戦線の地方組織と組んで活動している。その際には中央政府の許可が必要であり、地方自治体の意思だけでは動かない。ベトナムの地方には、まだ先進国でいうNGOが十分組織されていないことも、一つの原因であるが、政府のコントロールの効く組織をパートナーとせざるをえない状況がある。
 ベトナムの国家戦略としての貧困削減に海外のNGOを活用する意図がうかがえるが、その許容される範囲を超えて活動をすれば、日本からのNGO活動家は国外退去になるであろう。人権や言論の自由を規制している国だからこそ、それにかかわる活動には、たとえNGOであっても、ベトナム政府は目を光らさざるをえない。国内の批判勢力が海外のNGOと結びついて、批判活動することを恐れており、ベトナムで活動する日本のNGOは一定の枠、つまり体制批判につながる活動はできない。

<参考文献>
・ホン・プオン・タオ「扉は開かれているか?」
 『アジア・太平洋人権レビュー2008』、現代人文社、61-81頁
・「ベトナムで活動するNGOとの意見交換(第3回)」(於・JICA国際協力総合研究所)
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/kondankai/senryaku/vietnam/giji
・島村真澄「2007年対ベトナム支援国会合報告」
 政策研究大学院大学(GRIPS)開発フォーラム、2007年12月11日
・ 拙著『ベトナムの労働・法と社会』信山社、194-210頁、2006年

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