1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.83(2009年01月発行号)
  5. タイとラオスでみるダム開発と人権

 
Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.83(2009年01月発行号)

特集「日メコン交流年」と持続可能な社会づくり-私たちの課題 Part 3

タイとラオスでみるダム開発と人権

木口 由香(きぐち  ゆか)
NPO法人 メコン・ウォッチ

はじめに

 巨大な建造物であるダムは、国の発展や威信の象徴となることが多い。タイやラオスでも同様で紙幣にもそれが刻まれている。社会主義国らしく、農民と工場が図柄に好まれるラオスの2,000キップ札の裏側はダム。タイの最高紙幣1,000バーツの裏側にも、名君と称えられるプミポン国王と並びダムが描かれている。加えて、タイには国王の母をはじめ、国王夫妻、4人の王女王子の名前を冠したダムがある。これらのダムは、完成後に王家に献上される形で名前を改めたものだ。国民から非常な尊敬を集める王家と結び付けられるダムは、その事業がたとえ国王の事業1でなくとも、人々の意識の上では自然にその権威を帯びることとなる。タイでダムに反対、もしくは意見することが非常に困難であった時代は、それほど昔のことではない。また、一党独裁体制であるラオスで国家プロジェクトに異議を唱えるのは、今でもよほどの覚悟が必要なのが現実である。

沈黙を強いられた人々


 「ダムに反対する?あり得なかったね。そんなことをしたら、共産主義者として裁判もなく投獄されるのが普通で、運が悪ければその場で撃ち殺されていた」。
 タイ東北部、ウボンラチャタニ県にあるシリントン・ダムの影響住民の話である2。1960年代当時、サリット、タノーム、プラパートと続いた軍事政権は、周辺国の共産化を恐れるアメリカの支援を背景に、アメリカや日本から多くの援助を引き出していた。東北タイと中央をつなぐフレンドシップ道路、数多くのダム。シリントン・ダムも日本の円借款で1960年代後半に建設されている。当初、川の名前をとってラムドムノイ・ダムと呼ばれたここも、王女の名を冠してシリントン・ダムと改名された。水没地の一部は、共産ゲリラの勢力が強い村も含まれていたため、補償のための土地の測量も満足に行われなかった。またそれがあった場所でも人々は不満を口にすることはかなわず移転した。だが、移転先は土地が悪く多くの人が離散し、行方が知れなくなったという。当時人々は、これが日本の「援助」で建設されたことも知らなかった。
 住民はダムが建設されて30年も経ってから、正当な補償を求める運動を起こした。きっかけは、タイで一番民主的な憲法と言われた1997年憲法であった。発布前、市民グループが各地を回り地方の農民に憲法の内容を説明する巡回を行っていたが、これに参加した住民が「自分たちには正当な補償を受ける権利がある」ということに気付き運動を始めたという。人々は後に、サマッチャー・コンヂョン(貧民会議)3という住民運動の全国ネットワークに参加、再補償の要求を政府に突き付けた。その願いは10年ほど前に認められ予算化までされたが、その後の政党間の政治的思惑や政治混乱で、未だに住民の手には届いていない。

14名の「反逆者」


 1999年3月、貧民会議のダム影響住民グループは、同じくウボンラチャタニ県に1994年に作られたパクムン・ダムの敷地に真夜中に集まった。数千人の人々は、小屋を立てる準備を整えダムに敷設する駐車場と公園を占拠、そこに「抗議村」を打ち立て3年にわたる非暴力抗議運動を展開した。だがタイ政府は、人々の声に耳を傾ける前に住民リーダー14名を国家に対する「反逆者」とみなし、逮捕状を請求した。この中には当時まだ14、5歳であった少年も含まれていた。
 運動が続く2000年、タイの首相府前で開かれていた住民集会の中で、貧民会議のアドバイザーである社会活動家ワニダー・タンティウィタヤーピタックさん4は演説の中で人々に「法を犯すことを恐れてはいけない」と熱心に説いていた。非暴力の運動を貫いている女性運動家が違法な行為を勧めるように聞こえ驚いたが、ダムに反対する人々にとって政府の圧力がいかに厳しいものであるかを理解する一幕だった。彼女自身、住民と共に運動の先頭に立ってきたため、公共物への不法侵入などの罪状でいくつもの裁判を抱えていた。パクムンダムの建設時の1991年、タイは軍事クーデターでチャーチャーイ政権が倒れ、一時的に軍政が復活していた時である。憲法は停止され、5名以上での集会が禁じられた中での反対運動で、住民とサポーターの何人かは治安維持違反にも問われていた。
 彼女が2007年に志半ばで癌に倒れ亡くなったことで、控訴棄却となったそれらの「犯罪」は、彼女の命とともに消えた。逆にいえば、それは生涯彼女に纏わりついていた。過去のように命を奪うあからさまな弾圧がない代わりに、「法」が人々の声を封じ、ダムについて議論させない役割を担っていたのが1990年代のタイの状況であった。
 しかし、声を上げた多くの人々の働きで、タイの国内ではダム建設により様々な人権侵害が起こっていることは、広く認識されるようになった。パクムンやシリントンダムを所有するタイ発電公社も、今や「住民の反対で、もはやタイ国内にはダムは造れない」と公言する。しかし、様々な人権侵害は改善されるどころか、温存されている。タイ発電公社が、「国内でできないのなら近隣国にダムを作る」と、方針を改めているからだ。

アセアン(ASEAN)のバッテリーを目指すラオス


 現在、ラオス政府がウェブ上に公開している資料によると5、2008年8月時点で既に稼働しているダムが10ヵ所、建設中が8か所、すでに何らかの調査が始まっている場所が15か所あり、それ以外に更に39ヵ所の計画がある。もちろん、3千のダムがあると言われる日本と比べれば、その数は少ないとはいえ、すべての計画が実施されれば、ダムの数は今の6倍になることになる。また、現在操業中のダムのうち、6つがタイへ電力を輸出している。
 内陸国で輸出型産業を育てることが難しいラオスでは、豊富なメコン河水系の水を利用する売電を国の主要産業と位置付け、「アセアンのバッテリー」となることを目指している。しかし、そこには様々な問題が存在する。環境関連の法が整備され、環境アセスメント(EIA)実施も義務付けられてはいるが、ラオスは識字率が低い上に、多民族国家である。立地の条件からダム建設は山岳地帯で計画されることが多いが、そういった地域に住む人々は多数派のラオ族ではなく少数民族である場合が少なくない。影響住民とのコミュニケーションで文字はほとんど意味をなさないのが現状だ。また、EIAに関しても様々な問題がある。法令からは公開が義務付けられていると解釈できるが、ラオスの担当機関に公開を求め、それを入手できたNGOは2008年末までにはなかった。

タイからラオスへ-広がる影響


 南部ラオスに計画されているセカタムダムは、発電能力60.8メガワットの水力発電ダムだ。メコン・ウォッチでは再三、環境アセスメント(EIA)などの公開を求めてきたが、現在までに入手できたのは要約版で、それも建設予定地や影響村が伏せられていた。このダムは、関西電力が2005年に経済産業省のODA予算を使い実現可能性調査を行っている6。影響住民はラオス国内に5千人しかいないとされるニャフン族で、焼畑やコーヒー栽培を主な生業としている。現地からの情報では、人々は移転について断片的に聞かされているだけで、まったく先の見えない状態に置かれている。
 ラオス各地で起こっているはずの出来事も、外部には断片的にしか伝わってこない。ラオス中部で中国企業が建設したナムマン3ダムでは、影響住民が暴動を起こしたと伝えられているが、その後の状況は不明である。このダムも、タイへ電力を輸出している。また、2008年9月に訪問したナムトゥン2ダムの移転住民も、移転後の生活が立ち行かないことを政府の役人に伝えることを恐れて避けていた。このダムは世界銀行の支援で、ラオスの貧困削減のために進められている。
周辺国へダムを建設しその電気をタイが買うことで、開発による人権侵害の構造はタイの外に出て温存されてしまった。タイでの人々の苦い経験は活かされることなく、問題は周辺国に広がりつつある。

<注>
1. タイの国王は通称キングス・プロジェクト(王室プロジェクト)と呼ばれる
  様々な農村開発事業を行っている。
  以下のページを参照。
  http://www.thaiembassy.jp/60th/japanese/royalproject.htm
2. 以下のページを参照。
  http://mekongwatch.org/env/thailand/sirinthorn/index.html
3. 政府の開発によって生活に悪影響が及んでいる人々のネットワーク:
  貧民会議(ASSEMBLY OF THE POOR)の活動については、以下のページを参照。
  http://mekongwatch.org/resource/news/20070615_01.html
4. 彼女の活動については、以下のバンコク週報記事が参考となる。
  http://www.bangkokshuho.com/archive/2003/oldcolumn/women/1079.htm
5.(http://www.poweringprogress.org//download//Electric_Power_
  Plants_in_Laos_as_of_August_2008.pdf 2008年12月20日アクセス
6. 経済産業省のODA「平成17年度開発途上国民活事業環境整備支援事業」で
  「タイ国輸出用ラオス国セカタム水力発電事業可能性調査(2006年2月)」として実施された。
  報告書は経済産業省の資料室で公開されている。

To the page top