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国際人権ひろば No.79(2008年05月発行号)

コラム 世界の人権教育

東北アジアの教育者による人権教育ワークショップ~ 経験交流から新たなステップへ

 ヒューライツ大阪は韓国、香港、台湾、モンゴルおよび日本から人権教育に取り組む教育者を招いて、2008年3月11日から13日までヒューライツ大阪・セミナー室において「東北アジアの教育者による人権教育ワークショップ」を開催した。

 これは、ヒューライツ大阪が2006年11月18日に大阪府、大阪市、堺市、各市教育委員会をはじめ在阪の人権団体の協力を得て、12名の海外ゲストを大阪に招いて開催した「人権教育国際会議2006?アジアと大阪との対話」のフォローアップの一環として開催したもの。同国際会議では、南、東南、東北アジアの3つの小地域から集まった教育者たちが、人権教育をどのように進めていくかについて、日本の教育者をはじめとする150名の参加者と経験を分かち合いながら議論を行った。1

 今回のワークショップ参加者は招待ゲストに限定したものの、そのねらいは、東北アジアの学校における人権教育の現状を概観したうえで、推進のための課題を確認し、アジアにおける人権教育のネットワークの一翼を担う東北アジアの人権教育ネットワークの構築に向けて前進させることにあった。

 本誌では、日本を除く国・地域の報告、および議論の概要を紹介する。



 

ワークショップに参加した教育者

 韓国:ナ・ヨンヒ(国家人権委員会人権教育本部長)

 香港:梁恩栄(香港教育学院准教授)

 台湾:林佳範(台湾国立師範大学准教授)

 モンゴル:リンチン・ナランゲレル(市民教育センター所長)

 日本:阿久澤麻理子(兵庫県立大学准教授)



コーディネイター

ジェファーソン・プランティリア(ヒューライツ大阪主任研究員)

各国・地域の現状



韓国

 長い間続いた軍事独裁政権から民主化に成功した韓国は、2001年に設立された国家人権委員会(人権擁護と促進のための専門的な国家機関)が、教育省(現在の名称は、教育科学技術部)の協力を得ながら、学校の人権教育を強力に推進してきた。しかし、他の東北アジアに共通するように、韓国の伝統的な教育文化は、子どもに対し権威主義的で、知識偏重型である。学歴によって社会階層が形成され、グローバル化の下、競争原理に基づいた教育が一層進行しているという問題がある。

 ナ・ヨンヒさんは、国家人権委員会設立以来のスタッフで、現在は、学校教育、市民教育、公共教育(公務員を対象)を束ねる人権教育本部長を務めている。


●ナ・ヨンヒさんの報告

 韓国の国家人権委員会は人権教育の制度化を推し進めてきた。なぜ制度化が必要性なのか?人権研修に自主的に参加する教員の少なさや、生徒たちから寄せられた学校での人権侵害の救済を求める申立などから、制度化抜きに学校を変えることは困難であるという判断をしたのである。

 国家人権委員会は、人権侵害(公権力によるもの)や差別行為(公権力によるものと私人間の両方)の申立を受付けて調査し、人権問題であれば是正勧告などの手段で被害者救済を図るという機能を持っている。生徒からの申立について事実を調べ、人権の観点から、学校の規則改正や体罰の禁止、強制的な日記点検の廃止などの勧告を教育省に出した。勧告の中には受入れられたものもあったが、髪型強制の見直しなどは教育省や地域の教育委員会は応じなかった。

 また、教育課程の見直しとプログラムの開発のために、国家人権委員会の人権教育チームは、専門家とともに2002年に教科書を分析した。その結果、教育省に対し、障害者や女性差別を助長するような内容など人権の原則に反する教科書の改訂勧告を出した。同省は、この勧告を受け入れて改正した。また、人権教育のモデルとなるカリキュラム開発に着手し開発したが、人権教育関係者はカリキュラムの実施には、なお精査が必要だという考えに至っている。

 学校の抑圧的な雰囲気を改善し、生徒の人権意識を向上させるには、学校の運営自体に人権が実現されなければならない。そこで「人権に親しい学校作り」(Human Rights Friendly School)プロジェクトをはじめた。研究モデル指定校は2年間取り組むことになる。ある中学校では、このプロジェクトで校則の改正に成功した。

 大学レベルでの人権教育の拡大にも取り組んでいる。2007年現在、大学レベルで135科目、大学院レベルで55科目がある。主な分野は、法律、社会福祉、教養、社会学、人文科学の集中講義などである。またロースクールのある7つの大学と国家人権委員会は、協定を結んで、人権教育の進展について協力をしている。さらに、人権教育が社会の様々なセクターで推進され、人権が根付くように「人権教育法案」を2006年に政府に勧告した。勧告案を受けて政府が7条からなる政府案を策定し上程したが、当時の野党(現与党)が反対し成立待ちの状況にある。




香港

 香港は、英国の統治時代に14の人権に関する国際諸条約を受け入れている。1984年に、英国と中国の間で合意が交わされ、香港は、1997年7月に中国に返還された。中国の「一国二制度」の方針によって香港特別行政区となったが、これらの条約は、依然、香港で効力をもっている。香港は、1984年から返還までの時期に、人権教育に関し一定の前進が図られたが、学校の人権教育は、市民教育(Civic Education)の枠組みの中で取り組まれようとした。しかしその後、北京の中央政府は、香港の政治や社会に様々な影響力を持とうとし、人権教育を含めた教育政策に関しても中央政府の意向が反映されることになった。

 梁恩栄(Leung Yan Wing)さんは、教育養成や教員研修を長年取り組んできた香港教育学院(Hong Kong Institute of Education)准教授であり、アムネスティ・インターナショナル香港などのNGO で構成されている人権教育ネットワーク組織の中心メンバーでもある。



●梁恩栄さんの報告

 香港には、人権教育に関する直接の教育政策はない。1989年の天安門事件の影響で、香港でも民主化を求める大きなデモがあった。その時、一部の学校では、校則の改正や、学校で、政治を教え情報を伝えることが許可された。1990年、1991年に、香港の憲法にあたる香港特別行政区基本法と香港権利の章典が成立し、そうした政治の変化の中で、返還一年前の1996年に策定の「学校の市民教育の指針」では、5つの焦点の1つとして人権教育が含まれた。しかし学校では人権教育がほとんど実施されなかった。教員の多くは、人権の知識がなく人権教育を重要とはみなさなかった。5年後の2001年に策定された教育政策に関する公的文書「学習するための学び」(Learning to Learn)では、人権や民主主義を含めた政治的な事柄が、「付録」になってしまい、2007年の政府組織の改編では、市民教育を推進していた委員会が解散になった。中央政府は人権よりも国家主権を強調している。

 現在、新たな教育改革の中で、中等教育課程で必修科目と自由選択科目が設定され、2009年からどちらの科目にも人権教育をとりこめる余地が出てきた。しかし、選択科目は各学校が決める。人権を教えている学校でも、道徳的な視点から扱ったり、権利より義務を優先させる傾向がある。そして国際的な人権規準をどうみるか常に議論になっている。私は、個人の内部変革も含めた変化を志向する教育学が人権教育では大事であると考えている。「行動に乏しい人権教育」が人権文化を育てるか疑問である。




台湾

 台湾は、中国本土から逃れてきた国民党が政府を作り、1987年の戒厳令解除まで、「反共」軍事政権が続いた。その後民主化運動が進展し、1996年には初めて選挙で総統が選ばれた。そして戒厳令時代に民主化運動を担った人たちが政府の要職につくなど、人権政策や人権教育推進に追い風となる政治状況が続いてきた。教育部(省)が人権教育に関するいくつかの政策を実施しており、体罰の禁止を含め学校文化が人権に親しい内容に変わってきている。

 林佳範(Lin Chau Fun)さんは、台湾国立師範大学准教授であり、2006年から2007年に教育部の人権委員会委員を務めた。人権NGO のメンバーとしても活動し、「司法改革基金・法関連教育センター」委員なども務める。



●林佳範さんの報告

 教育部(省)は、1998年の教育課程編成において、小学校から中学校まで(9年間)の教科の一般指針の中に人権教育を組み込むことにした。8つの教科に人権、性平等、環境など6つのトピックを入れるものである。1999年6月の教育基本法改正では、教育の目的の中に、「基本的人権の尊重」の文言が入った。2001年には教育部部長(文部科学大臣に相当)を座長とした「人権教育委員会」が設立され、人権教育に関わる調査研究や教員研修、教材やカリキュラム、人権向上にふさわしい校内作りなどのテーマでワーキング・グループが作られている。また台湾は、儒教的な考え方が根強く、教条的で権威主義的な雰囲気が学校の運営に影響を与えているため、生徒の権利を認め、生徒がエンパワーする観点からの人権教育が必要である。これには、法関連教育が密接に関わっている。そして2006年12月の改正教育基本法では、体罰が禁止され、個人の身体の管理などは生徒の権利が尊重されるようになった。これには、髪型の規制からの自由を求める生徒たちによる大規模なデモに対する当時の教育部長の判断があった。

 2005年には、教育部の予算で、人権教育相談情報センター(諮問資源院)が設立され、人権の資料をデータベース化し、教員へのアドバイス、情報提供を行っている。そして一般指針ができて10年目の2008年3月に、実際の教育課程での人権教育の実施をチェックする組織がやっと作られた。

 教育部は、人権教育のための文書や「校内人権環境チェックリスト」を作成し、これらはウェブサイトから教員が容易にアクセスできる。そしてNGOも独自に学校向けの人権教育教材を開発している。その一つが、司法改革基金会の法関連教育センターが、米国の法関連教育の教科書『民主主義の基盤 - 権威、プライバシー、責任及び正義』(Foundations of Democracy : authority, privacy, responsibility, and justice)2を翻訳し、台湾の状況にあわせて編集して、その実施を協力する学校とプログラムを組むものである。現在、12の地方の教育委員会と29校とパートナーシップを結んでプロジェクトを進めている。また生徒の権利をまもるために役立つQ&A「学校の生徒指導の法律上の問題」が法律専門家や教員によって共同刊行されたが、2万部を販売した。




モンゴル

 モンゴルは、20年足らずの間に、旧ソ連をリーダーとした社会主義体制から、資本主義体制に急激に変化した国である。1990年に初めて選挙によって議員を選び、1992年に新憲法が制定された。以来、西側諸国の考え方が一挙に入ってきて、基本的人権と自由が憲法に盛り込まれている。こうした政治・社会の過程の中で、学校における人権教育に関する政策も作られている。しかし、その実施にあたっては財政不足も含めた様々な課題が存在している。

 リンチン・ナランゲレル(Rinchin Narangerel)さんは、国会議員の経歴を持ち、モンゴルのNGO 「市民教育センター」の共同設立者であり、現在は所長を務める。また国際的な市民教育のネットワークである「CIVITASインターナショナル」の執行委員でもある。

 

●リンチン・ナランゲレルさんの報告

 国家レベルでの人権教育の政策は、まず新憲法の制定があり、これを受けて1995年に教育改革に関連する法律が変わった。それまでのモンゴルは、旧ソ連の教育をモデルにしていたが、新しい教育へ大改革しようとしている。教育文化スポーツ省(以下、教育省)は、2004年には、初等・中等教育の標準的なカリキュラムを決めるなど教育の規準を国際的なレベルに合うよう改革を進めているが、その作業は終わっていない。人権教育関連では、1998年に、教育省令によって1年から11年生までのすべての学年で「法的知識」を教えることになり6年生では人権を教えるという大きな成果があった。2003年には、議会が国内人権行動プログラムを採択している。

 一方、いきなり入ってきた「人権」の概念について、みんなが十分に理解できていない。政治体制が安定せず、大臣が変る度に重点内容が変わるという問題点もある。モンゴルは21の県に教育事務所があるが、全国を一度に変えるのは無理である。資源や能力不足で、教育事務所では、教員に新しい教育内容を十分に伝えていない。特に農村部が取り残されている。

 しかし、NGOや国際機関などの積極的な協力によって、人権教育が進められてきた。その一つが、「Street Law」(街の法律)プログラムである。国際NGO の「オープン・ソサエティ・フォーラム」と教育文化スポーツ省共同で進めてきた、法関連教育の取り組みである。2003年にはモンゴル語によるはじめての生徒と教員のための人権教育の教科書を作ることができた。

 モンゴルは、都市への移住労働者が急増していて都市部での子どもの数が多い。学校では出席や生徒指導に教員の注意が行き、教育法の改善までいかない。「Street Law」が提案するような双方向的な学習を子どもがあふれるクラスで行うのは難しい。そこで人権の教科書は2003年に全面改訂された。現場の調査結果では、なお教育行政や現場の不適切なやり方、予算や研修制度など多くの問題が指摘されている。人権教育の歴史がまだ浅いモンゴルではあるが、学校で推進されるための努力が続いている。

ワークショップのもよう
ワークショップのもよう

議論の概要と今後の課題
東北アジアの人権教育の取り組みについて


 各国の報告を受けて、参加者間による追加報告や意見交換が行われた。
 モンゴルでは、学校で行う人権教育の他に、NGOが地域社会の中で、市民活動を培うような活動を行っている。公務員や一般の人を対象に、民主主義や政府とは何かなどを考え、法律に関する知識を提供し、政府の政策に市民が関与できるような研修を行っているのである。また、学校の中で生徒の自治組織をつくるなど、市民活動の活性化とエンパワメントに向けた活動も展開している。最初は自治組織に立候補する生徒はあまりいなかったが、開始して4年で、かなり増えてきた。一般の人びともより勇敢に行動するようになり、政府に対するおそれが少なくなった。

 台湾では、「人権を基盤にした」学校をつくるプロジェクトが進められている。たとえば、ある学校ではプライバシーの権利を取りあげ、特にトイレにおけるプライバシーに焦点を当て、どのように改善できるか、建築士を招いて話を聞くなどして取り組んだ。そして、トイレのプライバシーに関する憲章をつくるための署名キャンペーンを行ったりした。

 香港の学校では、フィールド学習を行っているが、表面的にならないよう、よりていねいなフォローアップなどが必要である。ある学校では、海岸のゴミを拾うという活動を行った際、その海岸にゴミが見つからなかったことから、なぜゴミがないのかということを考え、近くの発電所や村、NGOなどにヒアリングに行くなどの調査をした。さらにゴミ焼却場が建設予定であることを知り、一カ所にそうした施設が集中することに対して、生徒が反対キャンペーンを行うに至ったという事例もある。

 これらの取り組みについて、日本では学校とNGOの連携を制度的に行うことが難しいことが指摘された。

 韓国でも、学校側がNGOとの協力に消極的であることが伝えられた。NGOの側も信頼性を高めることが必要であり、また、学校に関わる場合は教育の一環としてであって、考え方の押し付けにならないよう配慮しなければならないこともあげられた。


 

東北アジアにおける人権教育の課題と可能性


 東北アジアにおいて、人権教育に関して、既存のプログラムや教材などが既に多数存在しているが、その内容に課題があることがあげられた。たとえば、国際人権基準への言及がないこと、文化的、社会的権利に集中して、政治的権利が回避されていることなどである。また、権力(パワー)について、エンパワメントの側面あるいは教員を含めて権力の一部であることについて教えることを回避し、そのために内容が価値中心、あるいは私人間の人権に終始することにつながっていることも指摘された。市民教育、平和教育など、「人権」の名称を使わない教育も多様にあるが、内容については同じことが当てはまると述べられた。

 そのような状況に対して、既存のプログラムや教材を分析し、問題点を明らかにする一方、新しい、意欲的なものを紹介することが提案された。
 東北アジアの地域には、人権に関する法律や政策もつくられているが、周知されていなかったり実施されていないことがある。法律や政策が適切に実施されているかどうかのモニタリングが必要であると述べられた。

 また、人権と伝統的価値との対立があることも課題としてあげられた。人権が欧米諸国から押し付けられるものとみられることや、新しい価値の導入により、自分たちのアイデンティティが失われるという懸念があるとも述べられた。一方、人権と伝統的価値が常に対立しているのではなく、人権につながる伝統的価値もあり、伝統的価値をすべて排除すべきでなく、肯定的なものとして示すことも重要であることが言われた。人権の概念が変化を恐れる人びとにとって、脅威ではなく、付加価値をもたらすものであるという意識をつくることが必要とされた。

 また、東北アジアに限らず、各地で最近見られる教育だけでなく、他の政策全般に見られる競争原理の導入や、学校、生徒、保護者などの無関心が問題であることが指摘された。教員の動機づけが必要であることがあげられ、教職員組合などの教員の団体との連携が考えられることが述べられた。

 今後のステップとして、現在実施されている人権教育の実践の長所と短所を分析することなどを通じて、新たに教材や教案を発展させていくこと、また2009年末まで延長された「国連人権教育世界プログラム」の枠組みを活用しながら、人権教育を進めていく必要性が確認された。人権に関心を示さない生徒や教員、保護者への対応として、学校や日常の生活に関連付けて人権教育を進める工夫する必要性も共通認識として浮かびあがった。

 さらに、人権の原則に基づいて、近年強まる教育における競争原理をどう解釈するのかという困難な課題も認識された。
 ヒューライツ大阪は、今回の「東北アジアの教育者による人権教育ワークショップ」での議論をもとに、今後も同地域における人権教育の推進に努めていく方針である。
 

(構成:朴君愛、岡田仁子、藤本伸樹・ヒューライツ大阪)



1 本誌No. 71・2007年1月号に会議の概要を紹介しています。

 https://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section2/2007/01/post-238.html

2 日本語への翻訳書:Center for Civic Education

著・江口勇治監訳『テキストブックわたしたちと法:権威、プライバシー、責任、そして正義』(2001年、現代人文社)