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国際人権ひろば No.79(2008年05月発行号)

特集・加速化するモノ・カネ・ヒトのグローバルな越境を考える Part 2

国際連帯税の可能性 - グローバル化のなかの新しい開発資金メカニズム

金子 文夫(かねこ ふみお) 横浜市立大学教授

国際連帯税議員連盟の設立


 2008年2月28日、「国際連帯税創設を求める議員連盟」が設立された。会長は自民党税制調査会会長の津島雄二議員で、自民、民主、公明、共産、社民の各党議員が参加する超党派の議員連盟である。設立総会では、元財務大臣・自民党政調会長の谷垣禎一議員が冒頭の挨拶をするなど、与党側の積極姿勢がうかがわれた。
 議員連盟の目的は、貧困・飢餓、気候変動、疫病などのグローバルな課題に向けて革新的な資金調達メカニズムを創設することであり、フランスが主導した国際連帯税推進の世界潮流への合流を目指している。これまで日本政府はこうした国際税の試みには消極的であっただけに、これを契機に政策転換の可能性が出てきたと考えられる。
 議員連盟設立の背景としては、かつて世界一を誇った日本の政府開発援助(ODA)がこのところ毎年減少し、このままでは世界6位にまで後退しかねない状況になったことを指摘できよう。7月の「北海道洞爺湖サミット」は日本の国際貢献姿勢を打ち出す機会であり、新たな財源の発掘に多くの議員の賛同が得られたのだろう。

ミレニアム開発目標と資金源


 国際連帯税という言葉はどこから生れてきたのだろうか。直接の起源は2000年に国連が提唱したミレニアム開発目標(MDGs)に求められる。20世紀末のグローバリゼーションの進展のなかで、世界的規模での格差拡大、貧困問題の深刻化が生じていった。21世紀を迎えるにあたり、国連はこの課題に正面から取り組み、2015年までに世界の貧困層を半減させるなどの具体的数値目標を設定した。問題は、その財源をいかに捻出するかであった。
 2002年、メキシコのモンテレーで開発資金に関する国際会議が開かれ、経済協力開発機構・開発援助委員会(OECD・DAC)メンバー国が国民総所得(GNI)の0.7%をODAにあてること、しかしそれだけでは足りないので新しい資金メカニズムを創出することが協議された。
 これを受けて、フランスのシラク大統領が2004年に革新的開発資金についての報告書(ランドー・レポート)を公表した。そこには、炭素税、航空輸送税、海上輸送税、金融取引税、多国籍企業税など、さまざまな国際税のアイディアが列挙されていた。
 この報告書は、グローバルな活動によって利益を得ている人たちに課税し、不利益を被っている人たちに税収を回していくという国際税の発想を打ち出し、これを国際連帯税と名づけた。
 国際連帯税は、貧困問題に取り組むNGOなどの支持を集めた。もちろんODAは依然として重要だが、そこには供与国の国益が絡んでおり、年によって金額の変動が大きい。それに比べると国際連帯税は、一度制定されれば安定的に税収が確保され、本当に必要なところに毎年予測可能な規模で投入していくことができるからである。

航空券税と通貨取引税


 フランスは2005年、国際連帯税の具体化を目指し、ブラジル、チリ、スペインとともに各国共同の取り組みを呼びかけた。そして2006年3月、 100ヵ国の政府、多数の国際組織、NGOの参加のもとに、パリで国際連帯税推進の国際会議を開催した。正式名称は「連帯とグローバリゼーション:開発のための革新的資金調達と世界的流行病対策に関する国際会議」であった。この会議を出発点にして、国際連帯税リーディング・グループが組織され、正式参加国は38ヵ国からスタートし、現在は53ヵ国へと増加した。日本の議員連盟は、日本政府がこれに加わることを一つの活動目標としている。
 リーディング・グループの総会は、2006年7月ブラジリア、2007年2月オスロ、9月ソウル、2008年4月ダカールと開かれていった。そして国際連帯税の第1号となったのは、航空券税であった。航空券への課税はフランスが2006年7月から開始し、現在はアフリカ、南米など11ヵ国に広がった。アジアでは韓国が2007年9月に導入している。その税収は、UNITAID(ユニットエイド)という国際機関を通じて医薬品購入にあてられ、アフリカで猛威をふるうHIV/エイズ、結核、マラリアの治療に使われている。
 国際連帯税が航空券税から始まったのは、導入が容易であったからである。しかし、ミレニアム開発目標達成のためには金額的にとうてい間に合わない。そこで次に検討されているのは、通貨(外国為替)取引への課税である。
 この考えは、1970年代にトービン税として提唱されていた。ただし、現在議論されている通貨取引税は、トービン税とはかなり異なる。第一に、トービン税の目的は投機的通貨取引の規制であったが、現在の通貨取引税は規制ではなく税収が目的である。そこで第二に、税率が決定的に異なる。トービン税では、規制の効果をもつように取引額の1%の税率を設定したが、現在の案では規制にならないように 0.005%ときわめて低い税率にしている。このような低率であっても、世界の通貨取引量が莫大であるため、年間 300億ドル以上の税収が見込めるという。近年の世界のODA総額は 500~600億ドルの水準であったから、この税収は大きな意味をもつ。

グローバル・ガバナンスの可能性


 通貨取引税の議論はヨーロッパで進んでおり、フランス、ベルギーなどでは議会で賛意が得られている。ただし、世界的規模での導入は困難であること、そのため課税回避が起こりうることなどから、一部の国の実施ですら簡単ではない。
 とはいえ、おそらく通貨取引税は国際連帯税の本命として、今後は中心的位置を占めることになろう。この場合の中心的位置とは、税収という量の側面だけでなく、グローバル市場経済の根幹にかかわる質的な側面でもそう言えるだろう。現在提唱されている通貨取引税は、トービン税との違いを強調する意味で規制の側面をあえて否定しているが、たとえきわめて低率とはいえ、通貨取引への課税はやはり新自由主義的なグローバリゼーションへの挑戦の性格を潜めていると考えざるをえない。
 20世紀末、世界のマネーサプライは飛躍的に増大し、マネー経済は実体経済から乖離するとともに、実体経済を支配する傾向を強めた。実体経済を反映した世界の貿易規模は、2007年には年間13兆ドルあまりに達したが、通貨取引の規模はその数十倍に及ぶと見積られている。サブプライムローン問題はマネー経済の現実を象徴している。そうした肥大化したマネー経済を規制する手法として、通貨取引税は大きな武器になるように思われる。
 さらに言えば、航空券税から通貨取引税への発展は、現在の主権国家のあり方に変革を迫る可能性をもっている。グローバル化の時代にあって、多国籍企業がグローバルに事業を展開し、貧困・環境などのグローバルな課題が深刻化するなかでは、主権国家も一定のグローバル化を必要とされる。国際連帯税は徴税権のグローバル化(脱国家化)の萌芽であり、グローバル・ガバナンスへの道を切り開く意味をもつのではないだろうか。