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<特別寄稿> 法務省人権擁護局「うんこ人権ドリル」、何が問題!?

阿久澤 麻理子(大阪公立大学教員)艮 香織(宇都宮大学教員)

 「うんこ人権ドリル」とは、法務省が作成し、2021年3月から公開されている、子ども向けの人権教材である(注1) 。
 「うんこ」をキャラクターとして使用したドリルは、2017年の「うんこ漢字ドリル」に始まり、その後、シリーズ化され、累計販売数は950万部以上(2022年11月17日)という人気商品である。そこに注目した法務省が啓発資料に活用した、というわけである。
 しかし、人間の尊厳にかかわる問題を、排泄物の「うんこ」と結びつけることに対しては、多くの批判が寄せられている。
 本稿では、あらためて、この「うんこ人権ドリル」の問題点を人権教育の視点から明らかにする。

「うんこ人権ドリル」登場の経緯  
 「うんこ人権ドリル」が公表されたのは、公式には2021年3月末である。というのも、「うんこ人権ドリル」とその利用規約は、法務省のウエブサイト上で公開されており、それによると、ドリルの使用期間は「令和3年3月26日(金)から令和5年3月31日(金)」となっているからである(注2) 。また、「うんこ人権ドリル」に登場するキャラクター「うんこ先生」には、公式ツイッターがあり、そこでは、2021年3月30日に「うんこ人権ドリル」が紹介された(注3) 。その後、いくつかの地方法務局が、イベントで「うんこ人権ドリル」を使用したことがSNS等で紹介されたが、大きな話題となったのは2022年12月に入ってからのことである。
 なお、利用規約には、「うんこ人権ドリル」は「人権啓発活動など公益性があると考えられる目的」で利用できると記されており、子どもを対象とした啓発での使用が想定されていることがわかる。

人権を「うんこ」で語り、啓発するのか?
 省庁がキャラクターを活用した啓発を実施することは、決して珍しくない。法務省人権擁護機関・人権啓発活動ネットワーク協議会が行う人権啓発活動でも、長年、やなせたかし氏がデザインした「人KENまもる君」「人KENあゆみちゃん」が活躍してきた。
 だが、なぜ「うんこ」なのか。たとえば、小学生向けの金融経済教育教材「うんこお金ドリル」を作成した金融庁の場合、「うんこドリル」は「子どもたちに訴求力が高い」と、連携の理由をウエブ上で説明している (注4)。しかし、訴求力が高いという理由だけで、人権を「うんこ」キャラクターと、「うんこ」に絡めた例文で説明すればよいのだろうか? 人権は、すべての人が生まれながらに持つ権利であり、そもそも、それを実現する一義的責務の保持者は国である。その国が、人権を「うんこ」で説明することなど、あってよいのか?そして、普遍的(=世界中の誰もがもっている)人権には、国際基準がある。世界の共通ルールである人権を、日本では、「うんこ」を使った例文で国が啓発しているなどと、法務省は海外に発信できるのだろうか?
 BuzzFeed Newsの取材に対し、法務省人権擁護局人権啓発課の担当者は「小学校低学年や幼稚園児に、人権について、分かりやすく、身近に考えてもらうきっかけにしたいと考え、人気のうんこドリルとコラボした」と、このドリルの意図を説明したことが報じられている (注5)。一方、文部科学省が公表している「人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]」の第1章冒頭には、「人権を一層身近で具体的な事柄に関連させてより明確に把握することが必要」と記されている(注6) 。だが、「一人だけちがう色のうんこを持っている子」や「うんこねこのうんこは車より大きいらしい!」などという表現は、子どもにとって、身近で具体的どころか、あまりにもリアリティを欠くのではないか。いや、人間ではなく、架空のキャラクターを活用しているから、リアリティのない表現も許されるのか?いずれにせよ、ドリルが「分かりやすく、身近」かどうかは、みなさんが直接、確かめてほしい (注7)。

「うんこ」から見える、おとなの子ども観
 もっとも、子どもにとって「うんこ」は関心の対象であり、「排泄=きもちよい」という感覚と結びつき、身体に対する関心を持つきっかけともなる。同時に、ある調査結果においては、友達に知られたり、からかわれたりしたくないからという理由によって、学校での大便を我慢する子どもが4割程度と多いということが報告されており、生理現象でありながら否定的にとらえられることも多い(注8) 。
 このような両義的な「うんこ」に対する感覚をもつ子どもは、「うんこ」や身体に関わる言葉を発することがあり、そこでおとながどのような対応をすべきかが重要となることか確認されてきた(注9) 。つまり教育的観点からみれば、「うんこ」を笑い飛ばしたり、無関心のままにとどめない働きかけが、おとな側にもとめられる。
 保育や教育の実践においては、すでに実績がある。それは食べ物がどのように大便として出てくるのか、どこから出てくるのか、排泄後にどのようにからだを拭いたり、洗ったりするかということを学ぶ教材としてである。からだの仕組みを知り、心地よい状態にする方法を知り、実際にやってみることや、何か問題があれば誰か/どこかに相談することを学ぶことは、そのプロセスをふくめ、自分自身の尊厳を学ぶ権利学習である。
 「うんこ」を子どもたちと学ぶのであれば、そこでおとなたちは、子どもをどのような存在としてとらえるか(子ども観)や、子どもがからだを学ぶ重要性を理解しているのかが問われるのではないか。

人権ドリルならぬ、徳目ドリル?
 ところで、「うんこ人権ドリル」の内容は、「人権ドリル」というより、「徳目ドリル」である。ドリルには3つの3択問題(3つの選択肢から1つを選ぶ)があり、その第一問は、「一人だけちがう色のうんこを持っている子が会話に入れてもらえないで悲しんでいる」時、どのように行動するのかを問うている。「いっしょに話そうと声をかける」が正答で、「仲間はずれにする」「同じ色にぬってあげる」は誤答となる。
 二つ目は、「うんこねこがおなかをおさえて苦しそうにしている」という設定で、同じくどうするかをきいており、「どうしたの?と声をかける」が正答となり、「むりやりイスにすわらせて、休ませる」「何もしない」は誤答となる。どれが正答かは、言わずもがなで、考える余地すら与えない設問であり、これでは子どもたちの対話はうまれない。
 さらにその後、「みんなでなかよく」「キミのやさしさが、相手のえがおにつながる」といった説明が付され、大半の内容は徳目的な価値を強調するものである (注10)。
 人権は英語で記すと、 human right "s" で、英文法の授業では、「可算名詞が複数形になると"s"がつく」と習うから、人権は数えられるほど具体的な権利で、複数あるはずなのだが、残念ながら日本では、人権は「思いやり」や「やさしさ」のような、抽象的で、心情主義的な価値と混同されがちで、子どもたちに、自分たちの権利そのものを教えるといった学習は極めて低調である。そして、それを正すでもなく、強化しているのが、このドリルである。
 ちなみに、2011年、国連総会において採択された「人権教育および研修に関する国連宣言」の第1条には、「すべての人は、人権と基本的自由について知り、情報を求め、手に入れる権利を有し」ていると、記されている。自分自身の、そして全ての人が有する具体的な人権を知ることは、まさに権利であり、その学びの機会を保障するのが人権教育なのだ。
 もっとも、「人権うんこドリル」にも「人権とは『幸せに生きる権利』のこと」だという記述は、とりあえずある。だが、そのためには、「思いやり」を持つ必要があると、ドリルは呼びかけている。
 「思いやり」のような、私的・個人的な心がけを呼びかけるだけでは、人権問題を社会において共有し、立法や政策によって解決しようとする機運は生まれない。それどころか、問題を解決できないのは、個人の心がけや人間関係の調整が不足しているからだ、というような「個人レベルの問題」にされかねない。言い換えるなら、「思いやり」を強調する教育・啓発は、「個人モデル」であり「社会モデル」ではないのだ。
 「うんこ人権ドリル」には、困った時の連絡先として、「子ども人権110番」と「子どもの人権SOS-eメール」があがっているが、問題を個人化してしまう文脈の中で、子どもたちは自分の悩みを、相談することすら、ためらってしまわないだろうか?また、私的な心がけにより問題を解決すべきだと学んだ子どもたちが、果たして、どれほど、公的な窓口に相談を寄せるだろうか?たいへん気がかりである。
 さらに、「弱者への思いやり」が、時に、パターナリズムと混同されることにも注意が必要だ。「強者」の側にいる者が、「弱者」と見なしている相手に対し、自分勝手な善意を押し付け、相手から自己主張や、自己決定の機会を奪うことにはならないか、「思いやり」と言う言葉を使うときには、注意が必要だ。
 人権教育とは、自分の権利を学ぶことによってエンパワーし、権利の主体として自分の生き方を自己決定し、社会に参画する力をつけるためのものである。だから、弱い立場に置かれた者に、「思いやられること」=弱者役割を強いるのは、人権ではない。

「うんこ人権ドリル」と学校
 ところで、「うんこ人権ドリル」は、『令和3年度版 人権教育・啓発白書』の第1章、2節 「人権課題に対する取組」の、「(2)子ども」の項で、「子どもが人権享有主体として最大限尊重されるような社会の実現を目指した啓発活動」の一つとして紹介されている。
 法務省の人権擁護機関は,「子どもの人権を守ろう」を強調事項の一つとして掲げ、各種人権啓発事業を実施しており、人権擁護委員が中心となったものとしては、人権教室や人権の花運動、スポーツ組織と連携した啓発を行っている。また、文部科学省との連携を強化し、いじめ等の子どもの人権問題にも取り組んでいる。人権啓発は法務省、人権教育は文部科学省の管轄だと一般に理解され、法務省は、学校教育には直接かかわっていないと思われがちだが、紙媒体のドリルが各地の法務局に送られ、人権擁護委員による学校での啓発活動等で利用されており、学校等を通じて子どもたちの手に届いている地域もある。

みなさんへのお願い
 冒頭に書いたように、「うんこ人権ドリル」の利用期間は、令和5年3月31日までと記されている。期間延長の可能性もあり得るが、ぜひとも早めに、閲覧をお願いしたい!なお、抜粋や改変が利用規約により禁止されているので、イラストを含むドリルの内容は本稿には掲載していない。
 ここでは「うんこ人権ドリル」を紹介したが、他にもそれ以外にもたくさんの省庁や自治体がうんこドリルを活用した啓発を行っている。中にはSDGs等をテーマにしたものなど、人権とも深く関わるものもあり、さらなる検証が必要かもしれない。

<脚注>
注1.「うんこ人権ドリル」(2023年1月28日最終閲覧)
https://www.moj.go.jp/content/001344711.pdf       

注2.「うんこ人権ドリル」コンテンツに関する利用規約(2023年1月28日最終閲覧)
https://www.moj.go.jp/content/001344712.pdf

注3.うんこ先生公式ツイッター(2023年1月28日最終閲覧) https://twitter.com/unkokanji/status/1376786052623392769

注4.金融庁「小学生向けコンテンツ『うんこお金ドリル』(2023年1月28日最終閲覧)https://www.fsa.go.jp/news/r2/sonota/20210318/20210318.html

注5.BuzzFeed News(2022年12月15日) 「『人権にうんこは...』法務省の子ども向け教材に一部で批判 入管の"人権認識"問う声も」(2023年1月28日最終閲覧)https://www.buzzfeed.com/jp/harukayoshida/unko 

注6.「人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]」「第1章 学校教育における人権教育の改善・充実の基本的考え方」(2023年1月28日最終閲覧) 
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/024/report/attach/1370701.htm

注7.ちなみに筆者が法務省人権擁護局に問い合わせたところ、ドリルの作成にあたっては、外部専門家による監修等はなかったとの回答であった 。

注8.特定非営利活動法人日本トイレ研究所「小学生と保護者の排便に関する意識調査」, 2022年

注9. 人権をベースとした性教育の基準(WHO Regional Office for Europe and BZgA)には、4-6歳の子どもの特徴として、「汚い言葉」を面白がる段階があることが記されている。また、オランダの保護者向けの冊子にも同様の記述があり、「うんこ」があげられている。その際のおとなの対応として、子どもにその言葉が何を意味するかを明確に伝え、言葉を発する背景や、望んでいることは何かを考えた対応をすることが重要であるとしている。
・WHO Regional Office for Europe and BZgA (2010) Standards for Sexuality Education in Europe. 25p
https://www.icmec.org/wp-content/uploads/2016/06/WHOStandards-for-Sexuality-Ed-in-Europe.pdf , retrieved on 16 March 2023.
・Rutgers, Seksuele ontwikkeling van kinderen 0-18 jaar, 2019, page 5.
https://shop.rutgers.nl/nl/webwinkel/seksuele-ontwikkeling-van-kinderen-0-18-jaar/103021, retrieved on 16 March 2023.
・ Rutgers, Seksuele opvoeding van kinderen 0-6 jaar, 2019, pages 16-17.
https://shop.rutgers.nl/nl/webwinkel/brochure-seksuele-opvoeding-van-kinderen-0-6-jaar/61023526&page=, retrieved on 16 March 2023.

注10.三つ目は、インターネット上の情報を鵜呑みにしてはいけない、ということをテーマにした設問となっている。


(2023年01月28日 掲載)

(2023年3月16日 注9修正)
(2023年3月30日 付記:3月27日の時点で、『うんこ人権ドリル』ならびに同ドリルの利用規約のページが確認できなくなりました。筆者(艮香織)が担当局に問い合わせたところ、サイトの運営上、早めの掲載を締め切りとなったとの回答でした。また、利用規約に記されていた「掲載延期」の可能性については、予定はないとのことです。)