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国際人権ひろば No.189(2026年09月発行号)

特集:性の多様性が尊重される社会に向けて

トランスジェンダー生徒と学校

土肥 いつき(どひ いつき)
京都府立高校教員・関西大学人権問題研究室

 トランスジェンダー生徒をめぐる教育の状況

 2010年から2016年にかけて、文部科学省は性同一性障害のある生徒へのさまざまな支援策を打ち出してきた。近年では2022年に公開された『生徒指導提要』にあらたに「『性的マイノリティ』に関する課題と対応」という項目が立てられた。このように、現在、文部科学省は「性的マイノリティ」を支援すべき対象ととらえている。

 一方、筆者はトランスジェンダー生徒が集まる交流会を定期的に開催している。参加者の中には不登校の状態になっている者もいるが、交流会では元気な姿を見せている。いったいなぜなのだろう。

 そこで、本稿ではトランスジェンダー生徒が学校生活の中で直面する困難の所在を明らかにし、その支援のために教員ができることを提言する。

 トランスジェンダー生徒のジェンダー葛藤

 かつて、性別違和は「心の性別と身体の性別の食い違い」と説明されてきたが、近年「出生時に割り当てられた性別とは異なる性自認を持つ」と説明されるようになっている。なぜなら、トランスジェンダーが日常生活で直面する困難の多くは社会的なものであり、その困難の原因の多くは、出生時に自認する性別とは異なる性別に割り当てられ、その性別が書類に記載されるとともに、社会的に「書類に記載された性別」として扱われるところにあるからである。

 一方、学校教育がジェンダーの再生産の場であることは、多くの研究者により明らかにされてきた。学校文化の中には「性別にもとづく扱いの差異」があり、それは学年進行ともに形を変えながらも、常に存在し続ける(性別分化)。トランスジェンダー生徒は、このような「学校の性別分化に従わなければならない」という現実と「自認する性別で通学したい」という欲求の間にある葛藤、すなわちジェンダー葛藤(土肥 2025:38)を抱えさせられる存在なのである。したがって、トランスジェンダー生徒の支援とは、ジェンダー葛藤を軽減する、あるいはそもそもジェンダー葛藤を感じさせないような学校づくりをするということになる。

 トランスジェンダー生徒のジェンダー葛藤軽減の3要素

 ジェンダー葛藤軽減のために、多くのトランスジェンダー生徒は「性別にもとづく扱いの変更の要求(以下、要求)」をおこなう。要求の成否はジェンダー葛藤軽減に大きな影響を与える。そこで、ジェンダー葛藤軽減のために必要な3つの要素について、4人の事例を用いて説明することにする。

(1)要求発見の可能性

 まず、制服のある女子高校出身のトランス男性ユウヤさんとススムさんの事例を見ることにする。ユウヤさんは高校卒業後大学に進学したが、ススムさんは高校を中退してしまった。中退の原因は多々あるが、カミングアウトの成否も原因のうちのひとつだった。

 ユウヤさんの学校には正式な場ではタイツを履くという校則があったが、ユウヤさんは「タイツは女の人が履くものでしょう」と思っていた。2年次の合唱コンクールの際、指揮者の生徒が「全員タイツで歌おう」と決めた。その時、ユウヤさんは担任に「タイツはイヤだ」と伝えるとともに、自らの性別違和について伝えた。その結果、タイツか靴下かは自由選択になった。

 一方、ススムさんは中学校時代ジャージで登校していたが、高校ではジャージ登校は認められなかっただけでなく、髪型や靴に至るまで厳しい校則があった。ススムさんは担任や保健室の教員に自らの性別違和について伝えたが、ススムさんの学校には「要求」を出す余地がなかった。

 ユウヤさんとススムさんの違いは、要求する内容を発見できたか否かというところにある。ユウヤさんの場合「タイツではなく靴下」という小さなことであったが発見することができ、さらにそれを実現できた。一方、ススムさんの学校は、要求を発見することができない強固な枠組みを持っており、その枠組みがカミングアウトの成功の可能性とともに、ジェンダー葛藤軽減の可能性をも奪ってしまったのである。

(2)要求実現へ向けた課題の発見――生徒自身が解決の行為主体となる

 次に、制服のある共学の高校に在籍し、ズボン登校を希望していたトランス男性のユウキさんとシュウトさんの事例を見ることにする。ユウキさんは高校を卒業し専門学校に進学したが、シュウトさんはやはり高校を中退してしまった。

 ユウキさんの学校ではズボン登校するために保護者印のある異装届の提出が必要だったが、父親はユウキさんのズボン登校を認めていなかった。したがって、ユウキさんは父親を説得する必要があった。ユウキさんの相談相手だった教員は父親との話しあいのサポートはおこなったが、直接的に説得にあたっていたのはユウキさん自身だった。ユウキさんは1年生のおわりに父親の説得に成功し、2年生からズボンで登校できるようになった。

 一方、シュウトさんの場合、2年生の時に養護教諭に「ズボンをはきたい」という要求を出した。養護教諭は管理職と相談し、卒業式の日であればズボンは可能という回答を得、それをシュウトさんに伝えた。しかしながら、この回答は同時に「1年以上待つこと」ということでもあった。すぐにでもズボンをはきたいシュウトさんにとってはジェンダー葛藤を抱えたまま1年が過ぎるのを待つ以外方法がなかった。そして、シュウトさんは「それまで待てなかった」のである。

 ユウキさんにとって、父親の説得は要求を実現するための課題であり、それを実現していく過程は、ジェンダー葛藤を自らの力で軽減し続ける過程でもあった。一方、シュウトさんの場合、要求そのものは養護教諭の働きかけによって実現可能となったが、そこにシュウトさん自身による課題解決の過程はなかった。ふたりの事例は、トランスジェンダー生徒自身がジェンダー葛藤軽減の行為主体となることの重要性を示唆している。

(3)変容する他者の存在

 高校を卒業したユウヤさんユウキさんと、高校を中退したススムさんシュウトさんの語りにはもうひとつの違いがあった。

 実はススムさんとシュウトさんの語りの中には他の生徒がほとんど登場しなかった。おそらく、ふたりにも友人はいただろうが、その存在とジェンダー葛藤軽減は無関係と判断したからこそ、語らなかったのだろう。

 それに対して、ユウヤさんやユウキさんの語りの中にはクラスやクラブの友だち、また先輩など、たくさんの生徒が登場する。ユウヤさんやユウキさんの語りは、要求実現の過程を通して、まわりの生徒がユウヤさんやユウキさんと「トランスジェンダーとして」あるいは「本人のありたい性別」でつながり直すという、まわりの生徒の変容にかかわるものなのである。

 おわりに

 トランスガールについて「男に生まれたけど心は女」といった表現がされるとともに、「男が女子制服(スカート)を着るといじめられるかもしれない」といった懸念が示されることがある。しかしながら、交流会でのトランスガールの姿を見ていると、「この子は女の子なのに、生まれた時に男に割り当てられたんだな」「女の子なんだから女子制服を着ることは自然だな」と感じざるを得ない。では、なぜトランスガールは「女子制服を着たい」と言うのだろう。

 これまでは、トランスガールによる「女子制服を着たい」という要求は「個の内面の問題」と考えられてきた。しかしながら、制服は「性別をあらわすアイコン」なのである。つまり、制服を着ることにより、自認とは異なる性別に割り当てられるとともに、自認する性別での人間関係が築けなくなってしまうのである。

 「ある性別で生きる」ということは他者との相互行為の中でしか成立しない。であるならば、「個への支援」ではなく「人間関係の変容」がジェンダー葛藤軽減のための重要な要素であることを、4人の語りは示唆している。



<文献>

  • 土肥いつき,2025,『トランスジェンダー生徒と学校「抱えさせられる」困難と性別移行をめぐる実践』生活書院.