特集:性の多様性が尊重される社会に向けて
筆者が2026年7月まで事務局を務めた在日本朝鮮人人権協会は、在日朝鮮人の人権擁護と生活向上を目的とする市民団体である。同協会の様々な活動の中で、私が特に思い入れを持って主宰してきたのが「性差別撤廃部会」(以下、部会)の活動だ。部会の愛称である「だれいき」という言葉には、「だれもがいきいきと生きられる社会」を実現したいという願いが込められている。
「だれいき」は、民族や人種、国籍だけでなく、ジェンダーやセクシュアリティ、階級、障害、年齢、出自、世系など、様々な属性に基づく差別や暴力を認識し、それらをなくすために行動し、それによって人々がつながることを目指している。本稿では「だれいき」が重ねてきた実践の中でもとりわけ大切な取り組みである、在日朝鮮人性的マイノリティの交流会「ポグムチャリver.2(バージョンツー)」の開催背景や実践、課題と展望について共有したい。
「ポグムチャリver.2」の開催背景には、在日朝鮮人であり、かつ、性的マイノリティである人々が置かれている多重的・複合的な困難がある。
在日朝鮮人は、日本による朝鮮植民地支配責任が果たされていない中、未だに再入国の自由や教育を受ける権利をはじめとする基本的な人権が保障されない日常を生きている。日本には民族・人種に基づく差別を禁止する法律が存在しないため、たとえば朝鮮学校に対する日本政府による「高校無償化」制度からの除外や地方自治体による補助金支給停止など、「上からのヘイト」と言うべき公的な差別が温存・拡大されている。また、こうした差別は、民間レベルでのいじめやヘイトスピーチ、ヘイトクライムといった「下からのヘイト」も容易に誘発する。
在日朝鮮人性的マイノリティの場合、こうした民族・人種という軸にジェンダー・セクシュアリティという別の軸が交差する。在日朝鮮人性的マイノリティは、上記のような日本社会における植民地主義や排外主義に直面すると同時に、シスジェンダー(性自認が出生時に割り当てられた性別と一致する人)や異性愛が当然とされる社会の規範の抑圧にもさらされる。
民族的マジョリティである日本人が中心である性的マイノリティのコミュニティでは「朝鮮」や「外国人」への無関心・偏見・差別の壁に当たる一方で、性的マジョリティが中心である在日朝鮮人コミュニティではシスジェンダー・異性愛者であることが前提とされる、二重の「居場所のなさ」を抱えることが多い。
実際、2015年に部会が発行した『だれもがいきいきと生きられる社会のために~性差別撤廃部会連続講座の記録&「在日同胞のジェンダー意識に関するアンケート」結果報告書』でも「自分はセクシュアル・マイノリティの範疇に入ると思うが、数人にしかカムアウトしていない」という声があり、在日朝鮮人コミュニティの中でもありのままの自分を打ち明けることの難しさがうかがえた。また、部会が2020年に発行した『内なる壁を突き破る~在日コリアン女性のハラスメント事例集』には、在日朝鮮人コミュニティの中で経験した当事者の次のような声が記録されている。
「黒や紺色のメンズものを服装に揃えると、男っぽいだの女らしくしろだの言われた。同性愛者、バイであることをにおわせると気持ち悪いと言われた」
こうした既存のコミュニティでは「こぼれ落ちてしまう声」に応えるために立ち上げたのが「ポグムチャリver.2」である。「ポグムチャリ」とは朝鮮語で「心のよりどころ」を意味する。在日朝鮮人性的マイノリティ当事者がありのままで参加できる、心のよりどころのような居場所を作れたらという思いで名付けた。>
この取り組みは、筆者が知人に声をかけたことをきっかけに2015年に3名からスタートした。それから今日まで、年に1~2回のペースで地道に開催を継続している。毎回の参加者数は10名以下と多くはないが、2025年10月には第17回を迎え、参加者は延べ97名に達した。
第17回ポグムチャリver.2のフライヤー
ある参加者に参加のきっかけを聞いてみると「在日朝鮮人のコミュニティと性的マイノリティのコミュニティ、そのどちらでも話せない、話しにくいことを、ここなら話せるかも、居場所があるかもと思って参加した」という切実な想いを聞かせてくれた。
参加者にとって安全・安心な場とするため、会の始めには必ず「だれいきグラウンドルール」を共有するようにしている。同ルールは2019年に制定し、以降改定を重ねているが、「異性愛や、性自認と見た目の性別の一致を前提にした質問をしない」「本人の性自認を知るまでは「彼女」「彼」のような性別にひもづいた呼び方、呼びかけをしない」「今日ここで聞いた話はここだけの話に留める」などの項目を定めている。
会の内容としては、参加者の緊張をほぐすためのアイスブレイクや自己紹介、「カミングアウト」などをテーマにしたテーマトーク、在日朝鮮人や性的マイノリティに関する時事ニュースの共有などを行ってきた。また、参加者から匿名で質問を募る「匿名質問タイム」は好評で、定番のプログラムとなっている。たとえば「答えに詰まってしまう周囲からの質問は?」などの質問に参加者が回答しながら意見交換をする中で、「「結婚はまだ?」と周囲から言われると答えに詰まる」といった回答があり、参加者が異性愛規範の日常の中で日々感じている「しんどさ」を共有する貴重な時間となっている。
これまで参加者から寄せられた感想には、この場が持つ意義が表れているように思う。
「今まで自分は変なやつだと思ってて、人生も楽しくなかったけど、今日ここに来るのが楽しみな自分がいた。すごく楽になりました」
「自分を隠さず話せるコミュニティがあることが嬉しい。在日朝鮮人で性的マイノリティという方と普段ほとんど知り合ったことがなく、そうした方と出会えただけでとても心強く感じた」
「この場でしか語れないことがある。安心して話が出来ることがいい。ここだと自然体でいられる」
ただ出会い、安心して語り合える。そのような場が、在日朝鮮人性的マイノリティ当事者たちが日々を生き延びる「心のよりどころ」となっていることを願っている。
当事者の居場所を作る一方で、性的マイノリティに対する社会の偏見や差別をなくすための具体的な実践として、部会は2018年より朝鮮学校における包括的性教育/人権教育の取り組みを進めている。多様な性のあり方について学ぶ授業案を作成し、関東地域の朝鮮学校を中心に出張授業を重ねてきた。中級部(日本の中学校に相当)からスタートし、現在は高級部(高校)や初級部(小学校)高学年にも授業を展開している。
当初は実施校数も少なかったが、今では関東地域のすべての朝鮮学校の中高生を対象に授業を実施できている。学校と連携しながら必要に応じて保護者にも授業を公開し、生徒のみならず当該学校の教員や保護者に対する人権教育の場にもなっている。こうした教育が広がることで、子どもたちが自分自身の性に悩み孤立する前に、周囲がそれを受け止める土壌が耕されていくことを願っている。
「だれもがいきいきと生きられる社会」の実現に向けて、部会はこれからも様々な差別に同時に反対し、抵抗していく。あらゆる差別への抵抗は分断されたものではなく、地続きの課題である。それぞれの痛みに想像力を働かせ、交差する差別の構造を解きほぐしていくことこそが、だれもが自由に、自分らしく生きられる世界を創り出す確かな一歩となると信じている。今後も部会の活動に注目いただき、ともに歩んでいただければ幸いである。