特集:性の多様性が尊重される社会に向けて
私は第一言語が日本手話、第二言語が日本語のろう者である。そして性的指向はゲイ、性自認は女性・男性と性別にとらわれないノンバイナリーである。
現在の住まいは東京、生まれ育ちはセメントで栄えた山口県山陽小野田市である。5人家族のうち、ろう者は私ひとりだけである。普段は手話と書記日本語(日本語の読み書き)を使用しているが、家族とはキュードサイン(口の形と手の動きで日本語の音を視覚的に表現するコミュニケーション支援手法)を使いながら、口話(相手の口の動きや表情、話の流れから言葉を推測するコミュニケーション技術)でやり取りしている。
著者近影
幼い頃から、家族や親族が食卓を囲み楽しそうに会話をしている場面で、誰が何を話しているのか分からないまま時間だけが過ぎていくのを何度も経験してきた。親に「今何の話をしていたの?」と聞くと、「AさんとBさんがこんな話をしていたよ」と要約して伝えてくれる。しかし、それは会話全体の一部でしかなく、その場で交わされた空気感や細かなやり取りまで共有されることはない。もちろん、家族は私に合わせてゆっくり話してくれる。それは家族にとって当たり前の配慮であり、私はそのことに感謝している。一方で、聴者と同じ速度、同じ量の情報を共有することは現実的に難しいという事実を受け止めながら、手話で思いを十分に伝え合うことができない環境の中で「伝え切れない思い」を抱え続けていた。聞こえないと大学病院で診断された2歳の頃。当時は口話教育の影響でろう学校での手話の使用が禁止されており、学内で手話を自由に使うことができなかった。その結果、聴者の子どもと比べて言語発達が遅れていたことは事実である。その代わり、「見る力」は育まれていたのではないかと思う。聴者の集団の中で何が起きているのかを表情や視線、身体の動きから読み取ろうとし、テレビで放映されていた「アンパンマン」や「キテレツ大百科」、「まんが日本昔ばなし」も、字幕が無い代わりに映像の動きや色彩から物語を想像し、自分なりの世界を組み立てていた。その積み重ねが、今の想像力や理解力などにつながっているのかもしれない。
周囲と比べて口話ができることに優越感を持つようになってしまった小学生の私は、あるろう者の家族との出会いを通して、手話で24時間やり取りできる安堵感を味わった。それをきっかけに、少しずつろう者としてのアイデンティティが芽生えたが、聴者に近づきたいという憧れも捨て切れなかった。また中学生の頃から、男女区別される環境、または異性愛中心とした恋愛話に自分の居場所が見つからなくて、悶々としていた時期を過ごしていた。そんなろう者としてのアイデンティティをめぐる狭間と、ジェンダーをめぐる狭間という、二つの「狭間」に揺れ続けた学生時代を経て、今の活動に繋がっている。その活動とは、ろうLGBTQ+活動である。
ろう者であり、LGBTQ+でもある私は、ダブルマイノリティとして、二重の社会的障壁の中で生きている。「私たちはここにいる」と社会に訴え、ろうLGBTQ+が少しでも生きやすい社会にしていくために活動している。活動の起点は、2017年に大阪で開催されたろう×セクシュアルマイノリティ全国大会である。全国の多様なバックグランドを持つろうLGBTQ+との出会いを通し、自身の環境および情報の格差、また地方にいるろうLGBTQ+や手話通訳者の状況がアップデートされていない現実を思い知らされた。この現状を変えていかないといけないと思い立ち、2018年4月1日にDeaf LGBTQ Fukuokaを設立した。資金もない中、色々な場所に足を運んだり、話す場を設けていただけないか挨拶回りをしたりなど、草の根運動を継続した。そのお陰で、全国各地で講演する機会をいただけるようになり、ろうLGBTQ+団体を法人化するなど様々なことを実現できたのは、福岡での活動が大きな支えとなっている。福岡で活動していく中で、次々と出てくる課題は福岡だけではなく、日本全体の課題ではないかと実感するようになった。人や政治経済、情報の流れが早い東京で活動することで少しでも変化が生まれるのではないかと期待し東京へ転居、5年が経った。
2026年6月に発行された『LGBTヒストリーブック日本編 平等を求めて声を上げた人々の闘い』にも掲載されているが、今や二万人が集う規模となった30年もの歴史がある「東京レインボープライド」も、当初は情報保障(手話通訳など代替手段を用いて情報を提供すること)が全くない時代が何年も続いていた。ろう者の声でやっと情報保障がついたときも、当時は手話通訳者の身分保障がなく、無償ボランティアだった時もあった。
以前よりあらゆるイベントや企画に情報保障がつくことが増えてきたが、中でも特に手話通訳において、通訳技術と心構え、LGBTQ+の基礎知識が備わっている手話通訳者は非常に限られる。残念なことにろう者の声に寄り添わず、主催者と手話通訳者のみで情報保障の体制が固められてしまう事例がいくつもある。今、私が活動している日本ろうLGBTQ+連盟では、そういったことを未然に防ぐために手話通訳の育成やジェンダー講座の実施等に力を入れている。
ここ最近ありがたいことに「手話通訳を手配したいが、どうしたら良いか」「このイベントには情報保障がついていますので、ぜひろうLGBTQ+の方へ伝えてください」という連絡をいただくことがある。少しずつ情報保障の配慮を実感できる機会は増えてきたものの、利用者であるろう者が企画や監修の段階から情報保障の整備に関われる体制は、まだ十分とはいえない。企画を組む段階から、どうしても「無意識に」聴者中心に進められてしまうことで、ろう者の立ち位置が後回しにされ、置いてけぼりになってしまうことがしばしばあった。また、聴者と活動する中で、ろう者に情報がきちんと行き渡っていなかったり、ろう者から「この企画に情報保障が付いていない」という相談があったり、主催側が手配した手話通訳者に十分な知識が無いままだったり、聴者の演者の都合によりステージから手話通訳が降ろされたり、という事例も残念ながらあった。
そういった事例が発生する原因として、言語・文化背景が大きく影響していることは明らかである。自らがマイノリティの立場、マジョリティの立場であることを自覚し、どのように相互にコミュニケーションを図っていくのか。マイノリティであるろう者にとっては、コミュニケーションを図るためにまず、情報保障が必要になる。だが、企画や環境整備がマジョリティ優位に進められてしまうことで、情報保障体制が整ったとしても、意図しないところで軋轢や溝、情報格差が生まれてしまうことがある。結果としてろう者を含め障害者の社会参加が十分に保障されないまま、負のループが繰り返されてしまう。
私は活動を通して、「障害」を生み出しているのは聞こえないことそのものではなく、マジョリティを前提として社会が設計されている構造にあると日々痛感している。その背景には、「誰が企画し、誰が意思決定し、どの言語や文化を基準として物事が進められるのか」という権力構造が存在している。はたして「情報保障のために資源を投入すること」や「手話通訳を配置すること」で充分、と満足していないだろうか。企画や意思決定の段階からろう者等マイノリティが参加できなければ、手話通訳をはじめとした情報保障体制が整えられたとしても、その多くはマジョリティ視点による、独りよがりなものになってしまう。
私は共生を考える上で、この権力構造そのものを問い直す必要があると考える。ろう者と聴者が互いを理解しようとする努力そのものを共生と考えてはいけない。双方が対等な立場で情報を共有し、意思決定を行い、ともに社会をつくっていく関係、その先にあるものこそが共生である。そのためには、マイノリティだけが声をあげ続けるのではなく、マジョリティもまた、共生とは何かを問い直すと同時にその背景にある権力構造にも目を向け、自らの立ち位置、前提を問い直す姿勢が必要であると考えている。