人権の潮流
「俺は(日本が核兵器を)持ってもいいんじゃないかと思う。最近だったら、中国のレーダー照射のニュースも見た。1つの抑止力として必要」「(核兵器を)持ってないとやっぱり反撃できないじゃないですか」
弊法人は対話型平和・軍縮教育プログラムを年間1,400名の中高生(2025年)に提供している。進行は大学生のインターン(現在4名)が担う。冒頭は、プログラム内での神奈川県内の公立高校3年生(2025年12月)の発言だ。
国連教育科学文化機関(UNESCO)は「軍縮」の意味を2つ定義する。①「兵器の制限・全面完全軍縮を目指したあらゆる行動」②「人々が自らの未来を決定し(中略)武力によらない(中略)世界秩序へ転換させるプロセス」。
2026年4月27日から5月22日にかけてアメリカ・ニューヨークの国連本部にて核不拡散条約(NPT)再検討会議が開催された。私は市民社会の一員として参加するために渡航し、国内外のNGOと連携して、被爆者のメッセージを世界に伝えた。NPTの現状を持ち帰り、教育現場を含め日本に還元することが私の役割だ。
NPTは191カ国が加盟し、締約国に誠実な軍縮義務(第6条)を課し、核秩序の維持を担ってきた。その運用を検証するために5年ごとに開催される再検討会議は3回連続で最終成果文書を採択できなかった。
国連事務総長は「核戦争のリスクが冷戦後最大」と指摘。要因は2点だ。①指導者らが責任ある言葉を使っていない。②核保有国が老朽化した核弾頭を近代化・小型化している。
不採択の直接要因は米イラン問題だ。米国はイランのウラン濃縮を含む「条約違反への名指し非難」を求め、イランがそれに反発した。(もとをたどれば、トランプ政権がイランのウラン濃縮の制限の合意(オバマ政権JCPOA)を一方的に破棄したことが一因)。
加えて英国が25年6月にNATOの核任務への参加を表明するなど保有国が核軍縮義務を履行していない。そして成果文書の最終草案に至るまでに「非人道性」をめぐる文言も変遷した。①「"核兵器のいかなる使用"も壊滅的な人道上の結末をもたらす」→②「"核兵器の使用"が壊滅的な(以下同/3度目の改訂)」→③「"核戦争"が(以下同/最終版)」(中国新聞ほか)。これは核戦争に至らない単発の核使用は非人道的とは言えない、との保有国の認識の一端だ。
終盤、議長は最終草案を採決しなかった。採決を強行し、公開の議場で亀裂が表面化するのを避けるためだ。規範や基準を提供するNPTの機能は即座には失われない。事実、3回連続不採択でも「だからNPTは意味がない」との発言は一国もなかった。しかし、一橋大・秋山信将教授(国際政治)が指摘するように、「不採択が常態化すれば、NPTを破ってもよいという考え方が出てくる」ことは否めない。脱退や秘密裏の核開発等のNPT体制の空洞化につながる。明治大・山田寿則講師(国際法)は、言説によって空洞化が進む、と表現した。
これらを踏まえ、現地の市民社会関係者は配信番組や国連内でイベントを企画し「NPTは意味がある」と会議内外に広げ、私もメディア等で積極的にコメントしてきた。最終文書の成否(やその報道)に一喜一憂しすぎず、空洞化を食い止めたい。
他方で、まず目指すべきは核兵器によらない安全保障体制の実現に向けた共通基盤・環境を作ることであろう。国内のNGOや専門家が集う「核兵器をなくす日本キャンペーン」は「安保3文書」改定に向け超党派で提言を行う。
以下、提言の一部(筆者まとめ)。
※ 2013年に閣議決定された前回の国家安保戦略ではODAや気候変動対策とならび軍縮を日本の安全保障政策の1つに位置づけている。
NPT再検討会議期間中、参加者に感銘を与えたのは日本原水爆被害者団体協議会の濱住治郎事務局長の被爆体験とスピーチだった。「戦争によって核兵器が使われたのです。戦争は絶対にしてはならないのです。核兵器も戦争もない世界の実現に向け、人間社会として共に全力を尽くしましょう」。
南アフリカは「核兵器に費やされる膨大な費用をSDGsや開発協力へ振り向けるべき(一般討論演説)」と述べた。また国連事務総長は「核戦争の影響に関する科学パネル」を設置。社会・環境に加え、経済・通信等への影響を明らかにし、SDGsサミット開催の2027年9月までに報告書をまとめる。ポストSDGs指標策定への足掛かりとの見方もある。
世界人権宣言第1条は「互いに同胞の精神をもって行動」を謳い、「すべて人は、この宣言に掲げる権利及び自由が完全に実現されるような社会的及び国際的秩序の成立を要求する権利を有する」(第28条)と定める。中満泉国連事務次長は「核抑止が効くかどうかは運。運は政策ではない」と述べた(NPT準備委, 2025年)。市民社会がNPTを強化し、暴力ではなく法による核管理を維持することは人類の同胞意識を育む第一歩である。
国連本部にて、濱住治郎日本被団協事務局長らと
教育プログラムは、複数の戦前の広島の地図(あき書房)を見比べることから始まる。日清戦争時、大本営(軍の中枢)が置かれ、広島から中国大陸などに出兵した。地図には、軍施設がすべて空欄になったものもある。隅には「陸軍運輸部検閲済」の朱印。
日本政府は戦後、戦争被害は国民が等しく受忍すべき(戦争受忍論)とし、被爆者を含む被害者への補償を拒む論理となってきた。また、「軍都」広島では朝鮮半島出身者や連合軍の捕虜らも被爆死した。軍縮の対極にある軍事化を知ることから始めたい。
冒頭の高校生の発言を想起したい。彼らはその後、「国際政治をしていくために核は必要なのか」と自らテーマを決め、哲学対話を行った。当初「抑止力として必要」と多くの生徒が語ったが、1人の生徒が「核がなくなっても別の兵器に変わるだけ」とつぶやき、流れが変わった。続けて別の生徒が「同じパワーの核を配分しても、勢力の大きい国がもっと違う他のものを作り出して抑えられてしまう」と言及。そして「すぐなくすのは絶対無理だと思うから、何十年かかっても段階的に核をなくす。ゆっくりでも実践していくべきだと思う」との発言があった。生徒自身が「相手を暴力でねじふせよう」とする脆さに気付いていった。
核兵器を廃絶しても、新たな兵器は出現しうる。ただそれは以前とは全く異なる世界だと私は思う。なぜなら1つの兵器を廃絶した経験とそれによる信頼関係を有する世界になるからだ。
結びに、当初「日本も核兵器を持つべき」と答えていた生徒の感想を紹介し、まとめとしたい。「みんな⼝を揃えて『核兵器が全世界から消えるのは現実的では無いので〜』という。やはり⼼の中では、皆、核兵器は無くならないものだと確信しているのだろうか。しかし⾼橋さん(市民社会の意:筆者)はこんな現実に抗い、私たちに希望を拡げていたと私は思う」。市民社会として課題に向き合う姿を次世代に示し続けたい。
<出典>