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国際人権ひろば No.155(2021年01月発行号)

特集:「ビジネスと人権」のいま

日本政府が「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定 ~未完のプロジェクトの成否は今後にかかっている~

松岡 秀紀(まつおか ひでき)
ヒューライツ大阪 特任研究員

NAPの公表

 2020年10月16日、日本政府から「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」(以下「NAP」)が公表された。2016年11月にジュネーブの国連ビジネスと人権フォーラムの場で策定が表明されてから、約4年後のことである。世界では24番目、アジアでは2019年10月のタイに続いて2番目となる。新型コロナウイルス感染症のパンデミックが世界を覆ってから初めてのNAPであることも銘記しておきたい。

 NAPは、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」)を国ごとに実施するため、国連ビジネスと人権に関するワーキング・グループ(以下「国連WG」)が策定を勧告したもので、「指導原則に適合するかたちで、企業による人権への負の影響から保護するために国家が策定する、常に進化する政策戦略」(国連WG「ビジネスと人権に関する国別行動計画の指針」(以下「NAPガイダンス」))と定義される。

策定プロセス

 2018年には「企業活動における人権保護に関する我が国の法制度や取組についての現状を確認するため」(外務省ウェブサイト)としてベースラインスタディが行われ、計10回にわたる「意見交換会」を経て、同年末には報告書も公表された。この意見交換会をはじめ、その後の策定プロセスには、産業、労働、法曹、消費者、市民社会の各界の関係団体や国際機関などが参画してきた。

 2019年からは「諮問委員会」「作業部会」という会議体で議論がなされるようになり、NAPの骨格が形成されていった。

NAPの概要

 公表された35ページにわたるNAPは、ビジネスと人権をめぐる国内外の背景や策定プロセスを説明した第1章、具体的な行動計画を記した第2章、政府から企業への期待を表明した第3章、実施と改定の枠組みを記した第4章の4つの部分から構成されている。

 第1章では、「SDGsの実現と人権の保護・促進は、相互に補強し合い、表裏一体の関係にある」として、SDGsとの関係を強調している点、また新型コロナウイルス感染症が「世界のいたるところで人権に影響を与え、特に、社会において最も脆弱な人々に打撃を与えている」との認識を示している点が注意を引く。

 第2章では5項目の「優先分野」が示されているほか、「分野別行動計画」として55項目の「今後行っていく具体的な措置」が、担当する府省庁名とともに記述されている。そこでは、「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」という指導原則のいわゆる3つの柱ごとに関連する「措置」が記述されるとともに、横断的に取り組むべき分野として、「労働(ディーセント・ワークの促進等)」「子どもの権利の保護・促進」「新しい技術の発展に伴う人権」「消費者の権利・役割」「法の下の平等(障害者、女性、性的指向・性自認等)」「外国人材の受入れ・共生」が設定され、それぞれの「措置」が記述されている。

包摂性と透明性

 NAP公表の8か月前となる2020年2月には「NAP原案」が示され、パブリックコメントが実施された。寄せられた78件の意見に含まれる多くの論点は129件に「分類整理・要約」され、政府による回答が10月になって公表された。またそれ以前から、策定プロセスに参画してきた各界の関係団体などからは、会議の場での発言や文書により数多くの意見が表明されてきた。

 「NAPガイダンス」はNAPの策定プロセスと実施における「包摂性と透明性」を「不可欠の基準」とし、「関係するステークホルダーがどの程度NAPプロセスに参加するかがNAPの正当性と有効性を決める」としている。策定プロセスにおいて寄せられた数多くの意見は、どのように政府内で検討され、どの程度NAPに反映されたのだろうか。公表されたNAPを十分に読み解くには、策定プロセスにおける議論を丁寧にたどって検証する必要がある。それらは一定、外務省のウェブサイトで公開されているが、そうした検証を可能にするプロセスの透明性は十分であったかどうかも検証される必要がある。

ステークホルダー間の連携

 策定プロセスに直接関与してきた作業部会のメンバーからは、「ステークホルダー共通要請事項」が2回にわたり提出された。2019年11月の1回目では、「企業情報の開示」「外国人労働者」「人権デューディリジェンス及びサプライチェーン」「公共調達」「救済へのアクセス」の5分野について、産業、労働、市民社会など異なる立場を背景にしながらも最低限一致した要請事項がまとめられている。

 2020年6月の2回目では、その5分野の要請事項についてNAPへの反映を改めて要請するとともに、実施・モニタリング・改定プロセスをステークホルダーも関与した確かなものにすること、新型コロナウイルス感染症の人権への影響とその対応をNAPに組み込むことを求めている。

 さらに、NAP公表後の11月9日には、作業部会、そして諮問委員会メンバーからそれぞれ合同コメントが出されている。立場の異なるステークホルダー間のこうした連携の試みは特筆されてよいだろう。

残された課題

 NAPが公表された10月16日、ヒューライツ大阪も参画する「ビジネスと人権NAP市民社会プラットフォーム」は「すべては今後の取り組みにかかっている」と題するコメントを発表した。そこでは、同プラットフォームが策定プロセスを通じて一貫して要請してきた8つの点を改めて掲げている。

 8つの点のポイントは次のとおりである。① 包摂性と透明性のある策定プロセスにすること、② 国際人権基準と指導原則に基づくこと、③ 政策の一貫性を確保すること、④ ステークホルダーと十分に協議すること、⑤ 人権への負の影響の特定とギャップ分析を行うこと、⑥ 負の影響に対処する具体的措置を十分に検討すること、⑦ 脆弱な人々、周縁に追いやられた人々を重視すること、平等と非差別の原則を重視すること、⑧ 国内人権機関の設置に向けた道筋を記述すること。

 これらの点以外にも、パブリックコメントに出された数多くの意見、また多くのステークホルダー団体や専門家からのさまざまな意見や要請を受けて、NAPのドラフトは部分的な修正がなされてきた。にもかかわらず、上記の8点が改めて掲げられているのは、一部NAPに文言としては記述されている点も含め、真に実効的に実施されるかどうかは「今後にかかっている」からである。

 とりわけ、人権への負の影響の特定と、その負の影響に対処するには現状の施策は十分であるかを検討するギャップ分析がなされないまま策定プロセスが進められたことは、今後に大きな課題を残している。記述されている「措置」の多くは従来からの継続施策が並べられており、十分なギャップ分析を経て検討されたものとは言えない。また5項目の「優先分野」も、人権への負の影響の特定とギャップ分析を経て定められたものではない。

未完のプロジェクト

 NAPは「常に進化する政策戦略」であり、継続的な改定を前提としたリビング・ドキュメントであるとも言われる。今回のNAPも5年後には改定される。その意味では、NAPは「未完」であり続けるのが本来の姿であると言えるだろう。

 しかし、日本のNAPは、いわば二重の意味で未完のプロジェクトである。本来の意味で未完であることに加え、55項目にわたる「今後行っていく具体的な措置」が、指導原則に基づいたものであること、したがって人権への負の影響に対処するものであることの確証が、現在のところ得られているとは言えない、という意味からも未完である。その確証は、今後の実施・モニタリング・改定プロセスに委ねられている。

 ともあれNAPは公表された。その内容に限界はあるが、日本社会に一定の影響を及ぼし、さまざまに議論されていくだろう。指導原則において、したがってNAPにおいて、最も重要なのは企業活動による人権への負の影響から人びとを保護し、救済することだ。この国の内外において、とりわけコロナ禍と気候危機によりますます深刻化している人権への悪影響が今後少しでも改善され、人が大切にされる社会に近づくことができるだろうか。すべては今後にかかっている。