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国際人権ひろば No.154(2020年11月発行号)

特集:ジェンダー平等はどこまで達成?~北京女性会議25年に寄せて

若年妊婦の妊娠葛藤の背景にあるもの

松下 清美(まつした きよみ)
NPO法人ピッコラーレ 相談支援員・理事/社会福祉士

「妊娠葛藤」

 多くの人にとって耳慣れないこの言葉に、どんなことを思い浮かべるだろうか。「産む、産まない」、「育てる、育てない」という葛藤を連想するかもしれない。

 2015年12月に活動を始めた私たちピッコラーレの相談窓口に寄せられるのは、「この妊娠が知られたら、仕事がなくなる」「居場所がなくなる」「病院に行きたいけどお金がない」「こんな自分を受け入れてくれる病院があるのか」など、妊婦自身の命と引き換えの妊娠葛藤だ。

 この社会には、妊娠したことによって、仕事や居場所をなくし、それまで維持してきた生活が奪われる恐怖が原因の妊娠葛藤が存在している。そして、そんな葛藤を持っている妊婦は、10代~20代の若年者がほとんどだ。

 日雇い派遣で週6~7日働きながらインターネットカフェ難民をしている19歳の自称「野良妊婦」は、病院をたらい回しにされる不安を口にした。公園の自販機で暖を取りながら連絡をくれた22歳の妊婦は、足を伸ばして寝たいがために頼った男性に暴力を受けていた。スマホを持っていても、利用料を支払うことができず、このままだと誰とも繋がることができなくなってしまう恐怖を口にしたのは、18歳の妊婦だった。

 妊娠を思い悩み、誰にも相談できず、一人で葛藤を抱え込んでいる妊婦の存在は、少なくない。しかも、どこか知らないところにいるのではなく、あなたのすぐ近くにいる。

虐待死と若年妊娠

 子どもの虐待死事例において、母親が若年者である割合が顕著に高いことがわかっている。「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」第14次報告(2018年8月、厚生労働省)によると、全出生数のうち母親の年代が10代の割合は約1.3%前後で推移している一方で、心中以外の虐待死事例における10代の妊娠の割合は17%である。また、子どもの虐待死は、生まれたその日に亡くなる命が最も多く、52人中14人(同第15次報告2019年8月)。死亡14人のうち、11事例において加害者は実母で、そのうち24歳までの若年者は7人。すべての事例において、医療機関での出産はなく、自宅のトイレや風呂場での出産。母子健康手帳の未交付・妊婦健康診査未受診が約90%(同第14次報告では100%)。つまり、どこにもつながれずに1人で出産した結果の死であると言える。

 「たった1人での出産」を想像してほしい。

 自分自身の命の危険を冒しながらの出産。どれほどの恐怖だったか。

 「赤ちゃんを助ける気持ちよりも誰にも知られたくない気持ちのほうが強かった」(同第15次報告)。

 誰かに知られたら、それまでの生活の基盤が全てなくなってしまうかもしれない。その絶望がどのくらいのものか。この言葉には、彼女のそんな背景が見て取れる。

 そもそも彼女たちは加害者なのだろうか?

 なぜ、自宅で1人で出産しなければならなかったのか。なぜ、誰も彼女の妊娠に気付けなかったのか。なぜ、妊娠を継続しなければならなかったのか。

 日本は、避妊や中絶へのアクセスがとても悪い。緊急避妊薬のアクセス改善を求めて「緊急避妊薬の薬局での入手を実現するプロジェクト」が2020年7月、約6万7000筆の署名と要望書を国に提出しているが、早期の実現を求めたい。

 また、日本での中絶は、手術をするしか方法がないが、母体保護法第十四条に以下のように定められている。

 「都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる」

 堕胎罪が存在している日本において、この法文によって中絶は可能になっているが、これによると、中絶を決定するのは医師であって、本人には決定権がないと読める。このおかしさ、理不尽さが、葛藤する妊婦を孤立させ、社会的排除のまなざしにつながっているのではないだろうか。

 避妊の手段がもっと安価でたくさんあったなら、出産費用が自己負担でなかったなら、社会が妊婦を孤立させない仕組みを持っていたなら、そして、産む、産まないを決める権利は本人にあることがしっかりと保障されていたなら、彼女たちは加害者にならずに済んだかもしれない。

 虐待死をさせてしまっている本当の加害者は、この社会であることに、私たちは自覚的でありたいと思う。

妊娠は自己責任なのか?

 ピッコラーレには、ネットカフェ、友人宅や恋人ではない男性の家などを転々とし、居所が定まらず「漂流」している、あるいはその状況に陥る可能性のある若年妊婦からの相談が少なくない。妊娠しなければ、なんとかその生活を維持していくことはできたかもしれない。けれど、妊娠は収入の手段も居場所もいっぺんに奪ってしまう。

 漂流する彼女たちの背景には、貧困、虐待、DV、暴力、不安定な就労、精神疾患、そのほか様々な社会的排除など、自分自身では解決できない問題が存在している場合がほとんどだ。

 彼女たちは、これまで、誰にも「助けて」を言えずにいた人が多い。貧困、虐待、DV、暴力などに晒され続けていると、「助けて」と言っていいのかどうかもわからなくなる。だから、誰にも助けを求めず、たくさんの困難を抱えながら、1人でなんとか凌いでいた。

 しかし、妊娠は1人ではどうすることもできない課題。妊娠をして初めて、やっとの思いで「助けて」を伝えることができたのだ。

 「相談してくださって、本当にありがとう。ここからは、私たちもあなたと一緒に、これからのことを考えさせてくださいね」

 決まって私たちは、そんな風に彼女たちに挨拶する。

 彼女の話を聞き、どうしていきたいのかを聞き、彼女にこれ以上不利益がもたらされないように根回しをしつつ、必要な社会資源につなげるために行政の窓口や医療機関に同行する。ようやくこれからの道筋が見えた時、ふっと、「怒られるかと思ってたのに、お礼を言われたり、褒められたからびっくりした」と口にする人は少なくない。妊娠は自己責任なのだから、こんなことを相談したら怒られるのではないかと思っていたというのだ。

 冒頭で紹介した「野良妊婦」。彼女からの最初のコンタクトはメールだった。「野良妊婦」の文字を見つけた時、彼女が抱えている絶望感、孤立感を感じ、打ちのめされたことが忘れられない。そのメールには「野良妊婦はたらい回しにされるとネットで見て、自分がすべて悪いのですが」とも書かれていた。妊娠は1人ではできないのに、「自分がすべて悪い」と書く。相手については、ほとんど責任の追及はなされず、妊婦だけの自己責任とされる。そんな理不尽の中に彼女たちはいる。

 果たして妊娠は自己責任なのだろうか?

 なぜ、多くの場合、妊婦だけが妊娠の責任を負わなければならないのか。

 妊娠は1人ではできない。そんな簡単な真理が、なぜ、この社会では忘れられてしまっているのだろう。

若年妊婦に対するまなざしの変容を

 COVID-19感染拡大を受けて、若年妊娠にスポットが当てられることが増えた。だが、命を危険にさらしながら妊娠葛藤を抱える若年妊婦の存在は、今に始まったことではない。これまで述べてきたように、葛藤を抱える妊婦は、もともと経済的な困難や社会的排除の中を生きていたのだから。ただ、COVID-19の感染拡大は、彼女たちの姿を見えやすくした功績はあるかもしれない。やっと見えるようになった彼女たちの姿を、今後も、社会は見つめ続けてほしい。

 ピッコラーレは、2020年5月に、認定NPO法人PIECESとの協働により、居所がなく漂流する若年妊婦のための居場所「ぴさら」を開所した。

 母親とうまくいかず家出を繰り返していた妊婦が、二日間のんびり過ごした。「いつでも辛くなったら戻っておいで」。そう言って送り出したが、その後彼女は、家出することなく無事出産し、子育てをしつつ、自立することを目指して頑張っている。

 いつでも行くことができる安心安全な場がある、そう思えるだけでも、日々をやり過ごす力になるのかもしれない。

 だとしたら、社会に安心安全なまなざしが増えたなら、彼女たちの背景は変わらず厳しかったとしても、今よりは生きやすくなるのではないか。そのためには、彼女たちが抱える問題を可視化し発信することが必要だ。ピッコラーレは、2020年12月発行を目指して、「妊娠葛藤白書?にんしんSOS東京の相談窓口から」を制作中である。

 

注:ピッコラーレとは、ピコ(「おへそ」「中心・核」を意味するハワイ語)とコッコラーレ(「寄り添う」を意味するイタリア語)を組み合せて作ったオリジナルの団体名