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国際人権ひろば No.144(2019年03月発行号)

アジア・太平洋の窓

アジアの人権監視メカニズム アジア人権裁判所のためのワークショップ

陳瑤華(Jau-hwa Chen)
東呉大学教授、同大学院人権修士課程主任、張仏泉人権研究センター長

 2006年、「台湾促進和平文教基金会」(Peacetime Foundation of Taiwan)は、インドのジャンムー・カシミール州シュリーナガルで強制失踪者の問題に取り組む団体を訪問しました。この組織の創設者である弁護士と被害者代表から、私たちは大変温かい歓迎を受けると共に、それまでは海外の訪問者といえば、ヨーロッパかアメリカ大陸からばかりで、私たちがアジアで最初の訪問団だと告げられたのです。訪問者の一人として、隣人の苦境に対して無関心であった自分自身を恥じ、嬉しさと恥ずかしさが入り混じった気持ちになりました。

 人権メカニズム

 ヨーロッパ、アメリカ大陸、アフリカには、それぞれの地域(リジョン)の人権基準-たとえば権利章典や人権憲章-と、人権保障制度があります。ヨーロッパの場合、1950年11月4日に、設立後まもないヨーロッパ評議会において、「人権および基本的自由の保護に関する条約」(ヨーロッパ人権条約)が採択されました。1959年には、その条約に基づいてヨーロッパ人権裁判所が設立されました。それ以来、条約とその議定書に明記されている権利が、締約国によって侵害されたと感じた個人は、国内法による救済を尽くしてもなお救済されない場合、トランスナショナルな機関であるヨーロッパ人権裁判所に訴えることができるようになったのです。

 ヨーロッパ人権裁判所の設立にあたっては、ヨーロッパの個々の国々と共同の努力があったばかりでなく、ヨーロッパのNGOが設立に関わる様々な提案を行ったことを忘れてはなりません。ヨーロッパ統一のための討議の場となった1948年のハーグ会議において、NGOは重要なアクターとなりました。戦争による大陸の荒廃を経験し、権力は政権の座にある者を熱狂させやすく、誰からの監視も受けない権力から全体主義が生まれるのだと、NGOは断固として主張しました。それゆえ、人権保障を強化・監視するためのトランスナショナルな機関の創設が必要だとNGOは予見していたのです。

 ヨーロッパの人権保障制度からインスピレーションを得て、西半球の国々は米州人権条約を1969年11月22日に採択しました。これはサンホセ協定という呼称でも知られています。これらの国々は続いて、米州人権条約の条文を解釈し、その実施を監視する機関として米州人権裁判所を1979年5月22日に設立し、米州人権裁判所に提訴されたケースを扱う際の規則や手続きを確立しました。

 ヨーロッパ人権条約とサンホセ協定にならい、1981年6月27日には、「人及び人民の権利に関するアフリカ憲章」がアフリカ諸国によって採択されました。憲章の実施を監視する機関として、1987年11月2日に、「人及び人民の権利委員会」(アフリカ人権委員会)が設立されました。「人及び人民の権利に関するアフリカ裁判所」(アフリカ人権裁判所)は2004年に開設されました。しかし、アジアだけは世界で唯一、人権の理念を前進させるためのトランスナショナルな機関がありません。

 アジアの状況

 トランスナショナルな人権保障システムの不在によって、先住民や、マイノリティ、不利な条件の下に置かれ周縁化された集団は、人権の侵害や虐待、人種・民族・宗教・ジェンダー・性的指向やその他の地位を理由とした差別に対して、脆弱な状況に置かれています。

 1998年5月17日、韓国の光州(クワンジュ)において、NGOは「アジア人権憲章」(注)を採択しました。この憲章には法的拘束力はありませんが、その原則と内容は、それまでの国際人権条約にたいへん近いものです。

 アジア人権憲章第16条2項は、アジアの国々によって採択された人権条約が存在しなければならないこと、そして、条約実施のための独立した委員会または裁判所が設置されなければならない、と述べています。やや長くなりますが重要なので、第16条2項を、引用しておきます。

 アジア諸国は権利伸長および保護のための地域的または小地域における制度を採択しなければならない。国内および地域的NGOの協力を得て地域的フォーラムにおいて策定した国家間の人権条約が存在しなければならない。条約は特に権利享受を妨げる障害などのアジアの現実に目を向けなければならない。同時に条約は国際規範および基準に完全に合致していなければならない。また、国家機関に加えて、集団および企業による権利侵害も含んでいなければならない。条約実施のために独立した委員会または裁判所が設置されなければならない。委員会または裁判所へのアクセスはNGOおよび他の社会組織にも開かれていなければならない。

 

 言い換えると、アジア人権裁判所が設立される可能性はあったのです。

 アジアには、国内、および国際的な民衆法廷や人権模擬法廷の経験があります。2014年から16年にかけて取り組まれた、台湾模擬憲法法廷はその一例です。また、2015年にニューデリーでは、アジア地域のダリットに対する人権侵害について、地域民衆法廷が審理を行いました。これらはいずれもNGOによる司法へのアプローチとして注目を集めました。同様に、国際的に活動を展開する常設民衆法廷では、主に国際刑事司法の視点から、戦争犯罪と人道に対する罪に関わる訴えを審理しています。

 1993年から1995年には、アジア女性人権委員会(Asian Women Human Rights Council)が組織した女性法廷が、ラホール(パキスタン)、東京(日本)、バンガロール(インド)、カイロ(エジプト)、マニラ(フィリピン)で7回開廷し、女性に対する暴力、戦争犯罪と性奴隷、ダリットと先住民女性に対する暴力、人口統計学政策の女性に対する影響、主流な開発のシステム、原子力政策などの多様な事案を取り上げました。

 これらの取り組みを重ねたことが、第4回世界女性会議(1995)での、NGOフォーラムによる「公判」につながりました。また、2000年には、「戦争と女性への暴力」日本ネットワークが、「日本軍性奴隷制を裁く2000年女性国際戦犯法廷」を東京で開催しました。そこでは、中国、韓国、フィリピン、台湾の被害女性が法廷で証言を行いました。

 アジア人権裁判所構想の実現に向けた運動

 張仏泉人権研究センター(以下、「センター」)は、台北にある東呉大学において、2000年に開設されました。それ以後、人権研究者、活動家、法律専門家間の交流を促進するため、講義、会議、セミナーを開催しています。センターの活動の一部として、人権に関わる17の組織と緊密に協力してワークショップを開催し、アジア人権裁判所の実現をめざしてきました。 ワークショップによって、アジアの人々が、アジア地域の人権裁判所、あるいは人権法廷を待ち望んでいたことが明らかになりました。アジアにおける民衆法廷・裁判がこれまでに出した「判決」や勧告は、人権侵害についての対話を促進し、そしてアジアの人びとが不正義に対する重大な懸念を抱いていることをしばしば指摘してきました。民衆法廷や人権法廷の類型、構造、規則、並びにその「判決」を調査研究することはアジア人権裁判所への道を開く、具体的な一歩なのです。

 アジア人権裁判所構想の実現に向け、重要課題に取り組むため、センターでは、2019年5月9日~12日、同年7月11~14日に、2回のワークショップを開催します。また、マヒドン大学人権・平和研究所(タイ)、大阪市立大学人権問題研究センター(2016年に学術交流協定を締結)、婦女権益促進発展基金会(台湾)、およびグローバル・ボイスの4団体が協力機関となります。グローバル・ボイスは、世界中のブロガーやジャーナリスト、翻訳者、研究者、人権活動家の多言語コミュニティです。6つほどのセッションを持ち、アジア人権裁判所を実現するための、ネットワーク

づくり、広報やアドボカシーについて考え、ディスカッションを促す場をもちます。第1回のワークショップでは、とくにASEAN(東南アジア諸国連合)とASEANの人権宣言や条約に注目し、また第二回は、APEC(アジア太平洋経済協力)にまで範囲を広げ、ジェンダーと経済に焦点をあてます。2回のワークショップでは、特にアジアの地域的人権システムや、台湾模擬憲法法廷、地域民衆法廷、常設民衆法廷をはじめとする民衆法廷・人権法廷について討議します。6つのセッションでは、下記のテーマを取り上げる予定です。

 

  1. 地域的人権裁判所のしくみ
  2. アジアにおける民衆法廷・裁判
  3. アジアにおける人権侵害事案の明確化
  4. アジア人権裁判所で取り上げうる事案について
  5. アジア人権裁判所をASEANとAPECの枠組み内で提唱することについて
  6. アジア人権裁判所のためのネットワークづくり、広報、アドボカシー

 

 冒頭の2つのセッションでは、既存の国・地域(リジョン)・国際レベルの法廷と裁判所のしくみ、機能、影響に焦点を当てます。第3、第4セッションでは既存の法廷と裁判所で取り上げられた事案を集めて分析し、

アジア人権裁判所で真剣に考慮されるべき、アジアで幅広く起こっている根強い人権侵害を明らかにします。第5セッションでは、地域的メカニズムのより効果的な手順や手続きの枠組みを議論します。アジア人権裁判所は、ASEANまたはAPECのどちらの枠組みの下にあるべきでしょうか?そして最後のセッションでは、アジア人権裁判所の設立に向けたキャンペーンのための、ネットワークづくりについて議論します。

 ワークショップでは、人権の擁護者、人権法廷・裁判所の専門家やオーガナイザーたちが経験を語りシェアします。政府間組織、例えばASEAN、APECの担当者も、人権に関わる仕組みと構造について報告します。

 アジア人権裁判所の展望

 アジア人権裁判所は、日々、ローカルなレベルで起きている典型的な人権侵害や人権の乱用にじっくり向き合うものであるべきです。地域的な人権監視システムの欠如は、市民の権利保障を遅らせ、不十分な状況にしています。あるとき、私は、『ヒューマンライツ・クオータリー』(訳注:ジョン・ホプキンス大学出版会が年4回刊行している人権に関わる学術誌)のロゴが入った帽子をかぶって、アジアの国々を旅していました。ジャンムー・カシミール州のラダック地方にあるレー空港に降り立ったあと、チベット人のホテル支配人からこう尋ねられました。「なぜ、毎日じゃなく、クオータリー(年4回)だけ人権を促進するんですか?」と。ホテル支配人は、アジアの私たちが共有する人権に対する思い、そして、とりわけ世界人権宣言70周年にあたって私たちが、新しく作りかえ、立て直さなければならないことは何かを語ってくれたのです。

 

詳細は、東呉大学張仏泉人権研究センター、陳瑤華までお問合せください。

e-mail:hr@gm.scu.edu.tw
URL:www.scu.edu.tw/hrp

翻訳 阿久澤 麻理子
   (大阪市立大学人権問題研究センター/都市経営研究科教授)

 

注:
「アジア憲章」の説明と日本語訳
https://www.hurights.or.jp/archives/asian_human_rights_charter/