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国際人権ひろば No.143(2019年01月発行号)

アジア・太平洋の窓

カンボジアにおける政治・人権状況の悪化と今後の課題~2018年総選挙をめぐって~

岡島 克樹(おかじま かつき)
大阪大谷大学 教員

 2017年6月の地方選挙前後以降、カンボジアでは2017年9月、最大野党・カンボジア救国党の党首であったケム・ソカー氏の逮捕、同年11月、最高裁判所による同党の解党命令に見られるように、政治状況が悪化している。これについてカンボジアで開発支援や研究にかかわってきた人のなかでは、武力衝突、死者すら出ていた過去の選挙に照らし、騒ぐに値しないという声も聞かれる。しかし、最近の動向は国連の特別報告者が報告するように、これまで選挙に関して着実な改善を見せてきたカンボジアにとって「2018年の選挙は過去の傾向からの脱却であった」[Smith,2018:20]のであり、決して看過できるものではない。また、こうした政治状況は、市民社会スペースの縮小、結社や集会、意見表明の困難を引き起こしており、人権状況の悪化という意味でも深刻である。

 2018年総選挙結果と国際社会の対応

 それでは、2018年総選挙とはどのようなものであったのか。まず、結果については人民党が国民議会全125議席を独占することになった。これは、冒頭で述べたように前回の2013年総選挙で44.5%、2017年地方選挙で43.8%の票を獲得し、与党・カンボジア人民党に肉迫した救国党が解党処分を受けたためである。今回の選挙には計20政党が参加したが、人民党以外の政党はほとんどが得票率1%に満たない泡沫政党で、参加野党のなかで最大数の票を得たフンシンペック党でも得票率は5.9%(37万4510票)、今回の選挙ではとくに多かった無効票(59万4659票)よりも少ないという状況であった。

 なお無効票が多かった理由は、救国党側による投票棄権の呼びかけに対し人民党側が棄権した者に不利益が及ぶと言及するなど、威嚇的なキャンペーンで応えたという経緯があり、多くの市民が投票には行ったが、抗議の意味で無効票を投じたからである。筆者の友人のなかにも、中指を立てた(注:相手に対して軽蔑や怒りを示すジェスチャー)手の絵をすばやく投票用紙に描いて投票箱に入れてきたと話す者がいた。

 このような結果に終わった総選挙の前後、国際社会はどう対応したのか。

 アメリカやEUは選挙前に引き続き、選挙後ただちにあらためてこの選挙には正当性がないとの声明を出した。とくにEUは、2017年12月に選挙支援の中止表明、選挙直前の2018年7月に関税優遇措置の継続検討のための調査団を派遣し、選挙後、2018年10月にはこの優遇措置撤回の手続き開始を表明した。この関税優遇措置がなくなると、70万人以上を雇用し8割以上の工場がEU向け製品を製造する縫製産業に多大な影響を及ぼすため、EUはカンボジアの状況改善にとって唯一強い交渉力をもっている。

 また、アメリカも2017年11月、選挙支援を中止し選挙直前の7月下旬、カンボジア制裁法を下院で通過させている。ただし、この法律はカンボジア政府高官に対する入国ビザ不発給や資産凍結を内容とし、2018年2月、上院に提出されたものの成立しなかった法案に書き込まれていた国際金融機関による新規ローン停止を含まず、緩やかなものとなっている。そのため、アメリカの対応は声明等に見られる表現上の厳しさに比して、実際の影響力は限定的である。

 国連も、人権理事会や人権高等弁務官事務所が軸になって、懸念をくりかえし表明してきた。また、2018年9月に発表された特別報告者による報告も、選挙結果のみならず、その過程における人権侵害について詳細に言及し、カンボジア政府・人民党の動きを厳しく批判をするものであった。しかし、少なくとも報道されるかぎりでは、開発支援を担当する国連専門機関はこの件について沈黙しており、その意味で国連の影響力も限定的と言えよう。

 中国やロシア、とくに巨額の開発支援や民間投資ゆえにカンボジアに対して強い影響力をもっている中国は、上述の国連人権理事会においても「人権問題の政治化」に反対するスタンスを継続してきた。また、今回の選挙時には、政府と「NGOの連合体」による2つの選挙監視団を派遣し、「自由で公正」であるとの評価を行った。

 この間、日本政府は上述の国連人権理事会でくりかえし懸念を表明し、また、2018年春には外務大臣を含む日本政府高官がカンボジアを訪問し、人民党・救国党間の対話を促すなどしてきた。選挙後の2018年8月には、シンガポールで外務大臣がカンボジア政府高官に対し、選挙結果について「落胆させるものだった」とも伝えている。しかし、一方で2017年11月、救国党解党判断が出た数日後というタイミングで、日本の外務副大臣が選挙支援継続の発言をし、選挙後も結局、選挙監視団を派遣しなかったという理由で選挙の「正当性」の有無について言及を避けるという状態が続いている。また、選挙直後、自民党幹事長がカンボジア首相宛に祝意を表する書簡を送った。全体として、日本政府による対応はカンボジアの状況改善に関して具体的な成果を生み出すことができていない。

 政治・人権状況悪化の原因と今後の対応

 それでは、今後、どのような方向性で対応を検討するべきなのか。また、そもそもなぜ今回このような状況悪化が起きたのであろうか。カンボジアをとりまくグローバルな地政学的変化、とりわけ中国ファクターに言及する人もいる。こうした指摘は確かに重要であるが、筆者はより複眼的にカンボジア国内の社会・経済状況の動向や、それを決定づけてきたカンボジア政府と開発パートナーによる過去の動きを踏まえて考えるべきであると考える。

 こうした視点で、現在のカンボジアの政治・人権状況を考える際、参考になるのはEngらよる研究[2017]である。それは、2013年総選挙で人民党が大きく議席を減らした原因を探るもので、その答えを2013年選挙の有権者(670万人)中の高い比率を占める若者(350万人)に着目して見いだそうとした。そして、その若者たちとは、雇用機会を求めて地方から都市に移住したことから生じる人間関係上の分断、一部の都市居住者の富裕なライフスタイルの隣で、生活費を切り詰め、故郷の家族に仕送りするという格差、そこに、契約数が2010年の32万件から5年で626万件に上昇するというスマートフォンの急速な普及が重なり、アクセスできる情報が質的・量的に拡大するという環境に特徴づけられる存在であるとする。大量の若年移住労働者がそもそもなぜ発生したのか、Engらは経済特区の設置と外国企業の誘致をつうじた「工業化」という経済構造の変化に言及する。しかし、考えてみればこうした経済特区の設置にもとづく経済発展モデルは、大量で安価な若年移住労働者の存在を前提とし、それは、日本を含む開発パートナーが積極的に進めてきたものではなかったか。今、われわれが目にしているカンボジアの混乱は、こうした経済発展モデル追求の必然的な結果ではないのだろうか。

 1997年の武力衝突後同様、今回も、開発支援は何事もなかったかのように継続されることが予想される。しかし、現在の状況は本来、選挙をつうじて表明されていたはずの不満の出口を塞ぎ、それがゆえに、その不満は社会のなかに残存している。前述したような、中指を立てたいという一般市民の感情、社会を不安定化させる要因はそのまま残っているのである。選挙直後の2018年8月に開催された国際シンポジウムで、中国政府はカンボジアの地方における貧困削減・SDGs達成に貢献していくと表明しており、今回のような事態を生んだ原因を認識している節がある。新興ドナーですらこのような認識をしているのであれば、日本政府にはなおさら、現在のような政治・人権状況がなぜ生じたのか、自身の開発支援のあり方が本当に無関係なのか、2000年代・2010年代の開発支援をふりかえり今後の支援を検討することを期待する。

 

<主要参照文献>

・重田康博(2018)「カンボジアの市民社会スペースの実態と課題」『宇都宮大学国際学部研究論集』46:27-38.

・米倉雪子(2018)「カンボジアの民主主義は死んだのか?」『SYNODOS』(2018年5月8日).(https://synodos.jp/international/21494

・岡島克樹(2018)「カンボジアにおける人権状況の悪化-その概要・特徴と国際社会の対応」『国際人権ひろば』No.137(2018年1月号)

・Eng, Netra and Caroline Hughes (2017) “Coming of Age in Peace, Prosperity, and Connectivity: Cambodia's Young Electorate and its Impact on the Ruling Party's Political Strategies.” Critical Asian Studies, 49:3, 396-410.

・Smith, Rhona(2018)Addendum: Report of the Special Rapporteur on the Situation of Human Rights in Cambodia. (A/HRC/39/73/Add.1) Geneva: UN.