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国際人権ひろば No.137(2018年01月発行号)

アジア・太平洋の窓

カンボジアにおける人権状況の悪化-その概要・特徴と国際社会の対応-

岡島 克樹(おかじま かつき)
大阪大谷大学 教員 / C-Rights 理事

 はじめに

 カンボジアは,長い内戦を経て,1990年代,パリ和平協定の締結と国連による暫定統治を経験した国である。当時,PKOの青のベレー帽や帰還難民,地雷等に象徴されたこの国は,その後,平均7.6%(1994-2015年)の経済成長を遂げ,2015年には低中所得国の仲間入りを果たした。経済成長の質もかならずしも悪いものではなく,世界銀行の最新の報告書によれば,所得下位40%層1人あたりの消費上昇率は上位60%層のそれよりも大きい。保健や教育といった社会サービスも,なお課題をかかえているが,各種指標は1990年代にくらべ大きく改善している。

 この間,日本政府は,最近までトップドナーとしてカンボジアの開発に協力してきた。その援助実績は2014年までで累計約3465億円にのぼる。また,数多くの日本のNGOにとっても,カンボジアは重要な活動の地である。

 しかし,そのカンボジアは,ここ1~2年のあいだ,人権状況が著しく悪化している。2016年7月には,政府に批判的な言説を展開していた政治評論家ケム・レイ氏が殺害され,彼の葬列には数十万人の市民が集まった。2017年9月には,最大野党であった救国党の党首ケム・ソカー氏が国家反逆罪で逮捕され,2017年11月には,最高裁から救国党解散を命ずる判断が出される等した。2018年7月に予定される国政選挙が自由で公正なものになるのか,大きく懸念されている。

 現況とその特徴

 最近の人権状況悪化は,与党・人民党の苦戦が予想された2017年6月の地方選挙1を前にして始まったものである。具体的には,2016年2月末,ケム・ソカー氏がある女性と交わしたとされる親密な会話がネット上に流出した。当初,この女性を支援していた人権団体の関係者が収監され,その後は,この収監に対して抗議活動を行った市民活動家も逮捕された。また,ケム・ソカー氏自身,裁判所からの召喚を拒否し,約半年間,党本部に立てこもらざるを得なかった。

 そして,救国党が,2013年の国政選挙につづき,2017年の地方選挙においても躍進2をとげると,救国党への攻撃はさらに激化する。上述したケム・ソカー氏の逮捕と救国党の解党命令にくわえ,2017年7月改正の政党法にもとづき,救国党幹部118名の今後5年間の政治活動が禁止された。また,2017年10月改正の選挙法にもとづき,国民議会とコミューン・サンカット評議会において救国党が有する議席の他党への再配分決定がなされ,その決定は実際に実行された。

 こうした状況は,パリ和平協定締結後,長く続いてきた与野党間の対立との共通点もあるが,相違点もある。そもそも政府・国際社会が自由で公正であると評価した選挙の結果,選出された議員の議席を他党にふりわけるというのは重大なことであるが,最近の状況は,この他にも,以下のような特徴がある。

 第一に,攻撃対象の幅広さである。カンボジアにおける政党間対立は,1997年の人民党・フンシンペック党間の武力衝突ということはあったが,2000年代以降は,救国党前党首サム・ランシー氏の例にあるように,名誉棄損等を理由とした野党幹部の逮捕あるいはこれを逃れるための亡命というのが典型であった。しかし,最近では,Voice of America等の番組を放送してきた複数のローカルラジオ局の閉鎖,カンボジアを代表する英字紙に対する多額の納税要求・発行停止というように,攻撃はメディアにまで及ぶようになっている。また,最近では数多くのNGOが監視対象とされ,NDI(アメリカ民主党系NGO)のように実際に閉鎖させられたところもある。

 第二に,政府内の多様な機関の動員にも特徴づけられる。2016年の人権団体職員の逮捕時は政治家等の汚職対策を基本業務とする反汚職ユニットが捜査に乗り出し,救国党解党の際には内務省が解党のための提訴を行い,これを最高裁が審理するという形式をとった。上述のNDIの事務所閉鎖は外務・国際協力省の決定にもとづくものであった。ここで特記が必要なのは,救国党への攻撃には,軍隊の使用あるいはその示唆がともなっているということである。ケム・ソカー氏による救国党本部籠城の際には,軍のヘリコプターや砲艦,自動小銃で武装した覆面部隊が「演習」と称して出動した。また,最近の,フン・セン首相自身を含む政府・軍の高官による演説では,救国党への攻撃における軍の使用が繰り返し示唆されている3

 国際社会による対応と今後

 このような人権状況の悪化に対して,とくに国連人権理事会では,アメリカやEUの動きもあり,2016年6月以降,繰り返し,懸念を表明する決議を行ってきた。最近でも,2017年9月,同理事会では,カンボジア政府に2019年3月までに人権状況に関する書面報告を求める決議を,カンボジア政府が同意する形で,採択している。

 しかし,2017年11月に,救国党を解党し,同党幹部の政治活動を禁じる最高裁判断が出てからは,アメリカもEUも2018年の国政選挙の正当性を疑問視し,アメリカの場合は選挙支援の中止を表明,EUの場合はEU市場への無関税輸出を可能にするEverything But Arms(武器以外のすべて)イニシアチブのカンボジアへの適用中止を示唆する声明を出した。

 一方,日本政府は,これまで,国連人権理事会においてアメリカやEUと協調し懸念を表明しながら,選挙関連の支援継続を表明するというスタンスをとってきている。これは,一貫しており,救国党の解党が議論されていた10月末にカンボジアを訪問した外務政務官も,実際に解党が決定されたあとの11月下旬,ミャンマーで開催されたASEM(アジア欧州会合)外相会合に出席した外務副大臣も,選挙管理委員会への支援継続を表明している。

 カンボジア政府は,中国やロシアによる選挙支援表明もあり,欧米諸国が選挙の正当性を認めなくてもよいとフン・セン首相が発言する等,態度を硬化させている。日本政府の対応は,カンボジア政府を孤立させず説得を行うというものであるとも考えられるが,一部メディアの報道にあるように,日本政府による選挙支援継続表明が来年の国政選挙の正当性を事実上認めたとも解釈されている。

 上述したように,カンボジアにおける人権状況はここ1~2年のあいだに,一部の野党幹部をねらった局地戦から市民社会組織やメディアに対して多様な政府機関を動員して行う総力戦へと変容をとげ,この11月には議席の再配分を行うというところまできた。日本政府は,今回,選挙支援から降りるという道もあったが,これを選択しなかった。2018年の国政選挙が正当性ある形で行われるためには,実質的に最高裁の判断を覆すような荒業が求められ,今後,大変困難なタスクをかかえたことになる。

 筆者は,2016年1年間,カンボジアで研究に専念する機会を得た。その際,いわゆるNGO法(2015年8月)の制定後4,市民社会に対する抑圧的な雰囲気があるにもかかわらず,自由や民主主義を守ろうとするローカルNGOの職員たちとの出会いがあった。また,地方出張時には,子どもたちが自らの権利を学び,自分たちの問題をコミューン評議会議員相手に堂々と説明する姿,一般の市民たちが小学校や保健センターの事業評価ワークショップで冗談を交えながらいきいきと議論する姿を見た。こうした市民の方たちの声をより反映する国際協力とはどのようなものなのか,今後とも,考え,行動しつづけていきたい。

 

1:地方選挙とは,カンボジアの地方行政制度3層の最下層に位置づけられるコミューンとサンカットという地方行政体の運営を担う各評議会を構成する公選評議員5~11名を選出するものである。詳しくは,拙稿(2005年「カンボジアの地方行政システム―その変遷と現況」『大谷女子大学紀要』39:81-105.や2017年「カンボジアにおける地方行政制度の変遷―2000年代後半以降の動きとその特徴」『大阪大谷大学人間社会学会誌』11:18-38.)を参照のこと。

2:この地方選挙では,救国党は評議員議席1万1572のうち5007議席(全議席の43%。前回選挙では2955議席)を獲得した。一方,人民党は6503議席(前回は8292議席)であった。

3:たとえば,最近の新聞報道(プノンペンポスト紙2017年10月24日付)によれば,フン・セン首相は演説のなかで「蛇のために軍隊が出動するときは,頭をねらう。尻尾ではない。尻尾を攻撃するだけでは,その蛇は噛み続けてくるだろう。指導者たちは全員うち負かされることになるだろう」と述べている。

4:正式には「アソシエーションおよびNGOに関する法律」と言い,任意団体による活動を排除するとともに,すべての団体に曖昧に規定された「政治的中立性」を求めていることが特徴的な法律である。