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国際人権ひろば No.73(2007年05月発行号)

国際化と人権

検証 フィリピンからの看護師・介護福祉士の受け入れ

藤本 伸樹 (ふじもと のぶき) ヒューライツ大阪研究員

■二国間協定に基づく受け入れ


  日本とフィリピンの両政府首脳が06年9月、二国間の経済連携協定(EPA)の署名を行ったことで、一定の要件を満たすフィリピン人の看護師・介護福祉士の候補者を日本に受け入れることが決まった。協定は、同年12月に日本の国会で承認されたことから、フィリピンにおいて批准[1]されれば1ヵ月後に発効し、候補者の第一陣が来日することとなる。
  経済連携協定の署名は日本にとってフィリピンとは、02年のシンガポール、04年のメキシコ、05年のマレーシアに次ぐ4番目となるものであり、フィリピンにとっては初めての調印となった。
  日比間の協定は、他国の場合と同様に物品やサービスの貿易、投資、税関手続き、知的財産権、競争政策、ビジネス環境の改善、協力、人(自然人)の移動など多分野をカバーしている。しかし、他の協定と大きく異なるのが「人の移動」のなかで、「看護師・介護福祉士の候補者の受け入れ」が盛り込まれていることである。この取り決めで、従来認めてこなかった医療[2]や介護の分野において、二国間の協定に基づき公的な枠組みで初めて受け入れを行うことから、日本の外国人受け入れ政策にとって大きな転換への突破口を開いたことになる。というのも、日本は07年4月1日現在、多くの国々と経済連携協定の締結に向けた交渉を継続しているなかでタイ、インドネシアなどとの協議でも同様の議題が具体的にのぼっているからである。

■協定の背景


  近年、政府や経済界などから外国人労働者の受け入れに関わる提言や方針が矢継ぎ早に出されているが、その大半で少子高齢社会を背景に介護労働者の受け入れが積極的に提言されるようになってきた。00年3月に発表された「第2次出入国管理基本計画」では、「中長期的には、今後の人口減少に伴い労働力不足の問題が生ずることが懸念されることから、今日でも、例えば、社会の高齢化に伴い一層必要となる介護労働の分野などにおいて、外国人労働者の受入れを検討してはどうかとの意見がある」と控えめに言及されていたのとは隔世の感すらある。
  だが、「看護師・介護福祉士の受け入れ」が経済連携協定の課題に盛り込まれたのは日比の関係省庁、経済界、議員、労働者といった異なった立場の人々の意見調整の必要性から、交渉が最初からスムースに進んだわけではない。
  とりわけ、厚生労働省は「外国人を受け入れると若者や女性の雇用機会喪失、労働条件低下につながる」という考えから当初反対姿勢をとった。日本看護協会をはじめとする実際に従事する人たちの団体もマイナス影響への懸念から難色を示した。
  04年11月、両国首脳が経済連携協定に大筋合意したものの、各100人ずつからスタートという日本側の受け入れ枠の上限に対して、多数の送り出しを望むフィリピン側との交渉も平坦ではなかったという。最終的に、最初の2年間で「看護師400人・介護福祉士600人」から始動することでようやく合意に達したのであった。
  看護師や介護労働者の仕事はきついことから日本では就職後、数年以内の離職率が高い。資格を持ちながら業務に従事していない潜在的な看護職員数は、就業者数の4割強に当たる約55万人にも達するとみられている。また、ヘルパーや介護福祉士をはじめとする介護労働者は低賃金であり、将来の見通しが立たないという理由で辞める人が多い。その結果、いずれの職種も労働者の「供給見通し」にあまり希望が持てないと指摘する声が日ごとに強くなっている。そのような状況を背景に、まずはフィリピンからの受け入れが決まったのである。

■日本の受け入れ体制


  厚労省は、「フィリピン人看護師等の受入れの実施に関する指針」(案)を作成し、06年末から07年1月下旬までパブリックコメントを行い、条件整備を急いだ。
  同案では、唯一の受け入れ窓口として、海外の医療福祉の人材研修機関である国際厚生事業団を指定している。同事業団は、日本の病院や介護施設からの受け入れ希望と、フィリピンの労働雇用省傘下の海外雇用庁(POEA)が選抜した候補者とを調整し、候補者の来日という流れをつくっていく。知識および技術の習得に際して、候補者は、受け入れ機関(病院や介護施設)と雇用契約を結ぶのである。これまで、外国人研修生・技能実習生の受け入れに端的にみられるように、あいまいな契約のため、低賃金や虐待など多くの人権侵害を生んできたことがその背景にある。今回の計画では透明性確保のため、国際厚生事業団への受け入れ機関による定期と随時の状況報告を義務付けた。
  看護師・介護福祉士の候補者たちは、最初の半年間は経済産業省の外郭団体である海外技術者研修協会(AOTS)において日本語研修を受け、その後病院や介護施設で研修を通じて知識や技術を習得する。
  候補者は、看護師の場合、フィリピンにおける資格を有する看護師であって、少なくとも3年間看護師の実務経験を有するという条件を付けられている。介護士は、「フィリピンの技術教育技能開発庁(TESDA)の認定した介護士(caregiver)であることに加え4年制大学卒業者」または「看護大学卒業者」、および「4年生大学卒業者」のたどる2つのコースに分かれている。
  日本での在留期限は看護師候補者が3年、介護福祉士候補者が4年となっており、その期間内に日本の国家資格が取得できなければ帰国、資格が取得できれば上限3年(更新回数の制限はないと明記されているが、家族呼寄せへの言及はない)の在留が許可されることになっていた。
  この指針(案)を検証すると、さまざまな懸念が浮上してくる。まず、どれだけの候補者が日本の国家試験に合格できるのかという点だ。不思議なことに、病院や介護施設である「受入れ機関の責務」として実施しなければならない「研修」が、すぐに資格取得前の受入れ機関での「就労等」という項目に置き換えられてしまっているのである。そこでの雇用契約は、「日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬を受けること」と釘を刺してはいる。
  だが、専門用語だらけの日本語が登場する国家試験は、就労という形の実務研修だけではとうてい合格できない。実際、介護福祉士の試験では、日本人受験者でさえも合格率は50%を切っているのが現状だ。
  候補者たちが国家資格を得て日本で働き続けるには、看護師であれば年1回行われる国家試験に入国後3年以内に、介護福祉士であれば日本で3年間の実務経験をした後の1回の国家試験に合格しなければならない。英語で専門教育を受けてきたフィリピン人たちにとって厳しくて高いバーである。
  しかも、研修中の3年ないし4年間は、看護助手あるいは介護助手として就労することから、日本の医療・介護現場における最も低い賃金を受けている労働者と「同等」の報酬を保障せよと指導しているに過ぎないのである。加えて、受け入れ機関が準備する宿舎などの諸経費が報酬からさし引かれれば、いったいいくらの手取り賃金になるのであろう。
  そうみていくと、看護師・介護福祉士の候補者は、現在フィリピンからも来日し、3年間を限度に「総入れ替え方式」の研修生・技能実習生の焼き直しに陥るのではないかとさえ危惧されるのである。

■准介護福祉士資格の新設と人権保障の課題


  ところが、である。厚労省は07年3月、唐突にも「社会福祉士及び介護福祉士法等の一部を改正する法律案」を国会に提出したのだ。改正法案の大きな特徴は、この課題に限定して言えば、准介護福祉士の資格を新設することである。フィリピン人にも日本人と同様に国家試験を課す半面、不合格となっても准介護福祉士として日本で介護の仕事に就く道を開くという案だ。
  厚労省は法改正の背景として、「近年の介護・福祉ニーズの多様化・高度化に対応し、人材の確保・資質の向上を図ること」と掲げている。
  3月15日から始まった参議院厚生労働委員会での審議では、突然の改正法案の内容に疑問の声があがっている。フィリピン人の合格率の低さを懸念しての対策という外交的判断が明確に働いている。
  今回の改正法案が決まった場合[3]、日本側にとっては「准」という資格の「安あがりの労働力」の確保というメリットをもたらすかもしれない。しかし、来日する候補者のキャリア形成にとって積極的な意味を持つのであろうか。さらに、フィリピンの社会発展や「両国の保健医療及び福祉の発展に貢献する」(当初の指針案「総論」より)ことにどれほど役立つのだろうか。
  看護や介護の従事者は、女性が過半数を占めている。つまり、この課題は移住女性労働者の人権問題であるといえる。過去20年以上にわたり、日本で多数のフィリピン人女性が、契約とは異なった業務を強いられたり、強制売春、人身売買などさまざまな人権侵害を受けてきた。そうした負の教訓を踏まえて、今度こそ日本における十分な研修体制を確立し、労働者、そして生活者としての権利を保障することが重要な課題である。

1. 条約批准権限を有する上院の議員の半数の改選が07年5月14日に行われることから、上院での審議は7月末以降となる。

2. 日本の大学を卒業した外国人看護師に関しては、「学校卒業後4年以内」の在留を認めていたが、2006年4月に「免許取得後7年以内」の日本在留が可能となった。

3. 法案は、07年4月27日の参議院本会議において、「公布後5年をめどに准介護福祉士の制度を見直す」という修正が加えられたことで可決された。同法案は衆議院に送られたものの時間切れとなり7月4日に継続審議が決まったのである。