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国際人権ひろば No.70(2006年11月発行号)

特集・持続可能な開発と人権-東南アジアの現実から考える Part3

続く環境破壊と住民被害を防ぐために~メコン河流域開発と中国、環境社会配慮政策

大澤 香織 (おおさわ かおり) メコン・ウォッチ

■はじめに


  世界銀行やアジア開発銀行、先進国政府の資金による開発途上国での大型インフラ事業開発が、ときに現地の自然環境を破壊し、住民の生計手段を奪っていると糾弾されて久しい。「持続可能な開発」の文言が人口に膾炙し、経済成長のみを語る開発が、少なくとも理念上は時代遅れとされるようになった昨今、各機関は開発による負の影響を防ぐためセーフガード政策などと呼ばれる環境社会配慮政策を制定、改定してきた。それのみで現地の環境破壊や住民被害をすべて回避することは不可能だが、開発側の政策に基づき住民やNGOが現地から環境破壊や住民被害についての声を届けられるようになった点では一定の前進であった。日本の国際協力銀行(JBIC)などの援助機関でも、2003年9月からは世界的に高い水準の環境社会配慮政策に基づき開発事業を実施することが求められるようになった。
  近年、途上国援助/開発の場面で徐々にその存在感を増しているのが中国である。外交レベルでは他の援助機関と違い、汚職や環境社会面で細々とした注文をつけない中国の開発資金は受け手側の政府に都合がよく、大いに歓迎を受けている。しかし、他の援助機関のあいだではその評判は芳しくない。援助の条件としてこれまで途上国政府に示してきた既存援助機関による政策の足並みを乱すとして、現地への悪影響を懸念する環境保護NGO団体や住民のみならず2006年10月には世界銀行のポール・ウォルフォビッツ総裁も中国がアフリカ諸国へ開発資金を貸し付ける際に人権や環境基準を無視していると痛烈に批判した [1]

■メコン河流域開発と中国


  アフリカ以外でも、日本政府が主要ドナーとして援助外交を展開し、われわれメコン・ウォッチがモニタリングを行ってきたメコン河流域諸国で中国からの投資や援助は拡大している。拡大する経済を支えるエネルギー需要を満たすための資源確保の狙いもあり、その影響はラオス、カンボジア、ビルマ(ミャンマー)などですでに顕著に表れ始めている。この地域の環境問題と援助機関の政策改善に取り組んできた日本のNGOとして、中国の開発資金の存在が、日本を含む他の援助機関の環境社会配慮水準を現在よりも低いレベルへと押し下げることへの懸念もあり、この問題は将来的にも決して無視できない。
  現在ではまだ日本が最大の援助国であるラオスでも、中国から流入する開発資金による病院、橋、道路建設が増加している。評判の良い援助もなかにはあるが、すでに現地社会に深刻な問題を引き起こしているケースもある。例えば、建設コスト6,300万ドルのおよそ80%を中国の輸出信用機関である中国輸出入銀行からの資金に頼り、ラオス中部のプーカオクワイ国立公園内で建設が始まったナム・マン3ダムでは、2002年11月、現地のモン族住民が棒や銃で武装した抗議デモが起き、軍が出動するまでの騒ぎとなった。住民への十分な情報提供を含むコンサルテーションもないまま約2,700人の住民移転を強いることに対する抗議であったが、ラオスのような社会主義国でこうしたダム建設に対する住民からの直接的な抗議行動が起きるのはこれまできわめて稀であったことからも、事業の深刻な問題点がうかがい知れる。当事業は、さらに経済性について世界銀行、IMF、アジア開発銀行から疑問が投げられており、事業に出資する中国政府が各援助機関の努力している透明性の確保、反汚職スキームなどに対して悪い影響をもたらしていると批判された。
  カンボジアの例では、2005年7月に国内では最大規模のカムチャイ・ダムへの中国輸出入銀行の2億7,000万ドル融資による中国企業(シノハイドロ社)の建設が約束された。建設サイトはこれもまたカンボジア最南端に位置するボコール国立自然公園内に予定され、水没地域は地元のもっとも貧しい層の住民が数十年来、主な生計を頼ってきた竹や籐の採集地域とほぼ完全に一致している。筆者は2006年10月に現地NGOと共に住民や地元政府、関係機関へのインタビューなどを含む現地調査を行ったが、地元政府や住民を含めほとんどすべてのステークホルダーが事業について何のコンサルテーションも受けておらず、数年前に事業を放棄したカナダの建設会社が主催したミーィング以後、中国企業が関わってからは詳細に関する情報はほとんど与えられていなかった。インタビューからは、竹細工の販売などを含めて現地の住民がほぼ一家全員で生計を依存している竹や籐の採集に大いに影響がでること、ダム建設予定地である国立公園の自然環境にも影響を与えること、さらに現在ではダム建設予定のトックチャウ(カムチャイ)川に100%頼っているボコール市の飲用水が、ダムにより値上がりすることが予測されること、特に乾期の影響に対する懸念の声があがっていた。
  ビルマでは具体的には今号で秋元が指摘している通り、約8万人もの住民を立ち退かせるハッジー・ダムの建設に中国企業がかかわっている。この事業以外にも中国は積極的にビルマに近づいている。しかし軍事政権のもと深刻な人権侵害がまかり通る国での大型インフラ・プロジェクトの危険性については今さら指摘するまでもないだろう。
  上にあげた3つの国のダムに関するケースはあくまでもほんの一部の例であり、カンボジアやラオスでは中国政府の開発資金による道路建設について、住民立ち退きと補償をめぐるトラブルが起きているとの声もきかれる。さらにアフリカなど他の地域に目を向ければ、スーダンのメロウエ・ダムなどでも複数の死者の出たケースが報告されている。この分野での中国からの開発資金とその影響が、今後、数年間で急激に拡大することは容易に予測できる。そして、これまでの既存の援助機関によって繰り返されてきた外部からの開発資金による途上国での環境破壊と住民被害が、中国のケースでのみ起きないという保証はなく、それどころかこれまでのべてきた理由から、現地にさらなる悪影響をもたらすことが予測される。

■市民社会の動き


  こうした問題について市民社会にはどのような行動が可能だろうか。他の援助機関の経験を振り返れば、政策のみで現地の負の影響を完全に防ぐことはほぼ不可能に等しい。援助機関に政策を遵守させるためには、事業者のみならず、住民やNGOによるモニタリングに基づいたアドボカシーなど地道な活動が欠かせない。
  カンボジアのカムチャイ・ダムのケースでは地元カンボジアのNGOが詳細な社会調査を行い、ダム建設によって影響を受けると懸念される地元住民生活のベースラインデータを集めるなど、積極的な活動を始めている。さらに援助や輸出信用機関など公的資金がかかわる事業ではなく、純粋な私企業の投資についても危機感をもった市民社会の側からさまざまな取り組みが模索されている。例えば、ラオスやカンボジアでは中国企業が関わるプランテーションの問題が深刻化しているが、北京をベースとする中国のNGOは、カンボジアなどに商務部や森林局の政府職員を連れていき現地調査を行い、海外でオペレーションを行う中国企業向けに環境社会面での配慮を含むマニュアルを作成するなどの活動を展開している。さらに伝統的にウォッチ・ドッグ型のNGOが活躍してきた欧米ではアフリカ諸国などで顕著な中国の関わる事業について問題点を詳細に報告するレポートを作成し、情報発信を通じて警告を強めている。
  これまでメコン河流域諸国で日本国際協力銀行(JBIC)をはじめとする日本政府による開発援助の影響をモニタリングしてきた、メコン・ウォッチなどの日本のNGOとしては、中国のNGOとの連携を通じてこの問題に関わる道を模索している。歴史的経緯からもまだ海外事業についてのモニタリングやアドボカシーの経験の浅い中国のNGOだが、近年では国内のダム問題について目覚しい成果を挙げている。こうしたグループにこれまでの日本の援助政策に関わってきたNGOの経験を共有し、ともにアドボカシーの道を探ることは「持続可能な開発」を実現するための最低条件として欠かせないはずだ。

1. メコン・ウォッチ2006年11月12日メールニュース「中国の融資>世界銀行総裁が批判」参照