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国際人権ひろば No.68(2006年09月発行号)

肌で感じたアジア・太平洋

海を越える日本人高齢者~老後をフィリピンで暮らす

槌屋 史子 (つちや ふみこ)
アテネオ大学IPC客員研究員・神戸大学国際協力研究科修士課程

「フィリピンはカラダにいい」、「想像以上に、満たされる」。
  フィリピンには、フィリピン観光省が掲げるキャッチフレーズに見事に魅せられた「元気な」日本人高齢者が多く住んでいる。外務省によると、2005年10月現在のフィリピン在留邦人数は前年比を3.3%上回る12,913人で過去最高となった。その中でも永住者数の増加は顕著であり、アジア最多[1]の2,217人。なぜ今、高齢者が海を超え、フィリピンへの海外移住の道を選ぶのであろうか。

■フィリピン退職庁(PRA)と永住ビザ


  入国管理局が発給する特別居住退職者ビザ(Special Resident Retirees Visa、以下SRRV)の発行手続きを行う政府機関がPRA(Philippine Retirement Authority、以下PRA)である。2005年7月現在、SRRV累積取得者総数は13,000人近くおり、そのうち日本人取得者は1,200人と全体の1割を占める。取得後に様々な理由からビザを取り消す人もいるが、日本人取得者は年間約100名といわれる。

SRRV総保有者数(国籍別)   SRRVは、フィリピンに長期滞在あるいは終の棲家として永住を希望する人(家族として配偶者と21歳未満の子どもの同伴可)を対象とした特別居住ビザであり、35歳以上のすべての外国人及び元フィリピン国籍保有者を対象とする。50歳以上の申請者の場合、必要書類をそろえた上でPRA指定銀行に米国ドルで2万ドル[2]の6ヵ月間定期預金を行わなくてはいけない。SRRV取得者には、永住権をはじめ、フィリピンへの数次入国、旅行税・子どもの学生ビザ・就労ビザの免除などの特典も設けられている[3]
  2004年8月から日本人スタッフによるPRAジャパンデスクが開設され、査証取得から生活支援までの日本語によるサポートが行われてきたが、PRAは2006年7月にこの日本人との契約を終了した。フィリピン退職者産業の中で日本人は中国人・韓国人とともに重要な顧客として位置づけられているだけに日本人の受け入れ窓口ともなっていたジャパンデスクを終了させた今、PRAの今後の対応が注目される。

■フィリピン社会の日本人高齢者


  フィリピンに永住する日本人を簡単に分類すると以下のようになる。

目的概要
ビジネスかつて駐在員としてフィリピンに長年住み、退職後もフィリピンに住む人(退職後に新たにビジネスを始める人も含める)
結婚フィリピン人との結婚のためフィリピンに移住する人
退職移住セカンドライフの楽しみ・新たな人生のスタートとして生活する人
介護移住介護のためにフィリピンに移住する人(退職施設またはコンドミニアムで在宅介護を依頼する)
長期滞在SRRVは持っているものの拠点は日本に置き、別荘感覚で日本-フィリピン間を行き来する人

2005年SRRV取得者数国別ランキングトップ5   国別SRRV取得者データを比較すると日本人高齢者の特徴がよくみえてくる。PRAによると2005年のSRRV国別取得者数ランキングでは中国、韓国に続き日本は第3位につけているが、グラフからも明らかなように日本人だけが単身者による永住者数が圧倒的である。さらにPRAスタッフの話によると日本人取得者数の約8割は50歳以上の男性だという。ビジネスを目的として永住ビザを取る中国人、ビジネスに加え子どもの英語教育の場として永住ビザを取る韓国人に対して、日本人はセカンドライフの新たな拠点として、または老後の楽しみとして単身でフィリピンに渡ってくるようである。

■ 彼らがフィリピンを求める理由


  フィリピンで暮らす高齢者を考える際にまず「なぜフィリピンなのか?」という疑問は誰もが抱くことであろう。フィリピンで直接お会いした方々の話からその答えは以下の5つに集約できる。
  1. 「物価の安さ」:生活費は日本の5分の1ともいわれ、生活費は約13万円/月[4]ほどである。
  2. 「永住ビザの取得しやすさ」:他の国に比べ、短期間で簡単にビザが取れる。
  3. 「温暖な気候」:日本の厳しい寒さを避けるがために冬だけ来比する人。
  4. 「日本に近い」:直行便で4時間・1時間の時差・食事・言葉において馴染みがある。
  5. 「フィリピン人(特にフィリピン人女性)」の気質・ホスピタリティに惚れ込む人。

  また、日本をはじめとした海外からの需要に応えるようにフィリピンではリタイアメント産業が重点国家政策の一つとして成り立とうとしている。フィリピン国内に外国人退職者マーケットが確立されれば外貨獲得だけではなく、国内の医療介護産業に多大な雇用機会をもたらし、海外に輩出された有能なフィリピン人労働者を国内に呼び戻すことができるとして、政府はリタイアメント産業とともにメディカルツーリズム産業にも力を入れている。

■フィリピンにおける介護と高齢者-日本人退職者施設でのインタビューから


  マニラ首都圏から車で50分ほど離れたラグナ州にはフィリピン初の外国人向け介護施設ローズプリンセスホーム[5]がある。そこでは約30名のフィリピン人介護士による24時間体制の高齢者介護が実践され、日本人も共に生活をしている。現在、ここには要介護者が11名(日本人4名・フィリピン人7名)、介護を必要としない元気な日本人高齢者が約15名、施設の一部屋を購入して年に数回来比される方が30名ほど居住する。
  ローズプリンセスホームは1996年の設立から今年で10周年を迎え、まさにこれからフィリピンで拡大されていくであろうフィリピン人による日本人介護の実践例ともなり、日本の縮図ともなりつつあった。
  この施設で暮らす日本人に話を聞いてみると"日本的生活"が思うようにできず、不便さを感じている人も多かった。また、日本社会の息苦しさから解放できるかと思いフィリピンに来たものの、こちらでも日本人同士、フィリピン人とのトラブルが絶えないという。また、外部との接触をもたず部屋に閉じこもりっきりの"引きこもり老人"もいるようである。
  一方、フィリピン人介護士に話を聞いてみると、「日本人はちょっと気分屋で怖いけどOK。できれば少しくらい英語を話してほしい」「介護は言葉ではなく心で行うものだ」という意見もあった。この施設で働く多くの介護士は海外で働くことを希望しているが、意外にも日本で働きたいという介護士が少ないことに驚いた。今から時間をかけて日本語の勉強を始めるよりは高給かつ待遇が良い英語圏で働いた方が手っ取り早く稼ぐことができる、といった考えが強いようである。

■今後の展望


  実際に高齢者の方々にお話を伺っている中で驚かされるのは、これまでにフィリピン、さらには海外旅行の経験のない人も、雑誌やインターネットといったマスメディアの情報を頼りに海を渡って海外永住を希望することである。これまでに海外永住に関する記事はマスメディアで大きく取り上げられ、最近ではフィリピン専門の風俗系雑誌やフィリピン人とのお見合いウェブサイトの中でも永住が紹介されているのだ。商業化された夢のような海外移住に日本社会の老後不安が拍車を掛け、今後、日本を脱出してフィリピンをはじめとした海外で永住を考える人の数は着実に増えていくことであろう。だからこそ、これから海外永住を考える方にはその国の良い所、そうではない所をじっくりと味わったうえで永住を決めていただきたいものである[6]
  インタビュー中で、自身が経験した親の介護の辛さを自分の子どもに経験してほしくないという一心から永住を決心した60代の女性にも出会うことができた。彼女のように真剣に老後の介護を海外で準備する人も増えてくるのかもしれない。日比間で介護士の受け入れが議論される今、日本で介護の手を待つのではなく、自ら国境を越えて老後を選択するという道も着実に開かれつつある。

1. シンガポール1,289人、マレーシア891人、台湾841人、タイ746人、インドネシア738人、中国729人(外務省「平成17年の海外在留邦人数調査統計」より)
2. 2006年5月28日より6ヵ月間の特別減額措置として新規申請者に限って預金額が減額された。定期預金額は次のとおり。50歳以上:5万ドル→2万ドル、35歳以上49歳以下:7万5千ドル→5万ドル。
3. 詳細はPRA
4. コンドミニアムで、介護なし、光熱費、食費、交通費、通信費、諸経費込みの場合
5. http://www.gerontology.org.ph/
6. フィリピンは、SRRVとは別にPRAが指定する施設に滞在することを条件とした特別退職者訪問ビザ(SRVV)という1年間有効の退職準備のための在留資格も付与している。